第二章 マンドラ人参とルチアナ
「爆走! ニンジン・マンドラ収穫祭(物理)」
「リアン君~! 手伝ってぇ~!!」
ポポロ屋の2階、住居スペース。
洗面台で歯磨きをしていた俺の背中に、キャルルの切羽詰まった声が突き刺さった。
「あ? 何だ、こんな朝から……」
俺は口をゆすぎ、眠い目をこすりながら窓を開けた。
眼下に広がる、のどかなはずの村の畑。しかしそこでは、信じられない光景が繰り広げられていた。
「今日はポポロ村のニンジンマンドラ収穫祭なの! でも、今年のニンジンたちが……!」
『ギャアアアアアアアアアアアアッ!!』
鼓膜をつんざくような悲鳴。
畑の土煙の中から飛び出してきたのは、通常の三倍……いや、十倍の速度で疾走する『ニンジンマンドラ』たちだった。
しかも、全身に緑色のオーラを纏い、足(根っこ)の筋肉がボディビルダーのようにムキムキにパンプアップしている。
「なんだあれは。魔界の陸上選手か?」
「違うの! ルナちゃんが!」
視線を移すと、畑の隅でポンポンを持って応援しているエルフのルナと、必死にニンジンを追いかける赤い竜人、イグニスの姿があった。
「待てェェ! ゴラアアア!! 俺様の朝飯ィィィ!!」
イグニスが四つん這いになり、野生の本能全開で追いかけるが、ニンジンたちは残像を残すほどの『高速反復横跳び』で魔法のような回避を見せている。
「フレー☆ フレー☆ ニンジンさ~ん♡ 逃げ切ったら勝ちですよぉ~!」
「お前が元凶じゃねぇか!! ルナァ!!」
イグニスが走りながらブチ切れた。
「世界樹の杖でドーピングしやがって! ただの野菜が音速超えてるぞ!」
「え~? 収穫前にしっかり運動した方が、身が引き締まって美味しくなるかと思ってぇ♡」
ルナは悪びれもせず、キラキラした笑顔で国宝級の杖を振っている。
あの杖の加護を受けた植物は、問答無用でモンスター化するのだ。完全に忘れていた。
「やれやれ……。朝飯前の運動にしてはハードだな」
俺は深いため息をつき、パジャマから着替えるのも面倒なので、そのままで窓枠に足をかけた。
腰には愛用の『銃口剣』。
「イグニス! そのままだと村中走り回って被害が出る! ニンジンをこっち(広場)に誘導しろ!」
俺が叫ぶと、イグニスが凶悪にニヤリと笑った。
「へっ! 任せろおお! まとめてウェルダンにしてやるぜ! ――『大火炎』!!」
ドゴォォォォォン!!
イグニスの口から、紅蓮の火炎放射が放たれた。
それはニンジンたちの退路を断つ完璧な壁となるが――いかんせん、火力が強すぎる。
「ひゃああっ! む、村がああ! 燃えるううぅ!!」
キャルルが長い耳を押さえて絶叫する。
民家の屋根に火が移りそうだ。
「チッ、あのバカ竜……加減を知らんのか」
俺は窓から飛び降り、空中で銃口剣の撃鉄を起こした。
カシャッ。
刀身がスライドし、真紅の魔力が充填される。
「銃口剣――『スラッシュモード・起動』」
キィィィィィン……!
刀身が超高周波振動を起こし、摩擦熱で数千度の赤熱を帯びる。
俺は着地と同時に、炎に追われてパニックになり、一直線に向かってくるニンジンマンドラの群れ(約50匹)を見据え、低く構えた。
「調理開始だ」
俺は一息に踏み込んだ。
「必殺・『焦熱灼刃』!!」
ズバァァァァン!!
横一文字の閃光。
俺が通り過ぎた後、世界が一瞬静止した。
『ギャ……』
悲鳴が途切れる。
次の瞬間。
ジュワァァァァァ……!
ニンジンマンドラたちの胴体が、空中で鮮やかに両断された。
だが、野菜の汁は一滴も地に落ちない。
数千度の刃が、切断と同時に断面を瞬時に焼き固め(カウタライズ)、旨味と水分を内部に完全に封じ込めたのだ。
ボトボトボトッ。
地面に落ちたのは、香ばしい網目状の焼き目がついた『ニンジンステーキ』の山。
辺りに漂うのは、焦がしキャラメルのような甘く芳醇な香りだった。
「ふぅ……」
俺は刀身の熱を冷ましながら、カチャリと剣を納めた。
「す、すごい……一瞬で、全部下ごしらえが終わった……」
キャルルが呆然と呟く。
イグニスが消化活動(自分の足で慌てて火を踏み消す)を終えて、ゼェゼェと走ってきた。
「お、おいリアン! これ食っていいのか!?」
「ああ。ルナの魔法のおかげで糖度が限界まで上がってる上に、俺の剣で瞬間グリルしたからな。味は保証する」
イグニスとキャルルが、焼きあがったニンジンに恐る恐る手を伸ばし、口に入れた。
カリッ、ジュワッ。
「「あまーーーーーーい!!」」
二人の絶叫が朝のポポロ村に響き渡った。
「なんだこれ!? 砂糖菓子か!? 外はカリッとしてるのに、中がトロトロのスープみたいだぜ!」
「運動したおかげで身が限界まで締まってるのに、火の通りが完璧……! おいしぃぃ!」
「んふふ~♡ やっぱり私の魔法のおかげですねっ☆」
ルナが得意げに胸を張る。
俺はすかさず彼女の頭に、軽めのチョップを落とした。
「痛っ!?」
「結果オーライだが、次はやる前に言え。村が火の海になるところだったぞ」
俺が呆れて説教していると、足元から奇妙な声が聞こえた。
『い、痛たたた……』
見下ろすと、俺の剣で切り落とされたニンジンマンドラの「葉っぱ」の部分が、まだピクピクと動きながら、器用に口を動かして喋っていた。魔界野菜の生命力は異常だ。
『お、おい、そこの白い服の兄ちゃん……わては知っとるで。あんたのその剣術、ただの料理人やあらへん!』
「あ?」
『あんた……ルナミス帝国の裏社会を牛耳ってた、クライン家の死神やろ!? 帝都では今、あんたが消えたせいで大パニックになっとるでぇ! 残された狂犬みたいな弟が、勘違いして裏社会の連中を片っ端から焼き尽くしとるらしいわ!』
喋る葉っぱの言葉に、キャルルたちが「えっ?」と顔を見合わせる。
「……興味ないな」
ポイッ。
『アアアアーーーッ!?』
俺は無表情のまま、喋る葉っぱを掴んで、横にあった生ゴミ用のコンポストへ放り投げ、きっちりと蓋を閉めた。
「帝都の事なんて知ったことか。俺はただの定食屋だ」
「り、リアン君? 今の葉っぱ、何か物騒なこと言ってなかった?」
「気のせいだ。鮮度が良すぎて寝言を言ったんだろう」
俺はパンパンと手を払い、満面の笑みで振り返った。
「さて、これだけ大量の極上ニンジンがあるんだ。今日の朝飯は『濃厚ニンジンポタージュ』と『キャロットケーキ』の食べ放題だな」
「やったー!!」
「俺様、ケーキ10個食うぜ!」
「私もお腹ぺこぺこですぅ♡」
帝都の裏社会が血の海になっていることなど露知らず。
こうして、ポポロ村の騒がしい収穫祭は、極上の朝食と共に平和な幕を閉じたのだった。
(なお、イグニスのブレスで焦げた村の柵の修繕費は、今月の彼の給料から全額天引きされた)




