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「飯マズ料理人と不死の試食人」


 最初に感じたのは、指の痺れと、心拍数の急上昇だった。

 早くなった鼓動は、あっという間に手足の先まで伝わり、全身の血管が、ドクドクと不気味な脈動に包まれる。

 こめかみの血管が鈍痛を発して脈打ち、視界までもがドクンドクンと波打つ。

 鼓動を強めすぎた心臓が激痛の塊に変わり、首の血管がガチガチに張り詰めて激震している。

「うぁ! ぐがあぁぁぁぁ!」

 たまらず苦悶の声を上げたオレの視界が、グルグル回転し始めた。

 目眩が激しすぎて、座っていられなくなり、仰向けにひっくり返って苦悶する。

 そんな状態のオレを、三人の人物が、三者三様の眼差しで見つめている。

 何を考えているのか判らぬ無表情な瞳、氷のように冷たく見下ろしてくる目、そして、邪悪な好奇心にキラキラ輝くまなざし……。

「お、おまえら……やっぱり鬼畜外道だ……グハァ!!」

 恨み言を搾り出した口から、鮮血が噴き出し、視界も真っ赤に染まる。

 ブチンッ! と何かが爆ぜ切れるような音が頭の奥で響いて、意識が闇に飲まれた。

「……蘇生、しました……」

 意識を取り戻したオレの耳に、女の冷たい声が聞こえてくる。

「絶命から、蘇生までの所要時間は八分四十秒か……。結構苦しんでたし、まぁまぁ強い毒だったみたいね?」

 もう一人の女性の声。

 こっちは、耳当たりのいい響きだが、言ってることが鬼畜過ぎる。

「自覚できる症状が出るまでに要した時間は、食後二十三分。これは結構ヤバイわね。要注意食材だわ」

 ぼやけていた視界が元に戻ってきた。

 見上げる視線の先には、石版状の情報端末を覗き込みながら、なにやら記載している様子の少女の姿。

 彼女の名は、キュレリア・バナザード。

 一応、オレの雇い主だ。

 軽くウェーブした金髪と、色白な肌、緑とも青ともつかぬ、微妙な色合いの瞳が美しい美少女だが、その性根はとんでもない鬼畜女子だ。

「死因は、急上昇した血圧による血管の破裂……。ふむふむ。この上昇速度は凄いわね」

 好奇心剥き出しでデータを分析しているキュレリアの隣にたたずんでいるのは、スラリと背が高い黒髪の美女。

 顔立ちも、体つきも、間違いなく絶世の美女なのだが、その全身から他者を拒絶しまくるような、冷たい殺気が放たれている。

 彼女は、キュレリアの護衛を務める魔法剣士、ラヴィリア。

 そして、もう一人、少し離れたところで剣の手入れをしている大柄な男は、重装戦士のガイザル。

 キュレリアを含め、三人は、「青」の首輪付きだ。

 首輪には、緑と青の二色があって、緑でも充分以上に強いが、青はそれ以上に強力で、まさに一騎当千クラスの戦力らしい。

 そんな超強い三人に、なんの取り柄もなく超弱いオレを含めた四人が、特別辺境探索班のメンバーだ。

「それじゃあ今度は、治癒魔法で絶命を防げるかどうか、試してみましょうか? おかわり、召し上がれ♪」

 さっき、オレを苦悶させ絶命させたスープの入ったマグカップが、キュレリアの、見た目だけは天使の様な笑顔とともに、再び差し出された。


    (2)

 「……はぁぁ~、今日も一杯殺されたなぁ」

 その日の晩飯だけで、六回、悶死させられたオレは、寝床の中で一人溜息をつく。

 オレは、とある事件で、望まずして不死の肉体になってしまった。

 死なないというだけで、他に何の取り柄も無いオレに出された究極の選択が、地下牢に幽閉されて実験動物になるか、特別辺境探索班に入るか? というものだった。

 オレは、即座に後者を選択した。

 結局、どっちもどっちだったということに気付いたのは、辺境探索に出発したその日の晩飯からだ。

 オレだけの特別メニューとして、キュレリアが出してくれた料理は、驚くほど不味かった。

「素材の味を活かす調理法なのよ。さあ、召し上がれ♪」

 と、このチームのリーダーであり、調理師兼魔道師のキュレリアは、天使の様な微笑みを浮かべて勧めてくる。

 オレを、実験動物の境遇から救ってくれた美少女に逆らうことも出来ず、不味い料理を無心に掻き込んでいたオレは、次の瞬間、激しく嘔吐しながら転げ回り、全身を掻きむしりながら苦悶の末、絶命した。

 数分後、蘇生したオレに、キュレリアは、毒性のある食材の効果と治療方を研究していることを告白し、オレに引き続き、試食人を続けるよう迫ってきた。

 断れば、王都に強制送還され、地下牢で様々な実験にこの身体を切り刻まれ、焼かれ、溶かされる生活が待っている、と、脅され、それならまだ、クソマズ料理で悶死する方がマシか? と、彼女の申し出を受け入れた。

 で、オレたちは、辺境を旅しつつ、未知の食材を収集、分析し、そのデータを本国に送っているのだ。

 その中でも特に重要視されているのが、大量調達が可能で栄養価の高い食材の発見と、その逆に、毒などの危険物質を含む食材の分析、いざというときの対処法の確立だ。

 しかし、オレが見る限り、キュレリアの興味は毒性のある食材に異常なほど傾倒している。

 まあ、そんなこんなで、オレは、辺境探索で採集した未知の食材を、キュレリアが「素材の持ち味(毒)」を活かして調理したクソマズ料理の試食という苦行を続けている。

 オレの肩書きは、「試食人」だが、はっきり言って、ただの毒見役だ。

 拒否権無し、食べさせられる料理は、そのほとんどが毒入りで、しかも、驚くほど不味い。

 ごく希に、毒の無い食材もあるのだが、それでも、味だけは万に一つの例外もなく、本当に、信じられないぐらい、奇跡的なほどにクソ不味い!

 しかも、完食を義務づけられている。

 毒入り食材を食べてしまった場合、症状が出ても、最初の一回目は治療はしてもらえず、毒の効果の進行度合いと、死ぬまでの経過をじっくりと観察される。

 はっきり言って、死ぬほど辛い。まあ、実際に、死んじゃうわけなんだが……。

 だが、雇い主のキュレリアが言うには、これでも充分以上に人間的な処遇なのだという。

 まあ、日に三度の試食以外は、これといって虐待されるわけでもなく、敵性生物からも守ってもらえるし、重労働はしなくても良いし、地下牢に閉じ込められているよりはマシ、なのかな? と思わないでも無い。

 完全に飼い慣らされている、というか、感覚が麻痺し始めているな、オレ……。


     (3)

 翌朝の朝食も、酷い味だった。

 何か得体の知れないペースト状のモノが、トーストに塗ってあるのだが、これが、想像を絶するほど不味いのだ。

 どう不味いのか、脳が完全に理解するより先に、毒が効果を発揮してくれたのが、逆に嬉しく思えるほどの不味さだった。

「はヒッ! クヒッ! キハッ!」

 呼吸が出来なくなっていた。

 いや、吐くことは出来るが、吸えない。

 目の前に光の粒子がきらめき、意識が遠のいて、消えた。


「……それにしても、このあたりの食材、毒の含有率が異常に高くない?」

「おそらく、大融合以前の、この地域の環境によるものなのでしょう」

 キュレリアの問いに、魔法戦士、ラヴィリアが冷たい口調で答えるのが聞こえてきた。

 ちなみに、大融合というのは、数十年前に起きた大天変地異のことだ。

 幾つもの異世界が一つに融け合い、巨大な単一世界が形成されるという、とんでもない出来事だったらしい。

「う……ハヒュウゥゥゥゥゥ~ッ!!」

 どうやら窒息死していたらしいオレは、仰け反りながら起き上がり、壊れた笛みたいな派手な音を立てて思いっきり息を吸い込んだ。

「うるさいッ!」

 ガンッ! と、いう音とともに、目の前に火花が散り、頭に激痛が走る。

 キュレリアが、握り拳サイズの石をぶつけてきたのだ。

 それも、ただ投げたのではない。

 石を風の結界で包んで飛ばす攻撃魔法、「ペブルショット」で、加速してぶつけたのだ。

 頭蓋骨がひしゃげ、頭が半分吹っ飛ぶ感触……。

 そのまま仰向けにひっくり返り、オレはまた死んだ。

「く……ホヘヒアァァ~!!」

 また、変な叫び声を上げて蘇生してしまったが、今度は石は飛んでこなかった。

 毒による死と違い、単純な物理的損傷による死は、ほんの数十秒で再生、蘇生が完了する。

「このペースで行けば、今日中にこの地域の融合境界まで到達できそうです」

 ラヴィリアとの会話は、まだ続いていた。

「いいわ。境界線を越えたエリアで、拡散具合を調べましょう。その結果によっては、早急に何らかの手を打つ必要があるわね……」

 頷くキュレリアであったが、あの表情は、絶対に、とんでもなく鬼畜な事を考えている!



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