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第4話:秘密裏の出国と妨害の影

 渡航手配が完了する数時間前、悠人は研究室で、マナ電池の最終調整と並行して、私に一つの「実験」を求めた。


「綾音さん、この技術は、個人の生体エネルギーを固有のIDとして認識します。今から、あなたのマナパターンを、この試作機に登録します」


 悠人は、手のひらに乗る試作型マナ電池に手をかざし、私にもその電池に触れるよう促した。私が触れると、電池表面の配線が一瞬だけ微弱に発光した。


「これは、あなたの『生体マナID』を登録した印です。今後、この電池が最大の出力を発揮するには、私個人のマナIDと、あなたのマナIDの二つのキーが必要になります」


「二つのIDが揃わなければ、ただの高性能な充電器にしかならない、ということですか?」


 私が尋ねると、悠人は頷いた。


「ええ。言ってみれば、二要素認証ですね。そして、この認証を逆手にとって、私は日本に一つの『仕掛け』を残します」


 この実験で、私は悠人の技術が、現代のセキュリティシステムと同じ論理で構築されていることを確信した。そして、彼が仕掛けようとしている罠の壮大さに、期待と恐怖を感じた。




 私たちの計画は、時間との戦いだった。大沢教授は、悠人の「永久機関」に関する発言と、実験室での不審な行動を上層部に報告しているはずだ。私たちは、アカデミアと巨大権益が動き出す前に、最初の成果を、この日本の外に持ち出す必要があった。


「中央アフリカ連邦へのビザと、渡航手配を完了しました。現地の連絡先であるマコト・オザワ氏にも、緊急で接触しています。ただし、技術的な詳細については、一切伏せています」


 私は、研究室の片隅で、業務用ではない、極秘回線を使って報告した。


 悠人は、その報告を聞きながら、一つの疑問を私に投げかけた。


「綾音さん。現地での電源と、錬金土壌の展開に、既存の重機や大型のプラントは必要ありません。必要なのは、この『コア』だけです」


 彼が取り出したのは、試作型デバイスの何倍も複雑な構造を持つ、手のひらサイズの結晶体だった。異世界の高位錬金術で生成されたと思われる、光を吸い込むような濃密な透明なコアだ。


「マナ・リアクターの核となる装置です。小型ですが、これ一つで小国一つ分の電力を賄えます。そして、これを使って、砂漠の砂を一瞬で肥沃な土壌に変換する錬金術のシステムを起動します」


「そんなものが、リュックサック一つで運べる…?」


 彼の技術の小型化と効率化は、現代科学の理解を完全に超えていた。私たちが運ぶのは、文字通り「未来の文明」の種だった。





 渡航予定日の前夜。私は、大学近くのマンションで、最後の準備をしていた。悠人は、既に研究室でコアの最終調整に入っている。


 不意に、部屋のインターホンが鳴った。モニター越しに見えたのは、外見は紳士的だが、威圧的な雰囲気を纏った中年男性だった。


「冴木綾音さんで間違いありませんね。国際エネルギー安全保障機構(IESSA)の者です。少々、あなた方の研究について、お話を伺いたい」


 IESSA――それは、国際的な核エネルギーの安全管理を担う機関だが、実質的には核保有国や石油メジャーの利益を守るための組織だという噂もあった。彼らが、私たちのような大学の若手研究者に接触するなど、異常事態だ。


「何の用でしょうか。私たちがIESSAに報告すべきことはありません」


「そうおっしゃらず。我々は、あなた方の研究室から『極めて危険な熱力学上の矛盾技術』が流出しかねないという報告を受けています。特に、真波悠人氏の特許出願動向は、看過できません」


 大沢教授の報告が、既に国際的な機関へと届いている。彼らは、私たちが出国する前に、マナ技術の独占、あるいは凍結を狙っているのだ。


「私たちが進めているのは、環境改善のための研究です」


「それが本当に環境のためになるのか、我々が判断する必要があります。あなた方は全ての研究資料を提出し、真波悠人氏には直ちに出国を停止するよう要請します」


 彼らの言葉は、丁寧でありながら、拒否権がないことを示唆していた。私は、悠人に警告しなければならないと強く感じた。

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