恋せぬ帝
そして、四十九日が明けて、吉日の日。先に参内してきたのは源氏の君だった。
「陛下、左大臣家がひどいのです。聞いて下され。俺はまだ夕霧に会わせてもらっていないのです」
新帝は驚いた。一条と朧月夜は自業自得と思い、彩子は少し同情的に見ていた。
そこに左大臣と頭の中将が参内した。
「陛下、御心を悩ませ申し上げたこと、お許し下さい」
「我は良いが、源氏の君に夕霧を会わせていないとか」
「はい。聞こし召されれば、当然と思われましょう。三十日過ぎぐらいから、変な動きをして、二条東院と使いをやり取りしていましたが、忌明けすぐに、相手が誰かはハッキリしませぬが、二条東院の誰かと結婚をしたようです」
「ええっ!?」
新帝は絶句した。葵の上、ご薨去とあっては、六条御息所か、朧月夜と源氏の君は結婚すると思っていたからである。
源氏の君にさらに追い打ちをかけることが起こった。
朝顔の姫宮が手紙を持って、やって来たのである。
「おお、恥知らずがおる。この下郎は、妻の忌中に私に恋文を送って来たのじゃ。よいか、一度しか言わぬから、よく聞け。私がどんなに落ちぶれても、お前のような下郎の世話にはならぬ。二度と手紙など送ってくるな!!」
御座所が混乱する中、本院『桐壺帝』と門院『藤壺の宮』が、苦しげにやって来た。
「何じゃ、騒がしい。争い事は嫌じゃ。余に初孫を見せてくれ」
父帝の衰弱ぶりがひどいので、皆、しゅんとしてしまった。
大宮が夕霧を連れてきた。父帝、新帝、源氏の君の順に夕霧を抱いた。訳もなく、三人は涙を流した。藤壺の宮、朝顔の姫宮、彩子、一条、そして母后と源氏女御も夕霧を抱き、泣きつ、笑いつしていた。
一時休戦していた。
結局、源氏の君と左大臣家の対立が完全に解決した訳ではなかったので、源氏の君は夕霧が父帝と新帝と対面する時だけ会うことが出来た。
その中で、気の毒な方がいらっしゃった。
六条御息所である。
その年の晩秋、六条御息所が新帝に願いを奏上した。
御息所の姫宮を伊勢の斎宮とし、二人で伊勢に下向すると言うのである。
当時の人にとって、都を離れることは大きい苦痛とされていた。伊勢は神聖かつ豊かなところで、そこまで悲惨とは見られていなかったが、それでも御息所ほどの人が下向と言うことに、新帝の心は痛んだ。
六条御息所は喪服ではないが、濃い紺色の地味な着物で参内した。そして、新しい斎宮になられる姫宮も参内した。母御息所と同じ地味な着物だった。
その姿を見た新帝の顔色は変わった。
御息所は、その美しさや賢さを皆にたたえられる派手で、妖艶な美女だった。確かに、今も美しかった。
しかし、姫宮はおっとりした、優しげな、可憐な少女であった。
新帝にとっては初めてのことだったが、いわゆる一目惚れをしたのである。
六条御息所が奏上した。
「陛下、お久しうございます。この度は、伊勢下向の決心を固め、御挨拶にうかがいました」
「う、うむ・・・今、拝見すると姫宮もまだお若い。伊勢下向は、ちと酷では?」
「確かにそうではございますが・・・陛下は英明で慈悲深い故、仰せになりませぬが、世間が私をどう申しているか、ご存知でしょう。私は生きながら、妖怪にされてしまいました」
「そのようなことを申すのは愚かな下郎だけじゃ」
「いいえ、陛下に申し上げるのも変かもしれませぬが、源氏と君は私のことを気味悪がって、寄りつかなくなりました。他にも、そういう者が多いのです」
「・・・」
新帝は言葉を失った。
葵の上は本当に死んでしまい、六条御息所は社会的生命を絶たれた。
かつて、一条の申した「源氏の君は女子『おなご』の運気を奪う男」と言うのは、誠であった。
結局、吉日を選んで、姫宮を斎宮とし、二人は伊勢に下向することになった。
その夜は新帝一家は六条御息所と斎宮と夕食を取ることにした。
その日はおみそ汁の他に、松茸『この時代は貴重品ではなかった』、しいたけ、しめじなどキノコ類をあつものに入れて煮込んだものと、鱒を焼いたものが出た。
六条御息所が一条や彩子と双六や弾棋をやっている時、新帝は新斎宮に話しかけられた。
「陛下・・・」
「姫宮・・・」
「陛下は、おたあさんが生霊になったと言う噂をご存知でございますか?」
「一応、知っておりますが、そんなことは迷信。御仏の教えでは、人は亡くなったら、すぐ仏になり、お浄土に参る。まして、生きているうちに生霊などになれましょうや」
新帝は半分冗談、半分真面目に仰せになった。
「本当に生きたまま怨霊になれるなら、我は何度、源氏の君を呪い殺しておりましょうや」
新斎宮は涙ぐみつつ、クスリと笑った。
「私、源氏の君、嫌いです。娘の私が申すのも変ですが、母はお嬢さま育ちで、世間知らずのところがあるのを、源氏の君はもて遊んだのです」
新帝は新斎宮を聡明だと思った。
「私、おたあさんと源氏の君のことを拝見していて、色恋沙汰が嫌になりました。また、人はみば『外見』ではないと分かりました」
そう仰せになって、新斎宮は新帝を意味深長に拝見した。
しかし、神に仕える二人の関係はあってはならないことだった。
そして、二人は古代なる人『古風な人』で、源氏の君のように、禁忌をこえてしまうことは、決してなかった。
そして、しばらく後の吉日、六条御息所と新斎宮は伊勢に下向することになった。
最後の儀式で、新帝は斎宮の髪にくしをさす。
くしをさされた斎宮は帝の方を決して振り向いてはならないと言う掟があった。
帝も斎宮の方は振り返ってはならなかった。
当日、新帝は祖父の遺品から、蒔絵の調度を斎宮に贈った。
斎宮はお礼を奏上した。
そして、帝は斎宮の背後から、御髪『みぐし』に神聖なくしをさした。
そして、帝は後ろを向き、二人は背を向けて、それぞれ広間を去ろうとした。
「泣いておられる」新帝は斎宮の気配を察した。新帝も涙ぐんだ。
しかし、二人は決して互いを振り返らなかった。
平日もなるべく、一話だけでも投稿することにしました。明日も多分、更新出来ると思います。よろしくお願いします。




