第36-3話
「いぷしろん……?」
私は目の前にあるものが信じられなかった。鉄で出来たゴーレム?
でも、私の知るゴーレムと「イプシロン」は、ありとあらゆる面で異なっていた。
ゴーレムの多くは人型だ。そうでなくても、動物を模している。これは違う。あれは人ではないし、動物でもない。
そして、何よりマナをあれからは感じない。ゴーレムとは、精霊が人形に憑依してできるものだ。だから、強力なゴーレムほど強いマナを発している。
でも、あれからは「何も感じない」。とても冷たくて、乾いた何か。
「機械兵」ってランダムさんが言っていたから、カラクリ人形のようなものなのだろうか?そんなカラクリ人形なんて、見たことも聞いたこともないのだけど。
ランダムさんが険しい表情で私たちを見た。
「多分、ここの守護者だな。こんな前近代的な武装で突っ込んだら、たちまち蜂の巣にされて全滅だ」
「蜂の巣?」
「ああ。俺が知る限り、あれの主武装は大口径魔導式ガトリングガンだな。
『Λ(ラムダ)』や『π(パイ)』、そして『Φ(ファイ)』ほど厄介じゃねえが、それでもこの時代からしたら手に余るヤツだな」
「イプシロン」は、まるで用心深い獣のように「頭」をこちらに向けて動かない。
「どうしろっていうんだ?」
訝しげなバフさんに、ランダムさんが頷いた。
「選択肢は幾つかある。まず、一度退く。こんな大人数で押し掛けるんじゃなく、少人数で動いた方がいいかも知れねえ。
逆に畳み掛ける手もある。それができそうなのは、エリックとナイトハルトぐらいだが。
あるいは、200年前に誰かがここに来た時は、イプシロンを止めさせる何かがあったんだろう。ただ、それを今から探すのは現実的じゃねえな」
「誰か……エミル・アルフレッドのことか」
ナイトハルトが小さく呟く。ランダムさんが、少し険しい表情になった。
「……昔話の『エマニュエルの夢』ってヤツだな。そういう風に伝わっているのか……」
「何を考えている?」
「いや……何か解せねえと思ってな。俺も記憶を失っていた時に、その昔話は読んでる。
で、500年前から今に至るまで何が起きたかは正直分からねえんだが、その舞台がここだってことがどうにもずっと引っ掛かってた。
手引きした奴がいるという事実。そしてエマニュエル……もとい、モデルのエミル・アルフレッドってのがここに入り込めた事実。そして、そこで何をしたのかという謎。
よく考えれば、かなり解せねえんだ。そして、ここの生体キーがアルフレッド家の人間でなければいけないのも」
イプシロンは、まだこちらを「見ている」。遥か昔から、あれはこうやって遺跡を守り続けていたのだろうか?
「……確かに妙だな。そもそも、エミルという男はここに何のために訪れた?まさか本当に迷いこんだわけでもないだろう」
エリックはそう言うと一瞬私を見て、小さく首を振った。……「追憶」を使えと言いかけてやめたんだ。
今の私では、魔洸石の助けを借りても「記憶を戻せる時間」は10年が限界だ。200年近くも前のことなんて、思い出せるわけがない。エリックは、そのことを悟ったのだろう。
「どうだかな。ただ、凄まじくきな臭くなってきやがった。
もっとも、ここに眠るターミネート・ソルジャー……『レオン・イタクラ』を放置するわけにもいかねえ。
今は目覚めてなくても、そのうち目覚める可能性がないとは言えねえからな。事実、『エチゴ』はもう起きている」
「エミルさんがここに入れた経緯、見当は付いているんですか」
「いや……ただ、正直すげえ嫌な予感はしている。それを確認する上でも、この中に入らなきゃいけねえな。
差し当たり、あそこで俺らをにらんでいる『イプシロン』の処遇だ。さて、どうしたもんかねえ」
シェイド君が手を挙げた。
「……兵装はどうなってるんですかにゃ?」
「ああ、ガトリングガンじゃ意味が通じなかったか。要は超高速で銃弾を何十発も撃つ、銃の一種だな。
その分弾切れも早いのが普通だが、実弾だけじゃなくエネルギー弾も放てるのがあいつの特徴だ。
囮使って弾切れ起こした所を何とかする、ってのはあまり賢くはねえ」
「エネルギー弾……魔法ですかにゃ」
「ん、まあそれに近いものだ」
「……とすると」
シェイド君が皇帝ゲオルグが眠る馬車に向かった。しばらくすると、その手には盾が握られている。
それを見たナイトハルトの目が見開かれた。
「それはっ、まさかっ!!?」
「『聖盾アナリオン』にゃ。皇帝ゲオルグ愛用の盾と聞いてるにゃ。
ご主人の図鑑に記述があったから覚えてたにゃ。魔法攻撃なら、これで遮断できるにゃ」
ランダムさんの顔に一瞬笑みが浮かび、すぐに消えた。
「いいアイデアだと思ったが、その考えにゃ3つ問題がある。
まず、イプシロンの主武器は確かに魔導式ガトリングガンだが、実弾兵器を持ってないわけじゃねえ。だから実弾攻撃に切り替えられた時にどうすんのかだ。
第2に、よしんばイプシロンに近づけても、壊さないと皇族は続いてこねえ。つまり、一定以上の技量が要るわけだ。
そして、これが最大の問題なんだけどよ……前にも言った通り、『遺物』の使い過ぎは心身を蝕むんだよ。
それがどういう形で表れるかは個人差がある。あの皇帝陛下の場合は人格障害という形で出た。使用頻度が多かったであろう割には、まあまあよくあの程度で済んだと思うぐらいだ。イプシロンに接近しても発狂したら意味がねえからな……」
「俺が行こう」
血の気がさっと引いた。手を挙げたのは、エリックだ。
「エリック!!?」
「『加速』を使えば、『実際の時間』での発動時間は抑えられる。だから、きっと大丈夫だ。実弾も避けられると思う。
何より、あれを壊せるとしたら、この中じゃ俺とナイトハルトしかいない。そして、相性がいいのは俺の方だ。……やるしかないだろう」
「でも、あなたがっ」
「心配するな。俺のマナの総量は、この盾に食い殺されるほど軟じゃない」
ランダムさんが、静かにエリックを見た。
「いいのか?」
「他に選択肢もないだろう。……シェイド、それを」
シェイド君が「頼んだにゃ」と盾を渡した。
「すまないな。……じゃあ、あの『ゴーレムもどき』を壊しに行くか。巻き添えを食わないよう、皆は後ろへ」
エリックは盾を構え、深く腰を落とす。そして、イプシロンを睨んで叫んだ。
「加速7っ!!!」
用語紹介
機械兵「ε(イプシロン)」
遥か古代の前文明時の遺産。自動で動く機械兵であり、「侵入者を排除する」などの単純な命令に従って動く。
動力は魔洸石、もといオルディニウム。これにより半永久的に行動が可能となっている。
巨大な犬の頭のようなものに、太い二本の脚が付いているようなフォルムである。概して拠点防衛用に作られたもののようだ。
主武装は大口径魔導ガトリングガン。ランダムの指摘通り、エネルギー弾を超高速で乱射する。火力だけなら極めて高い。
サブ武装としてマシンガンもあるが、こちらは補給者がいないこの時代においては簡単に弾切れを起こすのでほぼ使われない。
5万年もの間、何を何のために守っていたかは不明。
なお機械兵にはその目的と用途によって何種類かが存在する。
最も高度で危険なのが「φ(ファイ)」だが、これが何かはまだ分からない。




