第25-3話
「エストラーダ候……」
プルミエールが呟く。あれが、か?
2人の男まで、まだ50メドほどある。ただ、どちらがエストラーダかは大体分かった。
法服に身を包んでいるのがアヴァロンだろう。とすると、もう片方……ボロボロの服で、背中から枝か何かを生やしているのが、エストラーダか。
俺は彼には会ったことがない。ただ、保守派ではあるものの比較的マトモな男とは聞いている。今の、まるで怪物じみた人物とは、全く重なりあわない。
ビシュウッッッ!!!
遥か向こうから、枝が投げ槍のように飛んできた!?それはプルミエールに向かっていく。……まずいっ!!
ザンッ
「え」
「言ったはずだ、早くしろっっ!!ここは俺が何とかするっっ!!」
追撃のように向かってくる「枝の触手」を、俺は短剣で叩ききる。
「……分かった」
一瞬躊躇した後、プルミエールが頷く。去り際、「死ぬんじゃないよ」とデボラが言い残した。
もちろん、死ぬつもりはない。俺が逃げるだけなら、多分「加速」を使えば容易いことだ。
ただ、ここで足止めしないと、身体能力は普通の女に過ぎないプルミエールは危うい。まして、あのメディアという女が戦えるとも思えない。俺が時間を稼ぐだけ稼がないと……!
遥か向こう、アヴァロンが不機嫌そうに顔を歪めたように見えた。エストラーダは無差別に「枝の触手」を伸ばし、逃げ惑う人々を絡め取っている。
そして、絡め取られた人々は……
「がああああっっっっ………」
10メドほど先で、枝に捕まった男がみるみるうちに萎んでいく。よく見ると、あちらこちらに皮と骨だけになった死体が散乱していた。
「チッ」
捕まったら死ぬ、ということか。それにしても、これは……惨い。惨すぎる。
俺の腹の中から、灼熱の何かが込み上げてきた。
「アヴァロォォォンッッ!!!!」
叫びと同時に触手が5本飛んできた。俺は「2倍速」を発動し、それを交わす。服が、僅かに破けた。……2倍じゃ足りないか!?
「加速5!!!」
俺は5倍速に切り替えた。前は精々数秒しか持続できなかったが……今なら、30秒は持続できる!!
10本以上の触手が、一気に俺に襲い掛かる。1本の動きは「遅い」。しかし、数があまりに多い。
剣を振るい枝を叩き斬りながら、俺はジグザグに動いて一気に距離を詰める。
残り40メド……30……20……10…………!!!
アヴァロンの顔が、ハッキリ見えた。その顔は驚きで見開かれている。……獲れる!!
刹那、俺の視界が塞がれた。エストラーダが背中から生えていた枝を束ね、丸太のようにして俺に打ち付けてきたと知ったのは、その寸前だった。
「ぐおっっ!!!」
俺は大きくしゃがんだ。頭の上を、巨大な何かが通りすぎる。
そして、俺は短剣を構えて距離を取った。「加速」は一度解除している。
「驚きましたね。今のを避けるとは」
遥か向こうで、ガラガラガラと建物が壊れるのが見えた。さっきのヤツが当たったのか。
「アヴァロン……なぜこんなことをしているッッ!!!」
「貴方も含め、神の教えに反する者の『救済』ですよ……それより、オーバーバックさんはどうしました」
アヴァロンの額には皴が寄っている。怒りを必死で押し殺しているかのようだ。
エストラーダが再び触手を動かそうとしているのを、奴が手で制した。
「生憎だったな。奴は寝返った」
「……!!?馬鹿なっ!!!」
「信じるか信じまいが、お前の勝手だ。少なくとも、ここからは手を引いた。あとは、お前らだけだ」
アヴァロンの顔が紅潮した。
「……だからあの男を引き入れるのに、私は反対したのです……とにかく、貴方にはここで『消えて』頂きます」
アヴァロンの手が振り下ろされた。それを合図に、エストラーダが触手とともに俺に襲い掛かる!!
ビュンッッ!!!ビヒヒュンッッ!!!!
高速の鞭打が、風切り音を上げる。「5倍速」を発動しつつ、俺はそれを何とか交わす。
速度はさほどでもない。しかし、やはり問題は手数だ。そして、5倍速を解いた瞬間に……恐らく、俺は捉えられる。
アヴァロンが杖……恐らく「グロンド」を構えたのが視界のの隅に見えた。魔法の効果範囲は分からないが、あれに巻き込まれたら終わりだっ!!!
逃げる余力を考えると……「音速剣」を使えるのは、実質1回。今撃つべきか?それとも……
ビシイッッ
「グアッッ!!?」
触手のうちの1本が、かすかに俺の手首に当たった。短剣が、カランと地面に転がる。
ニヤリ、とアヴァロンが笑ったように見えた。……舐めるなっっ!!!
「加速7、『乱』!!!!」
音速手前まで抑えた速度で、俺は間合いを詰めた。アヴァロンを庇うようにエストラーダが立ち塞がり、「枝の触手」を束ねた盾を作る。しかし、この程度!!!
ドグォォォ!!!
拳に鈍い手応え。それと同時に、「盾」は木っ端微塵に吹き飛んだ。
アヴァロンまでは、もう残り3メドもない。この「速度」で奴が対応できるはずもない!!!
カッッ
黄色い光が、一瞬放たれる。
その直後……奴とエストラーダの姿が、消えた!?
「……驚きましたよ」
視界の向こう、20メドほど先に、奴らはいた。転移魔法?こんな一瞬で??
……いや、違う。魔法じゃない。奴は、「グロンド」の力を自分に向けた。それで、緊急回避したわけか!?
アヴァロンは、実に忌々し気な目で俺を見た。
「ただ単に『速く動ける』魔法じゃないですね?もしそうなら、エストラーダの攻撃をほとんど見切っているのはおかしい」
「……詐欺師や奇術師が種を明かすと思うか」
「ごもっとも」
「エストラーダに何をした」
エストラーダは、人形のようにアヴァロンの前に立っている。理性がないのは明白だ。
「先ほどの台詞、そっくりお返ししますよ」
テルモン兵が集まってきた。……攻めるべきか、退くべきか。
左足に体重を乗せる。……「閃」は使えない。
多分2人を殺せるだろうが、周辺への被害は大きい。何より、逃げるだけの体力もなくなる。
「音速剣」の射程でもない。とすれば、もう一度「5倍速」で近づくしかない、か。
行くことを決断した時、アヴァロンが腕時計を一瞥した。そして、「グロンド」が再び光る。
「……まだ、『調整』が不十分なようですね。それに、オーバーバックさんの裏切りで予定が狂いました。もう、退く時間です。
……必ず、貴方を殺し、彼女を取り戻します。予定は、全て忠実に遂行されねばならない」
調整?そう思う間もなく、2人は光の中へ消えた。
「何をしているっっ!!」
テルモン兵が俺に詰め寄ってくる。俺は「5倍速」を使い、その場から一気に離れた。
「え!?」
「消えた!!?」
風景が風のように流れる。プルミエールたちは、多分カルロスの家へと向かったはずだ。
俺の中には、アヴァロンたちを取り逃がした屈辱より、アヴァロンが退いたことへの疑問が渦巻いていた。
確かに、あのままやっていたらどちらが勝っていたかは分からない。
いや、俺の余力からすれば、長期戦に持ち込めば恐らく奴らが勝っていたはずだ。だから、俺は短期決戦を挑もうとした。
なのに、アヴァロンは退いた。……エストラーダは、完全な状態ではない?
まだ疑問はある。アヴァロンが、無軌道な殺戮に動いた意味だ。
原理主義派の中でも、過激派は世俗主義派を邪教徒だとみなしているのは知っている。そして、原理主義派にとってロックモールという街はそれ自体が禁忌の塊だ。
だからと言って、罪なき人々を殺す意味は何だ?あるいは、そこまでアヴァロンは狂っているのか?
とりあえず、幾許かの時間はできた。あのメディアという女が、その答えを持っているとすれば……一度、ちゃんと問いたださねばならない。
技紹介
「乱」
エリックの魔法「加速」の7倍速。音速手前まで速度を落とすことで、周辺に被害を与える衝撃波の発生なしに行動することができる。
ただ、非常に繊細な調整が必要なため、修行前では使いこなせていなかった。
音速手前まで加速されることで、打撃の威力も相当程度高まっている。これを「乱打」することで、相手を圧殺するのが本来の骨子である。
なお、本編では一瞬のうちに10発ほどを「盾」に打ち込んでいる。現状での持続時間は10秒程度。




