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血に染まる潮風

 




 エルフの結界に隠され、守られた島。

 聖国、帝国から魔法に秀でた者が、その解除をしにやってくるだろう。


 エルフの結界を人間に解除が可能なのか?

 しかしゼファの口ぶりからすると、可能だと思われた。




 エーレがそれぞれに隠蔽をかけ終えた後、彼とシュトルツは早々に散っていく。

 ルシウスはその背を見て、剣をぐっと握った。


 敵の姿はまだ見えない。前を見据え、大きく長く息を吐きだして、肩を沈める。

 どんどん上がってこようとする鼓動を何度も息を吐きだしながら鎮めた。



 湿った風が吹き抜け、潮の香りがやたらと鼻につく。気持ちを鎮めるためにルシウスが空を仰ごうとした。その時だった――



 遠くから小さな影が見えてきた。それはまばらで思ったより多くは見えない。



「先遣隊だな。出来る限り島から離れた場所がいい。いこう」



 一歩前へ踏み出したリーベが確認するようにこちらを強く見た。

 ルシウスは大きく頷いて、駆けていくその背を追った。



 砂浜から遠く離れた陸地。地面を蹴る感覚。



『東、接触。百くらい。一気に片付けるから』



 近くの敵への距離があと百メートルほど。その後方にある丘陵の方にも残りが見える。それを視認したときシュトルツから感応があった。



『西、同じく』



 すぐにエーレからの反応。



『中央。ざっと百五十から二百。ある程度の範囲は絞られているようだ。殲滅する』



 前にいるリーベがそれだけ応えて、更に疾走。

 ルシウスは足を止めたまま、剣を抜いた。


 同時に三方――遠くから悲鳴が聞こえてくる。

 吞みかけた息を吐いて、正面を見据えた。隠蔽がかかっているとはわかっていても、怖気づく足がなかなか動こうとしない。


 それでも、声を上げた。



『リーベ! 僕もすぐ行きます!』



 心を先に、次に思考を、そして最後に体を。


 駆けだした足は徐々に速度をあげて、気づけばすぐ近くに敵をなぎ倒していくリーベが見えた。

 見えない斬撃の正体へ混乱に陥っている敵が、徐々に陣形を守りに変え始める。


 歩兵、重騎士、魔法師。

 重騎士が盾を共に見えない敵への対処を固めていた。


 その更に奥側、丘陵からは微細な波動が伝わってくる。いつでも魔法が飛んでくるだろう。

 駆けていた足が自然と緩まり、ルシウスはリーベを注視した。



『ルシウス、私が守りを切り崩す。離れた敵を仕留めてくれ』



 言うが早いか、リーベから大きな波動が伝わってきた。剣で切り込むと同時に風の刃が敵へと襲い掛かるが、それは敵の発動した結界で防がれる。

 ――同時に風が色を変え、氷点下の中のような体の芯を震わせる暴風が吹き荒れ始めた。


 それを知ったルシウスは、足を踏ん張り地を蹴った。

 氷魔法――断絶。結界がすぐに砕かれるだろう。



 前で敵へと突っ込んだリーベが、守りの陣形を切り崩していく。

 その圧倒的な戦いに感心する暇もなく、陣形から外れた敵が背を向けたまま、徐々に後退してきたのが見えた。


 ただの歩兵。がら空きの背中。けれど、鎧で片手剣は通りそうもない。

 一瞬の逡巡の間に――敵がこちらへと振り返った。


 自分が息を呑む音、恐怖に突き動かされた腕が、剣を振り下ろしたのが同時だった。



 気付けば敵の左上腕部を深く切り裂いていて、鮮血が飛び散る。

 すぐ近くから聞こえてきた悲鳴が頭の中に反響して、足元から頭へと泡立つようなが怖気が駆け抜けた。


 前に進んでいた足が、ルシウスの意思に反して後ろへと下がる。

 湧き上がる混乱を感じた時――味方の悲鳴を聞きつけた新たな敵がこちらへと向かって来た。


 本能的な危機を感じ取った彼は、引いた重心を無理矢理前に乗せ、大きく前方にステップを踏み出す。



 ――止まるな、止まるな。動け! 足を動かすんだ!



 恐怖から体よりも腕が先に延びる。鎧を避けるためには――


 咄嗟に目を閉じた。切り返して右上に振った剣が肉を絶つ感覚と大きな悲鳴。

 頬に生ぬるい何かの感触を知って、そっと目を開けると……



「っ……!」



 足元に止めどなく溢れていく血。それは倒れた敵の首から流れていた。

 膝が震える。目が離せない。


 同時に遠くから全身を突き刺すような膨大な波動を感じた。咄嗟に顔をあげた先、目が赤い炎に焼ける錯覚に陥る。

 正面には空を染めるほどの大きな炎の塊が今まさにやってこようとしている。



 ――逃げないと……逃げないと。動け。動け。



 ぐっと歯を食いしばって、大きく右手に持つ片手剣を振り上げる。それが自分の脚を斬った痛みを感じたので目が覚めた。


 しかし避けるには遅すぎる。

 ルシウスはハッと思い立ったのと同時に、即座に生命力を練り上げながら駆けた。


 生命力は水の具現化へと変容し、守るかのように彼の体へと纏われる。

 そのまま直撃を避けるために、右側へと飛び込んだ。間を置かず、耳の痛い衝撃音が弾ける。


 視界の下で光り輝く魔鉱石のペンダントに感謝する間もなく、気づけば敵陣の真ん中に体を投げたことを知って、彼はすぐに立ち上がった。



 どうにか魔法の展開で衝撃を和らげ、結界で防げたのはいいものの――


 未だルシウスに、剣と魔法の両立は困難だ。

 剣を振るいながら、飛んでくる魔法へなんて対処できない。


 地面に飛び込んだ音で、敵は見えないながらも、ぼんやりとこちらへと剣を向けていた。

 動揺が戦慄を誘い、短く吐き出す息が鼓膜に響く。


 その時――



 トンっと、背中を支えるような柔らかい衝撃があった。

 視界の端に美しい銀の髪が揺れ、今しがた自分で切った脚に温かい感覚が降り注ぐ。

 背を預けてきたリーベが、魔法で治癒してくれたことが振り向かなくてもわかった。



『落ち着け。結界はあと五回ほど防げる。だが五回だ。

 前の敵だけじゃなく、遠くの魔法師、その波動にも気配を配るんだ』



 それだけ伝えた彼が、離れていった。

 同時に右側から雄たけびにも似た太い声が、空に舞い上がった。



「卑怯なやつらめ! 姿を現せ!」



 喚きながら重騎士の数人が巨大な両手剣を持ってこちらへと突進してくる。


 ひゅっと喉が鳴った。

 未だに頭は恐怖を訴え、警鐘は鳴りやまない。

 自分の二倍にも見える敵の向かってくる姿が、ヤケに緩やかに見えた。



 全身にプレートを纏った敵。大きな両手剣。切り込むところなんてない。

 目が離せないのに、動けない。

 腕が上がらない。


 先頭に一人、すぐ後ろに二人。まるでこちらを見えているように、その後ろに数人続いている。

 その駆ける足も、それに伴う体の動きも、表情の一つ一つまで見えるのに、自分の体だけ時間が止まったような感覚に陥った。



 それは、細切れに分断された時間を切り裂くようだった。

 突如として、目の前に砂埃が舞い上がり、気付けば視界一面を土色が埋めていた。

 目と鼻の先に、ものすごい勢いで土の壁が地面から反り立ったのを、一拍遅れてルシウスは知る。


 同時に壁の向こうから、いくつもの悲鳴。それに呼応するように土壁が崩れ落ちて、視界が開けた。



「ルシウス!」



 強く叫ぶように呼ばれてハッとそちらを見ると、全身に血を浴びたリーベがこちらを厳しい瞳で見ていた。



「貴方の守りたいものはなんだ!」



 息が止まった。返り血を浴びながらも声をあげたリーベに、敵の視線が集まったのがわかった。

 姿は見えずとも、場所はわかる。残った敵が一斉にリーベへと駆けていく。


 後方から数人の足音。剣を握りなおすと同時に、咄嗟に回転して、後方にステップを踏んだ。

 いつしか目の前にやってきていた敵。剣を迷わせる暇もなく、体は自然とそのままの勢いで切り伏せた。



 ――僕は、僕は……!


 怖がるな、恐れを捨てて、剣を構えろ。怖がるのは全てが終わった後だ。

 頭を冷やせ。冷静を崩すな。

 足を止めたら、大切なものを守れない!




 後ろから悲鳴が、魔法の波動がいくつも聞こえてくる。

 振り向いている余裕はなかった。

 何故か不思議とこちらまで魔法がやってくることはなかった。



 殲滅まであと少し。そう思った時――どこかで甲高い笛のようなものが鳴った。

 その音に誘われて、前方に視線を投げた時。



『第二陣の合図だねぇ。うーん、割と中央に向かっていってるけど、合流する?』



 この状況においても、緊張感のないシュトルツの思考と感情がルシウスへと伝わってきた。



『大体の座標はバレてるみたいだしな。とりあえず島に繋がるところに近づけなければいい。

 リーベ。後方を注意して、船がきたら沈めろ』


『了解した』



 エーレの指示に、未だ後方から止まない悲鳴を背負ったリーベが応える。



『おい、ルシウス。お前の隠蔽だけもう少し張っておいてやる。その間に慣れろ。

 あと、その鬱陶しい感情と思考と共有してくんな』



 続けられたエーレの感応に、言葉を失った。

 同時にシュトルツが笑ったような気配が続く。



『安心して。それなんか知らないけど、エーレさんにだけ伝わってるみたいだから』



 面白がるような彼の反応に、スッと心が平静さを取り戻していくような感覚があった。


 一人で戦っているわけじゃない。

 そんな当たり前のことを今更思い出した。





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