記憶の中の旅日記「人懐っこさは天下一」
「アメちゃん食べるぅ?おいしいよぉ!」
隣のベンチにいた小さな女の子が、そっとその小さな手を差し出した。
大阪から和歌山に向かう途中にある岸和田市。
岸和田城は今がサクラの真っ盛りだった。
週末の昼下がり、お堀一帯は花見客の団欒でごった返している。
唯一残っていた細長いベンチの片隅に座り、この町の名物・だんじり祭りのパンフレットに目を通していた。
祭りの始まりは江戸時代の初期。
このあたりは和泉国といったのだが、関ケ原後着任した城主岡部行隆は粋な大名だったようだ。
地元の民衆といかに融和するか。
封建社会の中にあって、彼は画期的な試みをした。
京都伏見稲荷の分社を願い出、城内に神社を作った。そして稲荷詣でを願った民衆に応え、年に一度城内を開放したのだ。
民衆は大喜び。
毎年指定されたその日は、太鼓を乗せた荷車を街中引きまわしながら、参拝をにぎやかに喜こんだ。
これがだんじり祭りの始まり。
戦後は荷車も大がかりになり引き回し方も荒っぽくなってきたらしい。
そよ風が吹き空を見上げると、サクラが舞うように城全体を埋め尽くした。
ベンチでは老婆ふたりのたわいもない話がとりとめもなく続いていた。
どうもそれぞれの病気自慢らしい。
「あんじょう付き合うていかなあかんなぁ・・・」
ナニワのオバチャン独特のジョークを交え大きな声で語りあっていた。
孫のお守りを任されたのか、横に可愛い女の子がちょこんと腰掛け、退屈そうに、買い与えられたオモチャをいじっている。
視線を向けると、ときどき目が合った。
ほほえみかけると視線をそらしはにかむ。
そんなジャレ合いを何度か繰り返しながら桜見物を楽しんでいた。
時計を見やり、パンフレットをバックにしまう。
すると、その可愛いアイコンタクトだけのガールフレンドは、慌ててすくっと立ち上がり、ピョコピョコと近づいてくると、ポケットからサクラ色の小さな手を差し出し、消え入るような声でつぶやいた。
「アメちゃん食べるぅ?おいしいよぉ!」
その仕草に老婆ふたりも振り向きながら近づき微笑んだ。
躊躇していると、「どうぞ、おいしいよ」 と、老婆はなぞるように繰り返し女の子の頭をなでた。
女の子はニコッと笑い、もう一度サクラ色の小さな手を差し出した。
「はい、アメちゃん・・・・」
(大阪・岸和田、盛春)