第36-2話
「これが……『ム=カイ遺跡』……」
目の前にあるそれは、遺跡というよりは巨大な城……いや、墓標のようにも思えた。
表面は漆黒に塗られ、奇妙なほどの静寂が辺りを包んでいる。ごくり、と隣のハーフオークが唾を飲み込む音が聞こえた。
「で、だ。閣下、ここに来た真意を話してくれるんだろうな?」
リザードマンの男が、鋭い目でナイトハルトを見た。その後ろから、陰鬱な雰囲気の男が一歩前に出る。
「……あんたには大恩がある。だからこそ、本当のことを知りたい」
「分かった。……実は」
その時、馬車からプルミエールとエルザが出てきた。
「ゲオルグを『元に戻す』。違うか?」
「……!!エルザ、なぜそれを」
「舐め……」
何かを言おうとしたエルザを、プルミエールが制した。
「私の推測です。何故ゲオルグを不老不死にしようとするのか、私には全く分からなかった。
でも、アンソニーさんの話を聞いて、やっとつながったんです」
「アンソニー……!!」
アンソニーというホビットの男が、悲しそうに首を振る。
「……お気持ちは分かります。ゲオルグ陛下があのような嘆かわしい王と成り果てたのには、私も心のどこかで承服しきれていなかった。
『遺物』とは、そのような働きがあるものだったのですね。使い過ぎることで、心と肉体が冒されるとは……」
「なるほどな」
ランダムも話に加わった。
「どうにも話がうまく噛み合ってねえと思ったぜ。国を正すだけなら、お前さんが皇位を簒奪すればいいだけだからな。
お前さんの本当の望みは、『アウレ』を使って兄貴を元に戻すこと。そして、そのためなら自らが邪悪と化すのも厭わない」
「……本当に、聡い女だよ」
ナイトハルトは乾いた笑いを浮かべる。……やっと俺にも薄っすらだが構図が見えてきた。
ナイトハルトが「ム=カイ遺跡」に拘ったのは、そういうことだったわけか。
「聖棺」を使ってゲオルグを不死の聖王と化す。それは、ナイトハルトの宿願でもあったのだろう。
過去にゲオルグがどういう男だったかは分からない。ただ、ナイトハルトがこれまで叛意を見せなかったのは、機を待っていたというだけじゃない。
奴は奴なりに、兄であるゲオルグを敬愛していたのだ。そして、それを取り戻し、「本来あるべき姿」にする……それこそが、ナイトハルトの願い。
「おいっ!!どういうことだよ!!お前らだけで話を進めてるんじゃねえよ!!」
「……すまない」
アゾグの言葉に、ナイトハルトは力なく呟いた。
「包み隠さず話そう。この任務の、本当の狙いを」
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ナイトハルトの独白が終わった時、空気は重く淀んでいた。太陽は徐々に沈みかけている。
「……で、どうするんすか」
牛男のバフが、沈黙を破った。
「これは閣下の私情っすよね。まあ、確かに国は良くなるかもしれねえが……閣下はどうなるんすか」
「大丈夫だ、と思う。今までは、何ともなかった。もう一度あれを使っても、きっと何とか……」
本当にそうだろうか。プルミエールの説得に、自分ではなく俺を行かせたのは……単に自信がなかったというだけじゃないのかもしれない。
この男の自制心は、多分かなり強い。暴れ出そうとしている獣心を、理性で抑え付けている可能性は否定できなかった。
それに、ナイトハルトが「神器」の危険性を知らなかったはずもない。この男は「六連星」だ。
同じ「六連星」の片割れであるテイタニアが「エオウィン」の真の力を解放しようとしたことから考えると、ある程度の知識は持っていないとおかしい。
つまり、自分を犠牲にしてゲオルグを「聖王」たらしめることは、想定の内にあったのだろう。
問題は、それで良しとするかだ。
俺とプルミエールにとって、テルモンがどうなろうとあまり知ったことではない。俺たちの目的地はサンタヴィラだ。そこに行けさえすればいい。
ただ、ナイトハルトを見捨てるほど、俺は薄情ではない。それに、どちらにせよ「ム=カイ遺跡」は攻略されねばならない。
「2人目」があのオーバーバック並みの人物であるとすれば、少なくとも俺たちの手には負えないだろう。そして、オーバーバックと違い、その力を破壊のためだけに振るったとしたら……その犠牲は、確かに甚大なものになりそうだった。
デボラが俺に視線を送ったのが分かった。ハーベスタ・オーバーバックの話も、既にある程度だが全員と共有していた。
奴に因縁のあるデボラにとっては、ここに眠る「2人目」を潰さない理由はない。それは、俺にとっても同じだ。
「何にせよ、俺は行く。『聖棺』だけが、ここを攻略しなければいけない理由じゃないからな」
「あたしもさ。皇帝がどうとか、あたしにゃ関係ない」
「それはボクもにゃ。一度、多数決を取るにゃ。行きたい奴だけが行けばいいと思うにゃ。
遺跡に入ろうと思う人、手を挙げてにゃ」
シェイドの声に、デボラが真っ先に手を挙げた。俺、そしてプルミエール。鍵となるであろうランダムも、もちろん掌を見せる。クロエとブランも、それに続いた。
小隊の面々は、迷っていた。その中で一人すっと手を掲げたのは、アンソニーだった。
「私は行く。ナイトハルト閣下が傷付かずに望みを達せられる方法が、眠っているかもしれないからな」
「あたしもー。これ上手く攻略すればさ、一等国民になれるかもじゃない?なら乗らない手はないよ」
兎耳の女も手を挙げる。牛男は首をひねった。
「シェルビー、本当にそう思うのか?」
「でも、もう皇帝陛下は攫っちゃったし。後戻りなんてできないでしょ?
なら、ナイトハルト閣下の案に乗った方がいいと思ったわけ。ナイトハルト閣下が今のままでいられるなら、当然恩賞はあるでしょ」
「……まあ、一理はあるか」
「……俺もだ。閣下のために死ぬなら、それも一興」
陰気な男も同意した。残ったのはエルザと、アゾグ、そしてギャラハーと呼ばれたリザードマンだけにだ。
「参ったね。こんなに賛成が多いってのは」
エルザが頭を掻く。
「ぶっちゃけ、オレは皇族なんてなくなっちまえばいいと思ってんだよ。
散々オレたちの同族を弾圧してきたこの国なんて、滅んじまえばいいってのが本音だ。
だけど、もしこれが上手く行ったなら……魔族を解放してくれるんだろうな?」
「『本来』の兄上なら、そうするはずだ」
「それは信じていいんだな?」
ナイトハルトが、すぐに頷いた。
「『支配のチョーカー』は、権力欲に取りつかれた兄上が開発を急がせたものだ。魔族こそ、自分の立場を危うくすると思い込んでいた。
あるいは、魔族と『サンタヴィラの惨劇』と結びつけることで、統治をしやすくする考えもあったのだろうが……昔の兄上なら、そういう考えには及ばなかったはずだ」
「……もし違ったら?」
「私の首を差し出そう」
「殺されるつもりなのに、よく言うぜ……まあ、信じてやるよ」
アゾグが慌てて声を張り上げた。
「何だよ、俺らだけ仲間外れじゃねえかよ!!さすがに、そりゃ嫌だぜ!?」
「……しゃあないな。大将、乗ってやるよ。その代わり……無茶だけはすんなよ」
「お前たち……すまない」
ナイトハルトの声が震えた。ランダムが二ヤリと笑う。
「全員一致だな。ただ、一つ問題があるぜ。そこに寝てる皇帝陛下の見張り、誰かつけておくべきじゃねえか?」
「それ、私がやる。この中じゃ、一番荒事苦手だし」
兎耳のシェルビーが立候補した。確かに、プルミエールを除けば戦闘能力は一番低そうではある。
「お前ひとりで大丈夫なのか?」
「一応これでも『ダストボックス小隊』の一人だもん。魔獣から護るぐらいなら、全然問題ないよ」
「了解だ。じゃ、行くとするかね」
シェルビーを残し、俺たちは遺跡の入口に向かうことにした。
入口は既に見えている。距離にして、恐らくは20メドほど。
「これ、中に何かいるのか?」
アゾグがランダムに訊いた。入口は透明の扉のようだが、中は暗く、様子をうかがい知ることはできない。
「俺もよく分からねえが、碌なものはいねえぞ。例えば……」
急にランダムの表情が変わった。
「まっずいな……正面突破は無理だなこりゃ」
「は?何でそうお……」
……ガシャ。
…………ガシャ、ガシャ。
遺跡の方から、金属が軋む音が聞こえてきた。そして、俺たちが視界に捉えた「それ」は……
「おい、何だよあれ……」
高さは2メドほど。両脚はあるが、手はない。大きな胴体に、脚だけがついた鈍色の怪物が、そこにいた。
ランダムが、冷や汗を流している。
「機械兵ε(イプシロン)だ。こいつを倒さねえことには、どうやら入れてすらくれねえらしい」
キャラクター紹介
ギャラハー・ノーウッド(31)
リザードマンの男性。身長185cm、体重86kg。出身は皇都テルモンだが、アトランティア大陸からの移民2世である。
リザードマンは元々表情が読み取りにくいが、この男も常に冷静でありあまり感情を表に出さない。酒豪だが酔う素振りすら見せたことがない。
独身ではあるが、落ち着いたところがいいと亜人中心に女性からはモテる。血の気が多いアゾグを宥める役割になることが多い。
こう見えて魔法使いであり、後方支援が役割であったりする。
もっとも攻撃魔法や治癒魔法は不得手。バフ・デバフ撒きが仕事になることが多い。
移民は往々にして社会的地位が低く、ギャラハーもその例には漏れなかった。
父親も用心棒として生計を立てていたが、彼もそれに倣って生きてきた。その中で評価を高めた彼は貴族に雇われ、ナイトハルトの目に留まることとなった。




