エピローグ
お読み頂きましてありがとうございます。
ヘルヘイム国の王都に到着後、クロノワール様が王のイスに座り、僕が横に並び王配のイスに座る。
これには特別な意味があるらしい。王や王配の資格の無いものはイスに座れないそうである。
王座が空いているときは、多くの魔族が挑戦しイスから逃げ出していく。どうやら、座った感触だとマッチャロール様の壊死した枝で構成されているようで死霊王の死の恐怖が残留しているみたいであり、僕には2人の愛に包まれているようで心地いい。
隣を見ると何とか耐えられるといった感じのクロノワール様の姿があった。
「やっぱり凄いね。ボクちんの旦那様は、このイスに平気で座れるなんて。それだけで尊敬できるよ。」
このイスに座ったまま、長時間に渡ってクロノワール様の臣下から挨拶を受けていく。
人族と侮るものも居れば、死霊王の伴侶というだけで膝付くものと様々だ。
王座のイスに挑戦した気概のある魔族は、ここに僕が長時間座っているだけで感心して返って行く。このイスの効果は絶大だった。
☆
「いいんですか? クロノワール様。」
「貴女にはボクちんの代わりに沢山の苦労をかけたんだから、ご褒美。ところどころでボクちんも楽しませて貰うけど。」
これから2日間、執務に専念するクロノワール様の代わりにクロが王都を案内してくれることになった。
執務の合間にクロに同調することで、気晴らしをするつもりらしい。
「それでなんで、貴女たちも同行しているんですか?」
こっちはクロと2人きりのデートを楽しんでいるというのに後ろから、ゾロゾロとリオーナさんたちがついてくるにである。幻惑王が既に関係を持ったという余裕なのか。またゾロ裏工作に勤しんでいるのかその場に居ないのが救いである。
「もちろん観光よ。」
リオーナさんは観光と言い切る。
「主を守るのは私だ。」
ニャオンさんは護衛のつもりのようで公爵令嬢はミーちゃんを抱いてニコニコとついてくる。
「夜は私の出番だね。良い夢を見せてあげようじゃないか。」
夢を見る前に死にますよね。ドロンさん。
突然、僕の手を引くクロの速度が上がる。彼女たちが鬱陶しいのはクロも同じだったらしい。裏通りを通り抜け、明らかにその筋の方々と挨拶すると彼女たちの前に立ちふさがってくれる。クロと打ち合わせをしてあったらしい。
そして娼館と思しき建物の中を何度も潜り抜けていくとある屋敷の中に飛び込んだ。
「ここは?」
「ここはヘルヘイム国でもクロノワール様側のある重鎮の別宅なの。歓楽街の中にあるだけあって娼婦たちを呼んで乱交できるだけの設備も整っているわ。このなかで2日間、2人っきりで楽しみましょう。」
その後は愛欲に満ちた時間だ。時折、クロノワール様の意識が交わるがエッチしている最中は恥ずかしいのか。直ぐに消えていってしまう。
食事している時間以外はベッドに入り抱き合っている状態だった。
「流石のボクちんも呆れるよ。」
食事の時間に同調しに来たクロノワール様が呆れた声を出す。
「もうこんな機会無いよね。最初で最後の機会だから、心に刻みつけておこうと思って。」
僕がクロノワール様の夫となった後は自分の時間を割いてまで、クロとの時間を持たせてくれるとは思えない。
「そんなにクロが好きなの? これはボクちんの分体だよ。ボクちん自身だよ。でも何故悔しいんだろうね。ボクちんの夫になれば、同じだけ愛してくれる?」
「大丈夫だよ。正直言って、裏後宮で君に会ったときからちゃんと欲望を抱いていたよ。クロに出会ってさらに好きになった。シロさんには悪いけど、クロと君を足したらシロさん以上に愛している。それだけは言えるよ。」
はっきり言って愛の大きさなんて計れない。計れたとしても、あと20年足らずと何百・何千年では比較にならない。同じように愛そうというのが間違っているのだ。
それならば、今このときを心に刻みつけておけばいいのだ。
愛した証もなにもいらない。愛したという事実さえあれば、長いときを生きていけるような気がしている。
流石に欲望のままに過ごしていると、身体を重ねながら睡眠を取る。常に触れていたい。常に繋がっていたいという欲望が単純化していき、寝て体力が回復すれば行為をするサイクルが出来上がっていく。
もう他のことは何もしたくない。
「うん。」
急に何か胸騒ぎがして、落ち着かない気分になってくる。もうすぐ、このときが終わってしまうからなのだろうか。
「どうしたの?」
2人は繋がったまま果てそのまま寝てしまったようだ。
「明日から始まるんだ。そう思ったんだ。」
幻惑王は別にして、死霊王・冥界王・緑樹王・翼竜王・好戦王を愛し続けていくことには不安は無い。
だけど自分の未熟さが一番の難敵だろう。
魔界の王となり、この世界の王となったときに自分の感情のままに権力を振るえば多くの人々を不幸に導いてしまう。
どんな平穏な日々を送ろうとも大切な人との別れは必ずやってくるものだ。
第一の難関はこのクロを失ったときだろう。
僕は耐えられるのだろうか?
未熟さをさらけ出し、クロノワール様にユズシェル様にマッチャロール様に当たり散らすだろうし、皆僕を受け止めてくれる未来が見えている。
見栄を張っても仕方がない。僕は怖いのだ。怖くて仕方がないのだ。
「大丈夫ですよ。生涯、いえ死んでも貴方を支え続けます。どんなことをしてでも、貴方の心を鍛えます。何も怖くはありませんからね。皆さまに心を委ねてあげてください。そして、この魔界を愛してください。この世界を愛してください。この私を愛してくださったように。」
そう言って震える僕を抱きしめてくれた。
「ええっ。何ですって!」
長い間そのまま抱き合っていたが、クロが突然叫び声をあげた。
「ボクちんのミスだ。直ぐにその屋敷から出て!」
クロの身体に同調したのだろう。クロノワール様の口調になっている。少しパニックになっているようだ。
「クロノワール。落ち着いてごらん。ゆっくりで構わないから深呼吸をして、ほら。」
隣で同じように僕も深呼吸を繰り返す。
「それでなんだって?」
落ち着いたところで続きを即す。
「うちのナンバー2とナンバー3が反旗を翻した。何が何でも、モーちゃんを殺すって息巻いている。」
「そうなんだ。それでどうやって僕を殺してくれるって。」
『死に戻り』ができる僕にとって、死は大して怖いものでは無い。いや怖いんだけどね。
「ボクちんは後宮に立て籠もっているけど、既に王宮は彼らの支配下に置かれている。王都も大部分がそう。今モーちゃんが居る屋敷も彼らのものなの。恐らく屋敷だけではなく辺り一帯を火の海にするつもりよ。」
「なるほど。クロはクロノワールの同調下ならば、不定形になれるんだったよな。」
「そうね。」
「じゃあ、クロ単独でなら逃げ出せるよな。」
「何をいっているの。そんなことが出来るわけが無いじゃない。冗談は止して。」
「まあ落ち着けって、出来るのか出来ないのかだけを答えてくれ。」
「出来るよ。下水道を通れば、王都の外へも逃げ出せるわ。」
「それなら話は簡単だ。今からクロノワールがクロの手で僕を殺してくれ。そして、僕の死体をマジックボックスに入れて、それを持って王都の外に逃げ出せばいい。ほら簡単だろ。」
「酷い。酷い。ボクちんにそんな役をやらせようと言うのっ。鬼畜よ。非道よ。人間じゃないわ。」
まあ確かに人間は辞めたけど、魔界の王にそう言われるとは心外だなあ。
「ほら、屋敷に火を放ったようだぞ。」
周囲に何かが燃えている臭いが漂いだした。
「仕方が無いなあ。」
僕はマジックボックスからレイピアを取り出すとおもむろに自分の胸に突き立てる。
まるで水の中にでも突き入れたような感触だ。
そのままゆっくりと引き抜く。
「あ・と・・・。」
あとはよろしくと言ったつもりだったが言葉に出来なかった。
「あれっ。ここはどこだ。」
目を開けると真っ暗闇の中だった。
てっきり幻惑王と連携を取って、僕の遺体を裏後宮に移動させているものだと思ったんだけど、そこまで説明すれば良かったかな。その辺りの万が一の手筈はユズさんと綿密に打合せ済みだったから、言わなくても幻惑王と合流さえすれば、裏後宮に移動しているはずだったんだけど。
何かがおかしい。
なんだ。何なんだろう。
胸のキズは塞がっているよな。そこはつるんとしている。
問題ないよな健康そのものだ。いつもと変わらない。
ん、いつもと変わらない?
そんなバカな。死に戻ったならば、僕の下半身の一部分はいきり立っているはずなのに、いつもと変わらないなんてありえない。
ということは・・・死に戻って無い?
死ななかった・・・なんてありえないよね。それこそ世界樹の果実でも使わないかぎり、あそこから再生したなんて・・・。
世界樹の果実なんて・・・クロなら持っている?
確か魔界の最高級品・・・とんでも無い値段がつくがヘイム商会なら持っているに違いない。
まさかと思うけど・・・あのとき、クロノワールがパニックに陥り、同調が切れたとするとクロならどうする?
僕の死にかけの身体を見つけたら・・・。
僕はあのとき、どう思った?
クロよりもクロノワール様のほうが冷静に対処できるだろうと委ねた。
だがクロノワール様がパニックだったら、とにかく生き返らせようと世界樹の果実を使うだろう。
そして、周囲は火の海・・・。
「モーちゃん! モーちゃん! この中なの? これクロだよね。」
ユズさんの声が響いてくる。最悪の想像が現実のものになっているのを知ったときだった。
しばらくして視界が明るくなった。
ユズさんとクロノワール様が居た。
そして僕の足元には黒い液状の何かが広がっていたのだ。
「ダメっ。触っちゃダメ。」
クロノワール様の止める言葉は遠くのほうで聞こえる。
僕はその黒い液状の何かを抱きしめて、声にならない叫びをあげることしか出来なかった。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
そんな・・・。クロが・・・クロが・・・クロが・・・。
いつの間にか場所が移動してきている。ここはヘルヘイム国の王宮だ。そして、クロの居ない世界・・・。
目の前にはシロさんが居る。こころが追いつかない。ユズさんも居る。ダメだ。クロノワール・・・様が居て、クロが居ない世界。
シロさんが僕を抱きしめてくれると共にユズさんがクロノワール様が全ての人々が逃げ出した。
今まで感じた死の恐怖の何倍、何十倍の濃度のものが周囲に漂っていく。
「ダメっ。シロさんダメだよ。」
僕はシロさんにキスをして押し倒した。失った何かを必死にかき集めるような抱き方だ。ダメだ。ダメだ。シロさんを傷付けてはダメだ。でも、止まらない止まらないんだ。
次に目を覚ましたときには辺り一帯にはシロさんと僕しか居なかった。
「モーちゃん ダイショウブ?」
とても大丈夫だなんて言えない。
「モーちゃん ヘルヘイム 滅ぼす?」
「モーちゃん 魔界 滅ぼす?」
「モーちゃん 世界 滅ぼす?」
僕は首を振るしか出来なかった。改めて、その力がシロさんにはあることを実感した。
シロさんには世界を滅ぼすことなど容易かったのだ。
どうすればいいんだ。どうすれば第一関門を突破できる?
とにかく、シロさんのホコを収めてもらうしかない。
「お願い止めて下さい。一緒にヘルヘイムを出ましょう。」
シロさんはコクんと頷くと腕を絡めてくる。
王宮を出て、王都を出て、ヘルヘイム国を出たところにユズさんとクロノワール様が居た。
遅かったようだ。既にヘルヘイム国の国土は死屍累々といった状態だった。
「ゴメン。国、無くなっちゃった。」
「ボクちんが逃げ出した結果が全て。結果は国王たるボクちんが負うもの。「それよりもモトラヴィチが生きていて下さったことがなによりです。」」
「えっ。クロ?」
「そうです。貴方のクロです。クロノワール様本体に融合していただきました。これからは、ずっと一緒です。「そうだよ。ボクちん、二重人格になったんだよ。責任を取ってね。」」
最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。
これにて完結となります。
「勇者召喚に巻き込まれた悪役令嬢」
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コスプレ・スマホ・漫画家・アニメ・ゲーム・デフォルト名・イージーモード。
異世界の言葉に翻弄されながらも自分の正体がバレないように必死に頑張る女の子の物語です。
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