第26-2話
「思っていたよりは寄越したものだねえ」
目の前には重装備のテルモン兵が7人。小隊長と思われる男が、兜を片手にあたしとシェイドの所に来た。
年齢は40ぐらいか。無精髭で武骨な印象を与える。場数はそれなりに潜っているようだ。
「カルツ・ヴェルナーだ。シュヴァルツ第4皇子の命でこちらに参上した」
「ああ、よろしく頼むよ。にしても、思ったよりちゃんとした援軍で驚いたね」
「皇子の命だからな。モリブスとはあまりいい関係ではないが、テルモンがモリブスを攻撃したという風説が流布されれば国益に関わる。
何より、昨日の殺戮。こちらも6人が死んだ。ユングヴィには適切な回答を求めたいものだが」
「なるほどにゃ、ロックモール制圧はユングヴィの意向が強いということにゃ?」
「と聞いている。彼らからの要請を受け、皇帝陛下が我々を送ることを決断された。
まあ、陛下の御心は分からないが、シュヴァルツ皇子はそもそも乗り気ではないよ」
「だろうねえ」
もしテルモンが本気でロックモールを制圧しようというなら、皇子は娼館に通わないだろう。
利権拡大を狙ったテルモンが、アヴァロンの誘いに乗ったというのが妥当な読みか。
問題はアヴァロンだ。あいつはメディアを奪うためなら手段を選ばない。
さらに、エリックが言っていた「救済」の言葉も気になる。ユングヴィ教に背くとして、この街そのものを破壊しつくそうとしている可能性すらある。
シュヴァルツ皇子の説得には、この仮説が効いた面もあった。あたしたちにとっても、そしてテルモンにとっても、アヴァロンは敵なのだ。だから、この男たちを寄越したのだろう。
「街中の警備はどうなってるにゃ」
「万全だ。しばらく戒厳令を敷くということにはなってい……」
あたしの視線の向こう。防風林に隠れる形で、何人かの人影が見えた。
そしてそこから放たれたのは……緑色の「枝の槍」。
「伏せなッッ!!!!」
ザクッッ!!!!
「グハッ!!?」
血飛沫が、あたしの頬にかかった。数十メド先から放たれた「槍」の何本かが、反応が遅れたテルモン兵の胸を貫いたのだ。
やられたのは、3人か。さすがに隊長のヴェルナーは避けている。
「なっ!?」
「家の中に逃げなっ!!あたしたちが対処するっ!!」
「しかし……」
「しかしもクソもないよ!!死にたいのかいっ!?」
ヴェルナーが家に向かって駆け出すのと同時に、防風林から、5人の人影が現われた。アヴァロンとエストラーダ侯、そしてあとの3人は教団の兵士か。
「愚かな……あの皇子は、神に逆らう選択をしたようですね」
「……どこの神様かねえ」
あたしは銃を構える。杖を構えたアヴァロンが、一瞬光ったように見えた。
「来るよ!!!」
あたしとシェイドも、家の方に走る。それから程なくして、何者かが近くに現れる気配があった。
シャアアアアッッ!!!
「枝の触手」が、あたしたちに襲い掛かる。来やがったね!!
「加速5」
ザンッ!!!ザンザンザンッ!!!
千切られた「触手」が宙に舞う。あたしたちの後方に、エリックが飛んできたのだ。そして……
ゴウッッ!!!
「なっ!!?」
激しい振動。振り向くと、エリックとアヴァロンの間に、大きな陥没ができていた。
「次は外さない」
家の陰から、プルミエールが「魔導銃」を握って現れた。……役者が揃ったね。
「……無駄な足掻きを」
アヴァロンが、少し距離を取った。それを守るかのように、エストラーダ侯が無数の触手を背中から生やして立ちはだかる。
教団兵は家の方に向かっているけど、そこはヴェルナーらテルモン兵の生き残りに任せるしかない、か。
パウッ!!!
アヴァロンに向けて放った魔弾は、エストラーダ侯の「枝の盾」に防がれた。盾は激しく砕かれたけど、すぐに元通りに修復される。これは埒が明かないね。
ダッッ!!!
エリックが短剣でエストラーダ侯に斬りつける。「それ」は剣を触手で受けつつ、後方から別の触手が彼を掴もうとした。
「させないにゃ!!!」
シェイドがそれを蹴り飛ばす。アヴァロンが、さらに距離を取ろうとしたのが見えた。
「逃げる気かいっ!!!」
奴が杖を構えた。転移?いや、違う。これは……
「光の矢」
上空に、強大な魔力を感じた。……こいつはまずいっ!!!
ゴウッ!!!
あたしの横を、魔力の塊が通り抜ける!!!アヴァロンはすんでのところでそれを交わした。上空の魔力は、霧散したようだ。
「よくやったよ!!」
プルミエールが「魔導銃」を放ったのだ。彼女が銃を構えながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「大丈夫ですか」
「ああ……あれはやばかった」
忌々しそうにアヴァロンがこちらを見る。エストラーダ侯とエリック、そしてシェイドは少し離れた所にその戦いの場を移していた。あの手数に接近戦で対応するには、2人に任せた方がいい。事前に取り決めた通りだ。
そして、アヴァロンに対峙するのは……あたしとプルミエールだ。迂闊に近付けば、「グロンド」の「転移」の餌食になるからだ。
それにしても、さっきの「光の矢」……溜めが必要な魔法だったようだけど、あれはエストラーダ侯を含めた、あたしら全員を消し去りかねないほどの威力だったかもしれない。
魔法使いとしての純粋な力量も、相当高いのはもはや疑いない。軽い震えを、背中に感じた。
「……皆殺しにするつもりかい」
「正当防衛なら、神もお許しになるでしょう」
「……どこが正当防衛だよ」
この男の身体能力そのものは、そこまで優れてはいないはずだ。だから、あたしとプルミエール2人で銃を撃ちまくれば、アヴァロンを殺すことはさほど難しくないだろう。
……でも、それを躊躇させる何かがある。いや、既に罠を張っているかもしれない。
アヴァロンが「グロンド」を構えた。……「瞬間移動」でも使うつもりかい!?それとも「光の矢」?
あたしはその刹那、違和感を覚えた。さっきは身体が光っていた。しかし、今は……光っていない。
その杖の先は、プルミエールに向けられている。まずいっ!!!
「歪めなさい、『グロンド』」
「え」
彼女の前に、黒い歪みができた。木の葉がそこに吸い込まれていく!?
「どきなっ!!!」
プルミエールを突き飛ばす。右足が、何処かに吸い込まれていく感覚がした。その先は……とてつもなく冷たい。
「ぐうっっっっ!!?」
「デボラさんっ!!」
プルミエールが、歪みの中に魔弾を放つ。「コォォォオオ…………」という魔獣か何かの叫びが聞こえると、吸い込む力が急に弱まった。
右足を引き抜く。氷の欠片が、ビッシリとついている。恐らくあのまま放っておいたら、あたしは吸い込まれて魔獣の餌食になっていたわけか。
仮に魔獣を倒せたとしても、酷寒で死ぬ。……いい神経してるじゃないか。
チッ、とアヴァロンが舌打ちをした。
「余計な真似をしますね……貴女、お会いしたことは?」
「ないね。だけど、初対面だけどあんたから胸糞の悪さしか感じないね」
「邪教徒が良く言います……ああ、なるほど。そういうことですか」
ククク、と愉快そうにアヴァロンが嗤う。酷く不快だ。
「何がおかしい」
「いえ……既視感の正体が分かったので。なるほど、オーバーバックが貴女たちを……いや、貴女を見逃したわけだ」
「……?」
「判断の早さと洞察力は父譲り、見た目は母譲り、ですか。なるほど、貴女も生かしておくと厄介になりそうだ」
何を言っている?父さんと母さんのことを、アヴァロンがなぜ知っている?
嫌な想像が、頭に浮かんだ。血が沸騰しそうに沸き立つ。
「オーバーバックが父さんと母さんを……リオネル・スナイダとパメラ・スナイダを殺したのは……あんたも噛んでるね」
アヴァロンの笑みが深くなる。
「彼の元にお二人を『案内』しただけですよ」
ゾワッッッ
激情に任せ、あたしは引き金を引く。次の刹那……
バァンッッッ!!!
あたしの右肩が、砕けた。
武器・防具紹介
「冥杖グロンド」
特級遺物の一つ。発動により自己とその周囲の物質を転移する力を持つ。
溜めの時間に応じて転移範囲は変えることができるが、最大で半径50メドぐらいまでの転移が可能。
転移先は実際に行ったことがある場所でなくても地図の座標がある程度分かれば指定できる。
都合の悪い人間を魔獣の巣があり酷寒のイーリス北西部「ガルバリ山脈」の山中に連行するのがアヴァロンの常套手段である。
そして連行した後にすぐに自分だけ逃げることで、「自分の手を汚すことなく」始末するわけである。
基本的に自己の周囲に領域展開し自分ごと移動するが、視界の届く範囲に転移の歪みを作り出すことも可能。
この場合、自分から入るように誘い込むか、あるいは吸収能力を持つ魔獣の住処を転移先にすることになる。
今回は後者。発動をいち早く察していなければプルミエールは「吸い込まれていた」であろう。




