記憶の中の旅日記「精霊の囁きが聴こえる」
国宝・姫路城の北西にある霊峰・書写山は、四季の花々や鳥類、昆虫類の豊富な自然の宝庫らしい。
この山には自然界の精霊が棲んでいるのだという。
その山全体を庭園にする円教寺は、966年、性空上人によって開かれた天台の古刹で、西の比叡山とも呼ばれてた。
ロープウェイを降りると、そこは確かに深山幽谷の世界だった。
まさに「何か」を心の奥底が感じ取ってしまうのだ。
参道を登りきると、京都の清水寺に似た摩尼殿、重要文化財の大講堂、食堂などが続き一見の価値があった。
また、この寺は随分昔の映画「ラスト・サムライ」のロケ地としても有名。
トム・クルーズと渡辺謙が心を通わせ、武士道に共感するシーンなどはここで撮影された。
平日の昼間、清閑な参道をゆっくり散策していると、大樹や大気に宿る不思議なその「何か」に触れている気がした。
さて、なぜこの地がロケ地になったのか。
「ラスト・サムライ」のエドワード・ズウィック監督は、滅びゆく武士道をテーマにした映画のロケ地を時間をかけて探していた。
紹介を受けこの地に降り立った監督は、畏敬の念を持ち、即座にロケ地にすることを決めた。
撮影に訪れたクルーズも何度も「ビューティフル」とつぶやいたらしい。
役作りに没頭していたクルーズもこの山のもつ「何か」が、武士道のテーマにも通じると確信し、その「何か」と共鳴することができたのだろうか。
映画が公開されると参拝客も急増。
若い女性のグループも目立ったらしい。
「映画ロケ地提供」という試みは上々の効果があったようだ。しかし不思議なことに、この山にはそのラストサムライもトムクルーズも痕跡ひとつ残ってない。
当たり前ではあるが観光地ではないからなのだ。
ロープウェイのガイドにそのことを尋ねた。
「せっかくの宣伝効果、もったいないよ」
「うーん、そうですねぇ。ロープウェイにも乗ったんですよ。ちょうどそこに座ってましたよ」
笑いながらこちらを指さされ、思わず腰を浮かせてしまった。
夜、姫路城の見えるレストランで夕食をとった。
「何か」に触発されたのか、ライトアップされた姫路城、まさしく白鷺のように飛び発とうとしている気がした。
(兵庫・姫路、陽春)