第25-5話
海が良く見える岩場に、彼は腰掛けていた。ザザァ……と波の音だけが聞こえる。
「エリック、そろそろ時間」
「……もう、か」
潮風が、彼の赤みがかった髪を揺らした。月光に照らされた彼の顔は、普段よりずっと精悍に見える。
「何か変わったことは?」
「いや、何も」
アヴァロン大司教の夜襲に備え、私たちは交替で見張りをしていた。彼が最初で、私が2番目だ。
夜目が利くシェイド君がその次で、最後がデボラさんという順番になっている。
「くれぐれも、無理はするな。多少は場数を踏んだとはいえ、お前1人で戦いは……」
「分かってる。怪しい気配があったら、すぐに家に戻って対応、でしょ?」
「ああ。向こうの人数にも依るが、基本は逃げだ。テルモンの支援を受けられるのは、明日からだからな」
デボラさんとシェイド君が、夕方にテルモン軍と話を付けてくれたのは大きかった。
テルモン軍にも犠牲者がおり、大司教への不信が出始めているという。「少なくとも大司教の確保までは協力しよう」ということらしい。
それでも、ユングヴィの神官兵はまだいる。彼らがどれだけいるのかは知らないけど、一気に来られたら厳しい状況には変わりないのだ。
「そうね。じゃあ、あとは私に任せて。まだ疲れ、抜けてないんでしょ?」
「いや……少し俺も残る」
「え」
「嫌か?」
私はブンブンと首を振った。嫌なはずがない。ただ、予想だにしなかっただけだ。
ポンポン、と彼が岩場を叩いた。ここに座れ、ということみたい。
「……いいの?」
「そこにずっと突っ立ってるつもりか?」
私はおずおずと座った。何か、心臓の音がうるさい。
エリックは何も話さず、私の方も見ずに月をじっと見ている。警戒はまだ解いてないみたいだけど、何か話してくれればいいのに。
私はというと、会話のきっかけを掴めずにいた。エリックは、何のために残ったんだろう?
沈黙を破ったのは、彼の方だった。
「……どうするんだろうな」
「えっ」
「カルロスとメディアのことだ。全部終わって、奴らが生き延びれたとして……そこに未来はあるのか?」
「未来って……一緒に生きられるんだから、あるに決まって」
「いや、違う。カルロスは男で、メディアは女だ。人外だとしても。
そして、互いに想い合っている。そういう男女が、全く触れ合わずに生きることなどできるのか?」
できる、と言いかけて私は口をつぐんだ。前の私なら、躊躇わずそう言っていただろう。でも、今の私は……違う。
隣の少年に、もっと触りたい。触ってほしいと思っている。許されるなら、その先まで。
彼は意識しているか分からないけど、口付けだって交わしている。あの感触は、まだ忘れてはいない。
だから……カルロス君とメディアさんが繋がれた枷が、あまりに重いことを私は理解してしまった。
そう、愛し合っている2人は、1つになりたいと思うはずだ。それが決して許されないとしたら?
エリックが溜め息をついた。
「……分かったみたいだな」
「そんな……!!じゃあ、どうすればいいのよ……」
「それに答えが出ているなら、ここに残りはしないさ」
彼は足元の小石を拾い上げ、海へと放り投げた。
「俺は男だ。だから、カルロスが自分の欲求に耐えられるとは、そんなに思っていない。
まして20になるかどうかのガキだ。普通に考えたら、好き合ってる女がいたらヤりたくて仕方ないに決まってる」
「じゃあ見捨てろって言うの??」
「……いや、それはできないし、したくもない。だから上手い解決法がないか、あの話を聞いてからずっと考えていた」
「だから、私に?」
彼が頷いた。
「もしお前がメディアなら、どうする?」
「私がメディアさんなら?」
「ああ。俺は女じゃないからな。それはお前の方がきっと良く分かる」
私が彼女なら……どうするだろう?
決して結ばれることはできない。それはカルロス君の破滅だけでなく、多くの犠牲を招きかねないからだ。
なら、彼に抱かれるのを拒みつつ、一緒に生きられるだけで良しとするの?それはそれで、生き地獄を彼に味わせることになる。
とすれば……私なら、きっと身を引く。トンプソン先生のように、精神感応魔法に長けているわけじゃないけど……できれば、彼の記憶を消した上で。
傷付くのは、自分だけでいい。彼には、自分のことは忘れてもらって幸せに生きてほしい。……そう考えるんじゃないか。
でも、じゃあメディアさんはどうするのだろう?自ら命を絶つのだろうか。自分の生死には頓着がなさそうな人だ、そうするかもしれない。
もし、記憶を消す手段があるとしたら……
私は首を強く振った。そんな結末は、あっちゃいけない。
「どうした?」
「ううん……ちょっと。嫌なことを考えちゃって」
「……そうか」
エリックが、もう一度足元の小石を投げた。さっきより強く。
「2人は、どこまで分かってるんだろう」
「さあな。カルロスは多分、そこまで考えていないだろう。ただ、メディアは違うはずだ。
だから、意図してあいつを遠ざけていた。そんな気がする」
「……!でも、さっきは……」
「ああ。あの娘もカルロスに惚れている。会えば耐えられなくなると、知ってたんだろう。
あるいは、無感情に見えるのも演技かもしれない。自分を騙すための」
「……本当に、何もできないの?例えば、彼女を人間にするとか……」
荒唐無稽な思い付きだった。それができれば、どんなに幸せだろう。
でも、そんな奇跡は起きないのを、私は知っている。エリックも、不快そうに顔を歪めた。
「……できるわけがないだろう。そんな、お伽噺じみたことが……」
その時、エリックの表情が固まった。
「どうしたの?……まさか、アヴァロンが来たとか」
「いや……違う。お伽噺じゃない。不可能じゃないぞ、それは」
「え?」
「魔物が人間になった例を、俺たちは知ってる」
「えっ、誰なの?」
エリックがニヤリと笑った。
「察しが悪いな。シェイドだ」
「ああっっ!!!」
私は思わず叫んだ。そうだ、シェイド君はもともと偽猫だった。それがアリス教授によって亜人の姿になれるようになったんだった。とすれば……
「鍵はアリス教授が握っているわけ?」
「そうなるな。まあ、それも全部アヴァロンたちを何とかした上でのことだが」
エリックが立ち上がり、うーんと伸びをした。
「2人には、このことを話すの?」
「いや、全部終わってからだ。第一今日はもう遅い。……やはり、残って良かった」
「え?」
「お前のおかげだ。俺だけじゃ、こんな考えにはたどり着けなかったからな。……見張り、よろしく頼む」
エリックは微笑むと、ポンと私の肩を叩いて家の方に消えていった。
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そして……夜が明けた。長い1日が、始まろうとしていた。
用語紹介
偽猫
猫に良く似た魔獣。人里周辺に住んでおり、農作物を荒らす害獣として知られる。猫との違いは尻尾が2本ある点にある。
7~8歳児並みの知能を持ち、とても悪戯好き。簡単な言葉を話す個体もいる。
好事家の中には偽猫をペットとして飼う者もいる。ただ、とにかく悪戯好きのため、飼い慣らすのは苦労するようだ。
戦闘能力も魔獣としては高めのため、冒険者でも中級以上ないと戦闘は回避すべしというのが定評である。
シェイドはもともと偽猫としてはかなり知能が高く、それが魔術生命体にする一助になったようだ。
なお、シェイドは悪戯好きではないが、その欲求が大体(巨乳の)女性に向いているもよう。




