「ゼレン」という狂気
アヴィリオンメンバーである、2人の女性。
彼女たちは瓜二つであった。
幸い、姉のラディアは髪が腰まで伸びていて、妹のエリシアは肩につかない程度の長さであったため、髪の長さで判別することが出来た。
二人とも柔らかい雰囲気の持ち主で、見ているだけで和むような女性だった。
ほんの少しだけ灰色がかった緑が混ざった金髪。くすんだオリーブ色の瞳。
背丈もほとんど変わらなく見えて、来ている服も戦闘職とは思えない、ゆったりとしたAラインワンピースである。
その上に春用の上着を羽織り、唯一靴だけが動きやすそうな革製のブーツだった。
その隣で、彼女たちとミレイユの会話を微笑ましそうに見守っているゼレン。
彼の恰好も戦闘職とは思えない。
中に着ているTシャツや動きやすそうなパンツと靴だけならいい。
ただ初めて見た時に目についた異国風の、引きずるように着流している外衣。
緋色を基調として、ところどころ淡い黄色と金の刺繍が映えるそれは、やたらと目立つ。
そうはいっても……と、僕はカロンのメンバーを見渡した。
僕たち4人も、パッと見ると戦闘職とはわからないだろう。
エーレなんかこの暑いのに、黒の襟シャツを首元まで締めてるし、パンツも黒、上に羽織っている春用のコートも黒。見ているだけで暑苦しい。
リーベも揃えたように白の襟シャツで、エーレと似たり寄ったりだ。
唯一、シュトルツだけが同じコートの内に、動きやすそうなTシャツとカーゴパンツ。
そういう僕は、シュトルツと同じような恰好だ。
とりあえず、防具が一切ない。
けれどアルフォンスを思い起こすと、護衛騎士としての彼も、制服以外に対した防具はつけてなかったはずだ。
見えないところに籠手やその程度ならあったかもしれないが――
「そんなものなのかなぁ」
思わず、口からこぼれた言葉は暖かい風に攫われた。
そういえば5月に入ったんだった。
5月2の日。
草原を抜けて、湿地や川の多い地帯に入った。
車輪がぬかるみに取られかけたり、橋を渡ることが多くて、なかなかうまく進めないでいた。
いつもなら些細なことで、機嫌を悪くするエーレも、機嫌がいいとまでは言わずとも、なんだかんだ安定している。
湿地を抜けた先には森が少しあって、村が少しあると聞いた。
明日、明後日くらいまでは野営続きのようだ。
しかし、面々は野営に慣れている。そういう僕だって、慣れてきている。
野生動物や魔物の脅威さえなければ、なんの問題もないことだった。
まぁ、こちらにはそんなものより狂暴な人たちがいるから、やっぱり問題はない。
昼に挟んだ休憩で、僕は遠巻きに面々を見渡している。
いつも僕の隣にいるリーベは、先ほどエーレに呼ばれていたし、そこにシュトルツまでついていった。
少し前までは一人にされると、どこか心細くて、一人除け者にされているような気分だったけれど、今はこうして一人でボーっと春の空を眺めるのも心地いいなと思える余裕が出てきた。
考えることは多いけれど、考えだしたらキリがない。
エーレたち3人の事情を知っても、今の僕に出来ることは力をつけることだけだった。
真っ青ではない――淡い綺麗な空色に漂う、柔らかな雲の群れを追いかけながら、心地よさに身を委ねていた時、「やぁ、ルシウスくん」と前方から声がかかった。
緋色の外衣が緩やかに風と戯れて、薄い青色の髪を揺らしながら軽く手を振ったゼレンは、どこか妖艶にも見えた。
「ゼレンさん」
こうして、彼が僕に声をかけてくるのは初めてだった。
ほんの少しだけ、体を強張らせながら、僕は背筋を正す。
彼は地面に座る僕の隣を見ると、一瞬だけ逡巡するような間を置いて、隣へと腰を下ろした。
「どう?」
すぐにそう問われて、その意味を理解できずに、言葉に詰まる。
「旅は楽しめてる?」
続けられた言葉の意味も、やはり理解できなくて、僕はそっと右隣の顔を覗き見た。
彼の視線は空へ投げられていて、口元は小さく微笑まれている。
「旅というか……」とりあえず、どうにか言葉を絞り出してはみたが、次に繋がらない。
「僕たちアヴィリオンも人のこと言えないけど、君たちカロンも、なんていうのかな?
面白そうな人たちが多いよね」
「面白そうというか、まぁ……」
シュトルツの言葉が頭に過った。
何を言いたいのか、全くわからない。むしろ言いたいことなんてないのかもしれない。
ただの世間話なら、適当に合わせておこう。
そう思って、口を開きかけた時――
「ほら、僕もだけど髪の色。先天氷なんだけど、僕の本質は氷ですっていってようなものだよね。エーレくんもシュトルツくんもリーベくんも、それに……」
彼の視線がそれぞれを順に追っていき、最後に「ルシウスくんも」と僕へとこちらを向いた。
嫌な予感が、背筋を這い上がってきた。
「そ、そうですね」
乾いた愛想笑いで、どうにか応じる。
隠蔽――先入観を用いたそれで、彼に僕たちがどう映っているのか、僕にはわからないのだ。
魔法の才は、精霊との同調率に左右されることも多い。
強者の中で生きてきた彼の目には、そう映っているのかもしれない。
そんな淡い期待を込めた僕の推測は、即座に打ち砕かれた。
「恥ずかしながら僕は、この歳になってようやく、後天本質が発現してね。
よければ水魔法の上手な使い方、教えてくれない?」
水魔法。
その言葉を頭が認識できる数秒の間、僕は彼の瞳から目が離せなかった。
狭まる視界の中で、ぼんやりと微笑まれた口元だけが、やけに特徴的に映った。




