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2(リサ視点)

「ちょっ、ちょっとまってジュリエンナ、どうしてあなたが乗ってくるの。それに今の悲鳴は何?」


 別の馬車でここまでやって来た筈のジュリエンナが、突然馬車に乗ってきたと思ったら、高笑いをしながら「正門まで急いで」と御者に指示を出すのを見て、理由は分からなくても不味い状況になっていると直感してしまったのです。

 ちっとも嬉しくないけれど、ジュリエンナに対しての悪い予感の的中率は十割です。

 伊達に従姉妹として側にいるわけではありません。悲しいけれど、多分今回もその予感は当たっていそうです。

 人生最初で最後、たった一度しかない社交界デビューの日だというのに。

 不運の下に生まれた自分を呪うしかない……ですね。


「だって同じ色よ、絶対にあの方が真似をしたのよ。許せないとは思わなくて?」

「ジュリエンナ、あなた何をしたの」


 恐る恐る聞いてみました。東門は下位貴族の馬車を乗り入れる門です。正門から馬車出入り会場近くにある車寄せまでいける上位貴族とは異なり、下位貴族は長い距離を歩かなくてはならない不便な場所に門があります。

 二人を置いてきたのは、長い距離を歩かせる為だったのかと頭が痛くなりましたか、この口振りだと他にも何かしたというの、いいえ、十中八九何かしてしまったのでしょうね。


「馬車を東門に戻してっ!」

「申し訳ありません。既に正門を通過し車寄せの順番待ちでごさいます。戻ることは出来かねます」


 私の慌てた声に、御者が返事をしました。

 馬車の窓から外を伺うと、前にも後ろにも馬車があり抜け出るのは難しそうです。車寄せにたどり着くまでにはかなりの時間が掛かることでしょう。

 それにしても、何をしたというのでしょう。

 憎たらしい事に、ジュリエンナはニコニコとご機嫌な様子で返事もしません。


「あなた、何をやったか知らないけれど。フィオリーナ様に何かしたらその分彼女のお兄様に嫌われるって事、あなたの頭の隅にあるんでしょうね」

「え」

「え、じゃなくてよ。フィオリーナ様は今日彼女のお兄様にエスコートされるとおっしゃってたのよ。私達と一緒に行くことになっていることをお兄様にお話しされているともおっしゃっていたわ。それなのに、馬車から私達しか降りてこなかったら変に思われるでしょうね」

「そ、そんな」


 やはりこのお馬鹿な従姉妹は、後の事を何も考えていなかったらしく、みるみる青ざめていくその顔に、私の頭痛は更に酷くなってきました。


「何をやったか話して、私が一緒に謝ってあげるから」


 どうして毎回毎回、同じ年の従姉妹の尻拭いを私がしないといけないのか。

 ため息をつきながら、叔父様と叔母様にどう説明したらいいのかと途方にくれるしかありません。


「ドレスにこのインクを」

「はぁっ! あ、ごめんなさい。大声を出して、今なんて? 私耳がおかしくなったのかしら」


 インク。インクって言ったのよね。

 まさか、フィオリーナ様のあの美しいドレスにインクをかけたというの? わ、私今すぐ気絶したい。


「だ、大丈夫よ。あの方浄化魔法が得意ですもの。インクの染みくらい直ぐに消してしまうわ。私は真似をしたことを反省させたくて」

「フィオリーナ様がお兄様にドレスを贈られたのは一ヶ月前よ。私はそれを見せて頂いたわ。あなたが汚したというあのドレスよ」

「そんな筈ないわっ」

「あなたは十日ほど前にやっとドレスが仕上がったのよね? 真似と言うならあなたの方じゃなくて?」


 デビューのドレスについて、皆毎日の様に話をしていたからよく覚えています。

 フィオリーナ様のドレスは私とラビニアしか見せて頂いていないから、ジュリエンナが誤解しても仕方ないとはいえ。


「でも、浄化魔法で」

「宮殿内も敷地内も、特定の方を除いて魔法の使用は禁止されているって事、貴族の家に育ったあなたなら当然知っているわよね」

「あ」


 こんな基本的な事をどうして忘れてしまえるのか、一体どんな育て方をしたらこんな風に育つのか、一度叔父様と叔母様に問い質したくなりました。

 侯爵家の令嬢という立場は同じ、けれどフィオリーナ様は頭が良くて優しく、穏やかな方です。どうせ従姉妹として生まれるなら、私はジュリエンナではなく、フィオリーナ様の従姉妹に生まれたかった。何度そう思ったでしょう。


「フィオリーナ様泣いていらっしゃるんじゃない? デビューのドレス、しかもお兄様が自らデザインを考えて贈ってくださった特別なドレスをあなたに汚されて」


 ジュリエンナはフィオリーナ様のお兄様に恋しているのです。それなのにどうして彼女を目の敵にするのか、学園の七不思議だわ。

 なんて、現実逃避してもしかたないわね。

 馬車から降りたらまず、フィオリーナ様のご家族を探さなくては。


「ドレスを汚されて、それが人目に触れたらフィオリーナ様とんだ醜聞ね。デビューと同時に学園を辞めて領地に引きこもらないといけなくなるんじゃないかしらね」

「そんな」

「あなたなら耐えられるの? 汚れたドレスで宮殿に来た恥知らずと言われるのよ」


 この国の貴族の娘にとってデビューのパーティーはとても大切な意味を持つということは、この困った従姉妹にも分かっているだろうに。どうしてこんなに短絡的なのでしょう。


「馬車は混んでいて進まないし、これではどんどん対応が遅くなってしまうわ」


 俯いて黙りこんでしまったジュリエンナは、私の言葉に肩をびくりと震わせました。

 気が強いから泣いたりはしないだろうけれど、その態度に苛々してしまいます。


「もうあなたには付き合いきれないわ。愛想が尽きるってこういう気分なのね」

「リサ。私達従姉妹でしょ。ずっと仲良くしてあげたのにそんな事言うの」


 思わず口をついて出た言葉に、ジュリエンナはすぐさま反論してきました。


「仲良くしてあげた、ね」


 その一言で、私の何かはプツリと音をたてて切れました。切れてしまいました。


「あなたはここで順番が来るのを待っていなさい」


 立ち上がり、馬車のドアを開けると慌てて御者が駆け寄ってきて手を添えてくれました。


「リサ?」

「私は様子を見てくるわ。あなたが動くと大騒ぎになるから」


 ずっと、ずうっと尻拭いさせられてきた。同じ年の従姉妹というだけで、それを仲良くしてあげた。そういう認識だったのね。

 確かにジュリエンナは侯爵家の、私は伯爵家の娘です。

 けれど、対等な立場だとずっと思ってきたのに。


「あなたの考えなしの行動で、どれだけの人に迷惑が掛かるか良く考える事ね」

「リサ」


 苛々するけど、側にいて防げなかったのは私の落ち度。

 少しでも早く、フィオリーナ様を助けなければ。

 ドレスを汚されて、あんな場所に置き去りにされるなんて。


「急ぎの用事が出来たから私はここから歩きます」

「お嬢様、でも」

「ジュリエンナが間違っても付いてこない様に、いいですね」

「か、畏まりました」


 御者が頷くのを確認し、私は急ぎ足で歩き始めました。

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