prologue
’’調和の王’’
若くしてこのオルヴァニア大陸を統一した王は、敬愛と親しみを込めてそう呼ばれていた。
そんな彼が、先日崩御した。
環齢92。大往生であった。
常に賢く正しくあろうとした彼は、最後まで国と民を想う良き王であった。
彼の数少ない遺品整理には、時間はかからなかった。
だから見落としていたのだ――彼の隠し部屋を。
その日は彼とよく時間を共にした彼の私室に足を運び、思い出という名の感傷に浸っていた。
本棚に彼がよく読んでいた本を見つけ、手にとってみた。
その奥には、見たことのない陣が刻まれてあった。
彼らしくない――そう思った。
彼が話さないことは、あまりにも多かった。
しかし実直――王として君臨し続けることができたのが不思議なほど愚直なところがあった彼が、卑怯なことをとことん嫌い、隠し事を嫌った彼が……
私はその陣に、生命力を同調させた。
するとあまりにも簡単に本棚は左右に分かれ、扉が姿を見せた。
まるで誰かに見つけたてもらいたかったかのように呆気なく。
彼にこんな面があったなんて――
胸に浮上した感覚。なんという感情なのだろうか。
意図せず微笑みが漏れた。
その先の空間は、王の執務室のデスクが一つ入ると埋まってしまうような、小さな部屋だった。
小さな机と椅子、ルームランプ。
壁際にある小さな棚の上には、ひび割れた翡翠のペンダント。その隣には衣掛けにかけられた、王が着るには小さいフード付きの黒いロングコート。
棚に立て掛けられている手半剣……
どれも保存魔法がかけられていて劣化はしていない。
まるで博物館のようだ。
私はそれらを眺めながら、机の上の本を取り、最初の頁を開いた。
そこには、彼の文字でこう書かれてあった。
――私の死後、誰かがこの物語を手に取ってくれることを願うばかりだ。
出来るなら私が生きているうちに、この真実を世界に広めたかった。
残念ながらそれは秩序の契約で許されない。
どうか彼らの軌跡を。私の影の英雄を。隠された物語を後世へとつないでほしい。
それが私にできる唯一の恩返しだ――
「輪環の順から離れ、あらゆるものを失いながらも、それでも大切なものを守り通そうと信念を貫きとおした。
そのための苦難も誇りも誉れも――愛や存在さえも、全て天秤の調整によって無いものとされた。そんな、彼らの物語をここに記す」