EP 4
「ヒモニートの全財産喪失と、容赦なきからし(和風)」
「さぁさぁ! 帝国のヒモニート兄ちゃん、張った張った! 泣いても笑ってもこれが最後の大勝負やで!」
ニャングルがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら煽る。
緋色の毛氈の上には、フェンリルが帝国の舎弟やパトロンの女たちから巻き上げた、分厚い札束と金貨の山が無造作に積まれていた。
「ギャハハ! 俺様が負けるわけねぇだろ! この全財産、全部『丁』だ!」
フェンリルは咥えていたマルボロを噛み潰すように笑い、テーブルに身を乗り出した。
対するデュアダロスは、上半身裸のまま汗一つかかず、極道の冷静さを完璧に保っていた。
(……チンピラが。地下ダンジョンで数百年、来る日も来る日も壁に向かってサイコロを振り続けたワシの『壺振り』に勝てると思うなよ……!)
カラカラカラカラッ……!
カァァァン!!
デュアダロスの手首が芸術的にスナップし、竹の壺が台に力強く叩きつけられる。
テント内の空気が、ピンと張り詰めた。
「……丁半駒揃いやす。勝負」
パッ。
壺が開かれる。現れた二つのサイコロの目は――『一』と『二』。
合計『三』。
「……『半』の勝ちやぁぁぁ!!」
ニャングルが歓喜の絶叫を上げ、フェンリルの全財産を熊手で一気に自陣(ポポロ屋側)へと掻き集めた。
「なっ……!?」
フェンリルのチャラい笑顔が、完全にフリーズした。
「ウ、ウソだろ!? 俺様の軍資金が……! 今月、女の家に帰る手土産代まで全部……!」
「へっ。素寒貧だな、兄ちゃん。おととい来やがれ」
デュアダロスが鼻で笑い、勝ち誇ったように見下ろした。
その瞬間。フェンリルの中で、負けず嫌いのバトルジャンキーの血が完全に沸騰した。
「……テメェら。俺様からむしり取って、タダで済むと思ってんのかァ!?」
ビキキキキキッ!!
フェンリルの足元から、急激な冷気が爆発した。
夏の熱気と男たちの汗に包まれていたテント内が、一瞬にして絶対零度の冬へと変貌する。彼の背後に、冷気から生成された巨大な『氷狼』が何頭も牙を剥いて顕現した。
「イカサマだろ! この村ごと氷漬けにして、金返してもらうぜェ!!」
「ひぃぃぃ! 客が暴れ出したで!!」
「用心棒! リアンはん、出番や!!」
ニャングルが悲鳴を上げ、リアンが厨房から『銃口剣』を抜こうとした。
しかし、それよりも早く動いた者がいた。
「あらあら~」
串カツ用のトレイを持ったルナが、トテトテとフェンリルの横に歩み寄ってきた。
その手には、おでんの時にも使われた『強烈な刺激を誇る、特製・和からし』が山盛りになった小鉢が握られている。
フェンリルが氷狼を放とうと、大きく息を吸い込んだ、まさにその時。
「お客様ぁ。当店で乱暴は困りますぅ☆」
ルナは満面の笑みを浮かべたまま、フェンリルの鼻の穴(狼の超敏感な急所)に向けて、山盛りの和からしをダイレクトにねじ込んだ。
「えいのえいのえいっ☆」
ズボォォォッ!!
「――ッ!?」
フェンリルは声にならない悲鳴を上げた。
「ガァァァァァァァッ!!? 目がああ! 鼻がああああ!!」
鼻腔の奥深くまで突き刺さる、致死量のカプサイシンとアリルイソチオシアネートの暴力。
犬科(狼)の数千倍とも言われる鋭い嗅覚に、和からしのツーンとした激痛が直撃したのだ。
絶対零度の魔力など、からしの発熱と激痛の前に一瞬で霧散した。
氷狼たちはパリンと砕け散り、フェンリルは涙と鼻水と涎を撒き散らしながら、テントの床をのたうち回った。
「痛ぇぇぇ! 辛ぇぇぇぇ! 俺の、俺の絶対零度がぁぁぁ!!」
「ふふっ。鼻が通ってスッキリしましたね☆」
ルナが空になった小鉢を持って、ニコリと微笑む。
(※天然のサイコパスである)
「……すげぇな、あのエルフ」
「ヤクザより、暗殺者より、あの姉ちゃんが一番おっかねぇ……」
周囲の兵士たちが、青ざめた顔でドン引きしている。
胴元のデュアダロスでさえ、背中の龍の刺青を縮み上がらせてガクガクと震えていた。
◇ ◇ ◇
数十分後。
「……くそっ……辛ぇ……」
ポポロ屋の裏手にある洗い場。
そこには、鼻を真っ赤に腫らし、涙目で皿を洗うフェンリルの姿があった。
すっからかんになった上、店で暴れたペナルティとして『強制労働』を命じられたのだ。
「おう、新入り。お前はグラスの方を洗え。洗い残しがあったら、ワシの次元斬りで指飛ばすぞ」
「うるせぇよ……。壺振りヤクザが……」
アルマーニスーツの上にピンクのエプロンを着た邪神と、タンクトップにゴム手袋をはめたヒモニート狼王。
世界を終わらせる力を持つ二柱が並んで皿洗いをするという、神話の歴史にも残らない情けない光景が、今夜のポポロ村の平和を象徴していた。




