天津日嗣『あまつひつぎ』
六条御息所と新斎宮は伊勢に下向するに当たり、本院『桐壺帝』と門院『藤壺の宮のこと』にも挨拶したいと申されたが、「不例」『貴人の病臥のこと』と断られた。
生霊と言う迷信を信じているのか?と新帝は思し召されたが、門院によると車争いの事件のころから、本当に弱っているとのことだった。
あまり、仲の良い父と息子でなかったが、新帝は震旦から輸入した薬を持参して、時折、御見舞に上がった。
そんな日々の夜、彩子は新帝の耳もとに囁いた。
「父院さまの特効薬がございます」
「金液丹か?」
「違います」
彩子は耳もとで囁いた。
「陛下の天津日嗣『後継ぎの皇子』をおあげになることです」
新帝は驚いて、体をのけぞらせた。
「!!・・・そんな・・・我はみこを持つつもりはない。東宮が即位するまでのつなぎが我の役目」
「いいえ、皇孫を増やすことは何よりの務めです。私にお任せ下さいまし!!」
「我は幼い時より薬を服用し、正常なみこは産まれぬと思う。やめてたもれ」
「いいえ、大丈夫です」
彩子がどんなわざを使ったかは、畏れがあるので、ここには書けない。
しかし、正月ごろには彩子は医師『くすし』に「御懐妊」と告げられた。
葵のこともあるものの、朝廷の官人たちからは、祝いの品が届けられた。
そして、父帝も病身をおして、やって来た。そして、「無礼をしても良いか?」とことわると、彩子の腹に手を当てた。
門院と母后も、笑みくずれた。都の町衆も活気づいた。
そして、彩子は不思議とつわりもあまりひどくなく、神事はちょっと控えていたが、公務は産み月が近くなっても、せっせとやっていた。
そして、本当に産み月になると、御所の近くの産所に移った。一条も付き添った。女房、女官は白い着物に着替えるのだった。
そして、運命の時が近づいた。
彩子は葵の上と違って、難産ではなく、赤子を無事に出産した。
「・・・男の子『おのこ』か?」
「・・・ええ、天津日嗣にございます!!」
一条も興奮していた。彩子は感涙ではなく、笑い出した。
「アハハ、やった!!やったー!!」
知らせはすぐに御所に届けられた。
新帝の方が、緊張で具合が悪くなっていた。
一条と彩子の留守は、母后と箱崎が守っていた。
髭黒の足音が聞こえた。力強い足音だった。新帝と母后と箱崎は吉報を予感した。
「陛下、太后さま、おめでとうございます。天津日嗣がお生まれになられました」
新帝は不安げに尋ねた。
「彩子は?」
「すこぶる元気で、高笑いしております」
それを聞いた母后と箱崎も手をとりあって、笑った。
新帝は泣き崩れた。
彩子は五日ぐらいで、御所に戻って来た。新帝は若宮を抱いてみた。髭黒と一条が、新帝の玉体を支えた。
源氏女御も、若宮の顔をのぞきこみ、「みーかーどー」と言った。
我と彩子の皇子じゃ。へちゃかも知れぬが、健康であればそれで良い。
当時は高貴な人の赤子には乳母『めのと』がつくのだったが、彩子は時々、自分の母乳を与えていた。
新帝の御所には珍しいことだったが、門院『藤壺の宮』が震旦から渡来の莫大な贈り物を持って、おみえになられた。
門院も若宮を抱いてみられた。
「おお、可愛い、健やかな若宮じゃ」
門院は少し複雑な表情を見せた。
「一日でも早く、本院さまにお目通りを」
手遅れにならぬうちに、と言う意味がふくませてあった。
「ならば、もう今すぐ・・・」
新帝一門は、本院を訪ねた。
桐壺帝は苦しげに臥せっていたが、若宮を抱いた髭黒を見ると顔を輝かせた。「みこ、みこ」と仰せになっているようにも見えたが、ハッキリとは聞き取れなかった。
母后は気丈な女だったが、桐壺帝の最初の夫人として最も長くつきあってきた相手であり、何も言わずに足もとに座り込み、泣いた。
髭黒が若宮の手を桐壺帝にふれさせた。桐壺帝は若宮の手を握って、ほろほろと泣いた。
門院、一条、彩子も泣いた。源氏女御は不思議そうに様子を眺めていらした。
院の体のことを慮って、一同は門院の広間に退出した。
「お薬は差し上げているのですか?」
「ええ、効き目のありそうなことは、全て手を尽くしております」
新帝は苦慮した。
「老いらく」からは、父帝もついに逃れられなかった。
一同が門院の御座所から、新帝の御座所に戻った時、彩子が奏上した。
「陛下、父院さまのこと、気落ちなさることはありませぬ。何しろ、陛下は最高の親孝行をなさったのですから」
「そうじゃ、そうじゃ」
意外と同調したのは母后だった。
「さっきは、わらわも院の哀れっぽい姿を見て、ちょっと泣いてしまったが、若い時から好き勝手、横暴にやって来た年貢のおさめ時が来たのじゃ」
彩子と母后はからくだものを口に運び、ホホと笑っていた。一条も憮然としていたが、特段、異を唱えたりはしなかった。
新帝は父帝の姿を見て、「死」について真剣に考え始めた。
また、「女子は分からぬ」とも、同時に考えた。
しかし、思索にふける間もなく、次々と慶祝の来客があった。
右大臣は左大臣の一つ下の位だが、若宮の曽祖父であり、第一に迎えられた。
「若宮さま、ひいおじじですぞ」
宮中の人は右大臣を轟運の男と噂していた。
次に左大臣と頭の中将が参内した。
「祝着至極に存じます」と殊勝げに言っていたが、やはり葵の上に比べて、元気に健在な彩子を見て、さみしげな気配を見せた。
その次が、源氏の君だった。見栄っ張りらしく、震旦の品を多く、お祝いに献上して来た。
「兄上はよろしうございますな。いつでも、若宮に会えて」
まだ、源氏の君と左大臣家の冷戦は続いているようだった。
その他、朝顔の姫宮、桃園式部卿宮、朧月夜、朝廷の高官たちと来客は続いた。
そして、皆、祝いの後、父帝を見舞って、帰るのだった。
皆、一つの御代の終わりを予感していた。
そして、若宮誕生の2カ月後、父帝がいよいよいけないと門院から使いが来た。
新帝は父帝の御座所に駆けつけた。父帝の御髪『みぐし』は白くなっていた。
父帝は新帝の顔を見ると、最後の力をふりしぼった。
藤壺の宮、東宮『十の皇子』、源氏の君を指で示すと、新帝に向かい、手をあわせた。その頬には涙が伝っていた。新帝は、その手を握り、何度もうなずいた。
新帝が御座所を出て、涙がこぼれぬように、上を向いた時、「あなた!!」「おもうさん!!」「親父!!」と言う泣き声が聞こえた。
その時、父帝の意識はなくなり、数日後、御崩御あそばした。十一月ごろだった。
古『いにしえ』の帝のようなみささぎ『古墳のもと』を作るのではなく、桐壺帝は火葬された。
都の人々も、少しの間は沈鬱していたが、新帝が庶民は特別、喪に服す必要なしと勅を出されたので、初七日が終わった頃から、馬鹿騒ぎはないが、市に活気も戻ってきた。
ただ、新帝たちは、新年を迎える日も、四十九日の内にあったので、喪に服していた。『帝の親が崩御した年を諒闇『りょうあん』の年と言う』
しかし、皇室と婚姻関係のない中級、下級の公家には、静かに暮せば良いと、お達しがあった。
新帝一家・皇室のものは四十九日は喪服を着て、過ごしていた。しかし、忌が明けると、公務と神事を再開した。特に重要なものから。
こんにちは。今日も更新しました。明日、明後日は未定ですが、金曜日、建国記念の日からの三連休は最低一話は『トラブルとかなければ』更新したいと思っていますので、よろしくお願いします。いつも、ありがとうございます。




