第34-6話
プルミエールが、ナイトハルトの肉親だと??
その場にいたほとんどの人間が、呆気に取られていた。一人平然としているのは、ゲオルグだけだ。
「ナイトハルト、素性を知れて嬉しかろう?逆賊の血を引く貴様では、皇位を継承などできようはずもはずもない。
『記憶の魔女』に執心なのも道理だな。朕以外の、もう一人の肉親なのだからな。所詮は俗物……」
「俗物で結構。それに兄上。事実が確認できてよかった」
「何?」
「これで躊躇いなく計画を実行に移せる。貴方には、これから私と一緒に、『ム=カイ』遺跡に来てもらう」
「クク……馬鹿げたことを。第4層にいるであろう皇軍第一師団が今頃ここに押し寄せているはずだ。如何に貴様やそやつらが強かろうと、数の前では無力よ。
娘を確保した上で、朕だけが『ム=カイ遺跡』に行く。貴様は槍の錆となるより他ない」
「フフフ……どこまでも愚かな方だ」
ナイトハルトにアウグストが近づく。その手には、あの「グロンド」が握られていた。
「ユングヴィの坊主がどうかしたか?」
「何のために私がユングヴィに接近したか、お分かりになられないとは。頭の固いアヴァロン大司教が死んだのは実に僥倖でしたが。その意味では、彼らには感謝してもし切れない」
……なるほど、そういうことか。「逃げ道」は既に確保済みということだったわけだ。
ゲオルグは納得できないらしく俺の前で暴れようとするが、俺はそれを抑えた。
「離せっ!!この不埒者がっ!!」
「『魔王』エリック。兄上をこちらへ」
「……解せんな。なぜこの男も一緒に連れて行く?人質のつもりか」
「私の目的に必要だからだよ。これから『ム=カイ遺跡』に向かう」
「目的?何だそれは」
フフ、とナイトハルトが笑った。
「まあ、それについては向こうに着いてからおいおい話そう」
「……待ってください」
プルミエールが顔をあげた。「追憶」は、もう発動が止まっている。
「もう目的は達せられた。皇軍の本隊が来たらさすがに終わりだぞ?」
「……あなたは、私があなたの肉親だと知ってたのですか」
「確信はなかった。ただ、その可能性が濃いとも知っていた」
「私を傍に置いたのは、それが理由ですか」
ナイトハルトが目を閉じる。
「……何が言いたい」
「聞かせてください。あなたにとって、私は何なのですか!?遺跡の鍵を開くための道具?それとも血の通った人間?あるいは、寂しさを紛らわせる肉親?」
プルミエールが声を張り上げた。短い付き合いだが、こいつが意外に頑固な女だというのは知っている。
納得した上でないと、動かない。
ナイトハルトは、それに対して自嘲気味に笑った。
「……その全てだ。自己中心的な男と、嗤うがいい」
俺は昨晩のことを思い出していた。
……俺は、この男を誤解していたのかもしれない。強欲で傲慢な権力者だとばかり思っていた。しかし、それだけではない。思いの他、弱い部分も持ち合わせた男であるのかもしれない。
プルミエールの表情から、険が少し取れた。彼女も、それに気付いたのだろうか。
「……え」
「とにかく急ぐぞ。『ダストボックス小隊』の皆もこちらへ!ジークポリスに『転移』するっ!!」
アウグストが「グロンド」を構えた。
その次の瞬間。
「ちょっと待ちな」
俺の目の前に、空間の歪みができたかと思うと、そこから誰かが現れた。
……黒いシャツの、細身の男だ。
「え」
プルミエールの動きも止まる。この男には、見覚えがある。しかし、そんな馬鹿な??
そもそも、転移魔法なんて、この男……ランダムが使えるわけがない!!
そして、空間の歪みからはクロエとブランも現れた。これは……一体。
「坊主、嬢ちゃん、ビックリさせてすまねえな」
「……あんたが、何故ここに」
「……『思い出した』んだよ。俺が何者か、な。そして、何が起きるかは、こいつらが教えてくれた」
ニッ、とクロエが笑う。
「ランダムさんがヘイルポリスに急に現われてね。それで『未来予知』を発動させたってわけ。
というか、ジャックさんでもアリスさんでもないのに、何でこの人がそれを使えたかは謎のままだけど」
「ハハハ、そいつはすまねえな。ま、理由は後で教え……」
ナイトハルトが、男に戦鎚を突き付けた。
「何者だ。それに、シュトロートマンの娘たちも。私を止めるつもりなら、それは無意味だ」
「ああ、それは心配しないでくれ。それに『今の』俺はしがない一料理人だよ。あんたはうちに食べに来たことはなかったな。勿論、皇帝陛下も」
「……!?」
「あんたを止めようとしているわけじゃねえんだ。ただ、俺らも同行させろってだけでな」
「……何??」
ランダムが、にやりと笑う。
「『ム=カイ遺跡』に眠る者が問題なんだよ。『聖棺』以上に、あいつが厄介でね。
500年前の惨劇を繰り返してはならねえ、ってわけだ。んで、俺はアリスとかいう奴よりはもっと穏当に済ませたいって考えている」
「あんた……一体」
ランダムが真顔になった。
「俺は、かつて神と呼ばれた存在の一柱さ。もう、兄弟は全員逝っちまったがね」
キャラクター紹介
ミハイル・コバレフ(享年31)
テルモンの魔族の一氏族「コバレフ家」の末裔。「ム=カイ遺跡」の守り人の一族である。身長177cm、体重68kg。糸目。
アルフレッド家の始祖、エマニュエル・アルフレッドが遺跡に入る際に手引きをしたのもこの一族である。
なお、「エマニュエルの夢」に出てきた美女とは、コバレフ家の当時の当主である。アルフレッド家は、その関係上薄くではあるが魔族の血を引いている。
コバレフ家は以来アルフレッド家とは密接な関係を築いていた。しかし、ミハイルが幼い頃にハーランド伯によりコバレフ家はほぼ断絶。残されたミハイルは、アルフレッド家の奴隷という立場で生き延びたという経緯がある。
そのアルフレッド家もゲオルグの手により滅亡。最後の生き残りとしてレミュー夫妻に託された、プルミエールを陰で見守ることになる。
彼女が11の頃まではそっと動向を見守る程度であったが、レミューとハーランド伯が接近しつつあるのを見てレミューの執事として潜り込むことを決意。レミュー夫妻殺害までの1年間、プルミエールを見守ることとなった。
この1年の間に何を彼がプルミエールに伝えていたかは現状は不明。ただ、プルミエールのことを亡き主人の忘れ形見として大切に思っていたのは確かなようである。




