4(リサ視点)
「リサ」
馬車から降りて少し歩くと、正面から銀色の髪を揺らし走ってくる影が見えました。
「ラク。格好良いっ。じゃなくて、フィオリーナ様のお兄様が今どちらにいらっしゃるか分かるかしら」
銀の髪を少し乱して私の側まで駆け寄ると笑顔で私をエスコートし始めたラクに、早口で告げました。
私のエスコートをするのは従兄の予定ですが、ラクは私に二番目のダンスを申し込んでくれる約束です。
遠い東の国から交換留学生としてやってきたラクは、東の国の正装を着ていてとても格好良いですが、馬鹿な従姉妹のせいでそんなことを喜んでいる時間がありません。
「リサ。そんな綺麗な姿で、最初に言うのがそれ? 俺は心が狭いって知ってるよね」
「私、今人生最大の窮地に立たされているの。ラクは私を助けてくれないの?」
拗ねたラクを宥める事をせず、私は言葉を続けました。
ラクは私限定でとても心が狭いと、十分過ぎる程知っています。
だから名前で呼ばず、フィオリーナ様のお兄様と説明したのですがそれでも駄目だった様です。
「窮地? あいつならさっき、女に呼ばれて東門の方に向かったみたいだけど」
「東門。良かった、最悪な事態は免れたのね。ありがとうラク。それが分かっただけでも大助かりだわ。さすが私の未来の旦那様ね」
まだ拗ねた顔をしながら、私が望んでいた答えを返してきたラクに、にっこりと笑いかけるとラクは照れたように耳をぴくぴくと動かしながら「リサを助けるのは俺の役目だからな」と嬉しいことを囁いてくれました。
ラクは狼の獣人です。お互いの耳に触れるのは求愛行為だと知らず、仲良くなったラクの耳に触れたいと言った瞬間抱き上げられ、ラクの部屋に連れ込まれたのはほんの一月ほど前の事でした。
誤解を解いて、でも好きだと告げるとラクは少し残念そうな顔をしながら、二番目のダンスを申し込みたいと言ってくれたのです。
「じゃあ叔父様とお父様は? それにフィオリーナ様のご両親」
「リサのお父上と侯爵は車寄せの近くでリサ達を待ってる。侯爵が居るせいで周囲は困惑顔だったな。フィオリーナ嬢のご両親は中に入っている様だな」
「お父様も叔父様もすぐに会えそうね。ラクお願い。お父様に伝えて欲しいのよ。目立たずにフィオリーナ様のご両親とお話が出来る場所を確保して欲しいと」
エスコートするのは違う人間だというのに、厳めしい外見に似合わない子煩悩な二人は待ちきれず車寄せ近くまで出て来ているのでしょう。父はともかく、財務大臣の叔父様がいては周囲の動揺は想像がついて、こんな時なのに可笑しくなってしまいます。
「あの馬鹿今度は何をやったんだ」
ジュリエンナの事が嫌いなラクは、顔をしかめていますが、私も同じ顔でしょう。
それにしても、今の言葉だけでジュリエンナが何かしたと分かるラクは、素晴らしいの一言です。
まあ、短い間ですがジュリエンナに振り回される私を見てきたからこそだとは思いますが。
「フィオリーナ様のドレスにインクを」
「はあ? とうとうやって良いことと悪いことの区別もつかなくなったらしいな。で、フィオリーナ嬢は?」
「フィオリーナ様のお兄様が東門に向かわれたのなら、彼女は大丈夫だと思うけれど、叔父様達にこの事を早く知らせて対処しなければいけないの、お願い急いで」
叔父様達に状況を伝え、早急に侯爵に謝罪をしなければ。
フィオリーナ様のドレスは魔法使用の許可を頂きさえすれば、インクの染みは消える筈です。
ただ、すぐに許可を頂けるかが問題ですが。
フィオリーナ様のお父様は、宰相ですしなんとかなるでしょうか。
「でも、リサ」
「私の事は良いわ。お願い」
私を一人にしたくなくてごねるラクは愛しいですが、私とラクの気持ちは今は後回し、優先しなければいけないのはフィオリーナ様の事です。
「でも」
「早くしないとフィオリーナ様がパーティーに出られなくなってしまうわ。そうなったら私だって出るわけにはいかないけれど、ラクはそれでもいい?」
意地が悪い言い方ですが、事実です。
フィオリーナ様を守れなかった私の落ち度、彼女が出られないのなら私も出るわけにはいきません。
「え、それは困るよ」
「なら急いで。叔父様に伝えたら、東門の様子も彼女達に気が付かれない様に見てきてね。ラクだけが頼りよ」
「わ、分かった。任せておけ」
額にキスをして、ラクは風の様に走っていってしまいました。
狼の獣人だけあって、ラクは人の数倍の早さで走ることが出来るのです。そういうところも素敵です。
「あぁもう。それどころじゃないのに」
ラクに見とれている場合ではありません。
早く車寄せまで歩かなくては。並んでいる馬車は、一、二、三、四……十台はありそうですね。
「道のりは長いわね。でも、頑張らなくては」
こんなくだらないことが切っ掛けで、侯爵家同士の仲を拗らせたら末代までの恥です。
それにそんなことになったら、優しいフィオリーナ様は心を傷めるでしょう。
それだけは、なんとしても避けなければ。
「ダンス以外、ろくに運動なんてしたこと無いのが悔やまれるわ」
ヒールの高い靴で、石畳の上を歩くのがこんなに大変とは思いませんでした。歩くことを想定していない道は、私の今までの人生の様にデコボコしていて、細いヒールが歩く度にぐらつきます。
これは、このパーティーが無事に終わったら、体力作りにラクと散歩するところから始めないといけないかもしれませんね。
「フィオリーナ様待っていて下さいね、ドレスを綺麗出来る様、私頑張りますから」
歩きにくいドレスを見苦しくないように捌きながら、私は急ぎ足で歩き続けました。
需要があるか微妙ですがリサとラクのお話を、本編が終わったら番外編として書く予定です。




