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「アステール殿下。私闘などとんでもありません」


 さっと、兄とロバート様が臣下の礼をとるのに合わせ、私とラビニアも深く腰を折る。

 アステール殿下はこの国の第一王子、私の長年の片想いの相手だ。

 私が幼い頃から、ピアジュ殿下の話し相手として宮殿に招かれる事が多かったせいなのか、アステール殿下は恐れ多くも幼馴染みに近い親しさでいつも私に話し掛けて下さる。

 兄がアステール殿下と第二王子のスティルツ殿下のお話相手として、私と一緒に宮殿に伺うことが多かったせいもあるかもしれない。

 決して私を気に入って下さっているわけではないのに、優しく声を掛けて頂くだけで、愚かな私の心は舞い上がってしまう。

 叶わぬ思いだと分かっているのに、本当に私は愚かだと思う。


「礼は良い。ブラン、ロバート。今日はお前達の妹のデビューの日だろう。それなのにこんなところで何を騒いでいる」


 アステール殿下から私の姿を隠すように、兄とラビニアが動き私は両手とハンカチで少しでも見苦しい姿を隠そうとしていた。


「フィオリーナと、そちらはラビニアかな。デビューおめでとう」

「ありがとうございます。殿下」

「はい。ラビニア・ファミシュアです。ありがとうございます」


 一瞬ラビニアと顔を見合わせた後、再び礼をとった私の心は複雑の一言だ。

 こんな姿ではパーティーには出られない。

 すでにロバート様にも殿下にもみつかってしまったけれど、これ以上恥を晒す前に、目立たぬように馬車を呼んで家に戻らなければ。


「楽にしなさい。で、二人の騒ぎの原因はフィオリーナのそれか」


 パーティーはもうすぐ始まる。でも、今年デビューする男爵家令嬢は人数が多いと聞いたから、急げばラビニアは間に合うかもしれない。

 せめて、ラビニアだけでもパーティーへ向かってもらわなくては、私の為にこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。


「そうです。妹を侮辱されては兄として許せません」

「お兄様、誤解です。ロバート様は偶然こちらにいらしただけ、ジュリエンナ様とは関係ないかと」

「関係ない? そんな筈ないだろう。あの女のドレスはこいつが用意していた筈だ。事あるごとにお前に言い掛かりを付けてきた人間が、自分と似たようなドレスを着ているのを見たら逆上しないわけがないだろ」


 自業自得とはいえ、ジュリエンナ様は兄を慕っているというのに、その思い人にあの女呼ばわりされるとは。さすがに同じ女として気の毒になる。


「それは」

「ロバート、ピアジュが待っているのだ。言い訳するなら今しかないぞ」

「実は二人の仲を取り持とうと、似たドレスを選んだのです」

「は?」


 予想を越えるロバート様の答えに、誰もが首を傾げたのはこの場合仕方ないだろう。


「二人の仲が悪いのは知っていたよ。だから少しでも話す切っ掛けになればと、ブランが注文した店を調べて似たドレスを作ってくれるように注文を」


 元々仲の悪い、というよりも一方的に私がジュリエンナ様に嫌われているというのに、嫌っている相手が似たようなドレスを着たらどう思うかくらい想像出来ない等ということがあるだろうか。


「お前がいつもピアジュを怒らせる理由が、良く分かったよ」


 嘆かわしいとばかりに、殿下は額を押さえながら首を振る。


「どういう事ですか」


 殿下の呆れ顔を見ても、ロバート様には理解できないのだろう、殿下と兄の顔を交互に見ながら首を傾げている。

 頭の良い方だと聞いていたけれど、女心を理解するのはそれとは関係ないらしい。


「いいから、ロバートは早くピアジュのところへ。後は私に任せなさい」

「殿下しかし」

「ピアジュの機嫌を損ねたらパーティーに出ないと言い出すかもしれないぞ。そうしたら、ロバートお前の責任だ」


 殿下の脅しにロバート様は、慌てて宮殿の奥の方へ駆けていった。


「さて、二人のドレスを何とかしないといけないな」

「二人?」

「魔法で浄化するには、魔法使用の手続きの為に事の詳細が他の者に知れることになるから避けた方が良い。それにラビニアのドレス、それではパーティーには出られないだろう」

「え。ラビニア、そのドレスの裾は一体」


 殿下の言葉にラビニアのドレスを良く見ると、絹のサテン地の上にふわふわと重なったシフォンの、その一部分が裂けていた。


「あぁ、さっきちょっぴり失敗してしまったの。着なれない物を着てたせいよ。気にしないで」

「気にしないでって。そんなわけにいかないわ」


 浄化と復元は私の得意な魔法、すぐにドレスを直す事だって出来る。

 手のひらに魔力を集め、そして詠唱を。


「フィオリーナ何をする気だ」

「だって、ラビニアのドレスが。私のせいでラビニアの」


 自分だけならパーティーに出られなくても我慢できる。

 でも、私のせいでラビニアまでなんて。


「フィオリーナはやっぱり馬鹿ね」


 私の両手を掴み、ラビニアは私を諌めた。


「ラビニア」

「あなたがパーティーに出られないかもしれないのに、自分だけ出ようなんてそもそも思ってないわ」

「だって」

「魔法使ってはいけないと分かっているから、あなたは一人でここで泣いていたんでしょ。それなのに私の為に使っては駄目よ」

「でも」

「デビューのパーティーが今年で最後という事ではないのよ。来年一緒に出ましょう」

「ラビニア」

「さあ、これで少しは隠れるわ」


 ラビニアは自分の肩に掛けていたシフォン素材の肩掛けを、私の首にふわりと掛けてから「ブラン様馬車を呼んで頂けますか」と兄を呼んだ。

 じわりと涙がにじんでくる。

 でも、泣いたらいけない。


「ごめんなさい。ラビニア」

「いいのよ。一緒に帰りましょ。今日はあなたの家に泊めてね」

「うん」


 大事な友達の大事な日に、迷惑を掛けて泣くのは違う。

 だから、ぐっと涙をこらえて頷いた。


「友情は素晴らしいけれどね、ドレスは用意出来ると思うよ。二人とも同じドレスになるけれどね。それでもいいかな」

「殿下?」

「私に任せてくれる? フィオリーナ」


 優しい殿下の言葉と笑顔、けれどすぐに返事をする事がなぜか出来なかった。

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