1
「飯マズ料理人と不死の試食人」
最初に感じたのは、指の痺れと、心拍数の急上昇だった。
早くなった鼓動は、あっという間に手足の先まで伝わり、全身の血管が、ドクドクと不気味な脈動に包まれる。
こめかみの血管が鈍痛を発して脈打ち、視界までもがドクンドクンと波打つ。
鼓動を強めすぎた心臓が激痛の塊に変わり、首の血管がガチガチに張り詰めて激震している。
「うぁ! ぐがあぁぁぁぁ!」
たまらず苦悶の声を上げたオレの視界が、グルグル回転し始めた。
目眩が激しすぎて、座っていられなくなり、仰向けにひっくり返って苦悶する。
そんな状態のオレを、三人の人物が、三者三様の眼差しで見つめている。
何を考えているのか判らぬ無表情な瞳、氷のように冷たく見下ろしてくる目、そして、邪悪な好奇心にキラキラ輝くまなざし……。
「お、おまえら……やっぱり鬼畜外道だ……グハァ!!」
恨み言を搾り出した口から、鮮血が噴き出し、視界も真っ赤に染まる。
ブチンッ! と何かが爆ぜ切れるような音が頭の奥で響いて、意識が闇に飲まれた。
「……蘇生、しました……」
意識を取り戻したオレの耳に、女の冷たい声が聞こえてくる。
「絶命から、蘇生までの所要時間は八分四十秒か……。結構苦しんでたし、まぁまぁ強い毒だったみたいね?」
もう一人の女性の声。
こっちは、耳当たりのいい響きだが、言ってることが鬼畜過ぎる。
「自覚できる症状が出るまでに要した時間は、食後二十三分。これは結構ヤバイわね。要注意食材だわ」
ぼやけていた視界が元に戻ってきた。
見上げる視線の先には、石版状の情報端末を覗き込みながら、なにやら記載している様子の少女の姿。
彼女の名は、キュレリア・バナザード。
一応、オレの雇い主だ。
軽くウェーブした金髪と、色白な肌、緑とも青ともつかぬ、微妙な色合いの瞳が美しい美少女だが、その性根はとんでもない鬼畜女子だ。
「死因は、急上昇した血圧による血管の破裂……。ふむふむ。この上昇速度は凄いわね」
好奇心剥き出しでデータを分析しているキュレリアの隣にたたずんでいるのは、スラリと背が高い黒髪の美女。
顔立ちも、体つきも、間違いなく絶世の美女なのだが、その全身から他者を拒絶しまくるような、冷たい殺気が放たれている。
彼女は、キュレリアの護衛を務める魔法剣士、ラヴィリア。
そして、もう一人、少し離れたところで剣の手入れをしている大柄な男は、重装戦士のガイザル。
キュレリアを含め、三人は、「青」の首輪付きだ。
首輪には、緑と青の二色があって、緑でも充分以上に強いが、青はそれ以上に強力で、まさに一騎当千クラスの戦力らしい。
そんな超強い三人に、なんの取り柄もなく超弱いオレを含めた四人が、特別辺境探索班のメンバーだ。
「それじゃあ今度は、治癒魔法で絶命を防げるかどうか、試してみましょうか? おかわり、召し上がれ♪」
さっき、オレを苦悶させ絶命させたスープの入ったマグカップが、キュレリアの、見た目だけは天使の様な笑顔とともに、再び差し出された。
(2)
「……はぁぁ~、今日も一杯殺されたなぁ」
その日の晩飯だけで、六回、悶死させられたオレは、寝床の中で一人溜息をつく。
オレは、とある事件で、望まずして不死の肉体になってしまった。
死なないというだけで、他に何の取り柄も無いオレに出された究極の選択が、地下牢に幽閉されて実験動物になるか、特別辺境探索班に入るか? というものだった。
オレは、即座に後者を選択した。
結局、どっちもどっちだったということに気付いたのは、辺境探索に出発したその日の晩飯からだ。
オレだけの特別メニューとして、キュレリアが出してくれた料理は、驚くほど不味かった。
「素材の味を活かす調理法なのよ。さあ、召し上がれ♪」
と、このチームのリーダーであり、調理師兼魔道師のキュレリアは、天使の様な微笑みを浮かべて勧めてくる。
オレを、実験動物の境遇から救ってくれた美少女に逆らうことも出来ず、不味い料理を無心に掻き込んでいたオレは、次の瞬間、激しく嘔吐しながら転げ回り、全身を掻きむしりながら苦悶の末、絶命した。
数分後、蘇生したオレに、キュレリアは、毒性のある食材の効果と治療方を研究していることを告白し、オレに引き続き、試食人を続けるよう迫ってきた。
断れば、王都に強制送還され、地下牢で様々な実験にこの身体を切り刻まれ、焼かれ、溶かされる生活が待っている、と、脅され、それならまだ、クソマズ料理で悶死する方がマシか? と、彼女の申し出を受け入れた。
で、オレたちは、辺境を旅しつつ、未知の食材を収集、分析し、そのデータを本国に送っているのだ。
その中でも特に重要視されているのが、大量調達が可能で栄養価の高い食材の発見と、その逆に、毒などの危険物質を含む食材の分析、いざというときの対処法の確立だ。
しかし、オレが見る限り、キュレリアの興味は毒性のある食材に異常なほど傾倒している。
まあ、そんなこんなで、オレは、辺境探索で採集した未知の食材を、キュレリアが「素材の持ち味(毒)」を活かして調理したクソマズ料理の試食という苦行を続けている。
オレの肩書きは、「試食人」だが、はっきり言って、ただの毒見役だ。
拒否権無し、食べさせられる料理は、そのほとんどが毒入りで、しかも、驚くほど不味い。
ごく希に、毒の無い食材もあるのだが、それでも、味だけは万に一つの例外もなく、本当に、信じられないぐらい、奇跡的なほどにクソ不味い!
しかも、完食を義務づけられている。
毒入り食材を食べてしまった場合、症状が出ても、最初の一回目は治療はしてもらえず、毒の効果の進行度合いと、死ぬまでの経過をじっくりと観察される。
はっきり言って、死ぬほど辛い。まあ、実際に、死んじゃうわけなんだが……。
だが、雇い主のキュレリアが言うには、これでも充分以上に人間的な処遇なのだという。
まあ、日に三度の試食以外は、これといって虐待されるわけでもなく、敵性生物からも守ってもらえるし、重労働はしなくても良いし、地下牢に閉じ込められているよりはマシ、なのかな? と思わないでも無い。
完全に飼い慣らされている、というか、感覚が麻痺し始めているな、オレ……。
(3)
翌朝の朝食も、酷い味だった。
何か得体の知れないペースト状のモノが、トーストに塗ってあるのだが、これが、想像を絶するほど不味いのだ。
どう不味いのか、脳が完全に理解するより先に、毒が効果を発揮してくれたのが、逆に嬉しく思えるほどの不味さだった。
「はヒッ! クヒッ! キハッ!」
呼吸が出来なくなっていた。
いや、吐くことは出来るが、吸えない。
目の前に光の粒子がきらめき、意識が遠のいて、消えた。
「……それにしても、このあたりの食材、毒の含有率が異常に高くない?」
「おそらく、大融合以前の、この地域の環境によるものなのでしょう」
キュレリアの問いに、魔法戦士、ラヴィリアが冷たい口調で答えるのが聞こえてきた。
ちなみに、大融合というのは、数十年前に起きた大天変地異のことだ。
幾つもの異世界が一つに融け合い、巨大な単一世界が形成されるという、とんでもない出来事だったらしい。
「う……ハヒュウゥゥゥゥゥ~ッ!!」
どうやら窒息死していたらしいオレは、仰け反りながら起き上がり、壊れた笛みたいな派手な音を立てて思いっきり息を吸い込んだ。
「うるさいッ!」
ガンッ! と、いう音とともに、目の前に火花が散り、頭に激痛が走る。
キュレリアが、握り拳サイズの石をぶつけてきたのだ。
それも、ただ投げたのではない。
石を風の結界で包んで飛ばす攻撃魔法、「ペブルショット」で、加速してぶつけたのだ。
頭蓋骨がひしゃげ、頭が半分吹っ飛ぶ感触……。
そのまま仰向けにひっくり返り、オレはまた死んだ。
「く……ホヘヒアァァ~!!」
また、変な叫び声を上げて蘇生してしまったが、今度は石は飛んでこなかった。
毒による死と違い、単純な物理的損傷による死は、ほんの数十秒で再生、蘇生が完了する。
「このペースで行けば、今日中にこの地域の融合境界まで到達できそうです」
ラヴィリアとの会話は、まだ続いていた。
「いいわ。境界線を越えたエリアで、拡散具合を調べましょう。その結果によっては、早急に何らかの手を打つ必要があるわね……」
頷くキュレリアであったが、あの表情は、絶対に、とんでもなく鬼畜な事を考えている!