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後日談

後編の続きのエマ視点です。

 リアン様は私との約束を守り、時折高熱がぶり返しハラハラしたものの、少しずつ快復していった。もちろんトーマス先生とジュード先生のご尽力あればこそ。感謝してもしたりない。

 お休み中のリアン様の傍らに座って、その怜悧なお顔を眺めていると、幼い頃、私の髪に庭のバラの蔓が絡まったのを必死に取ってくださったり、遠い地方の珍しい人形をお土産にくださったりしたことなど、色々と思い出された。


 そして最近上手く回っている私と父の小さな生活も、探せば探すだけチラホラとリアン様の影が見てとれた。


 昔から尊敬していて、今、その()()()()にあらためて感銘を受けている。

 その人の弱った姿を見て、助けたいと思う気持ちは同情だろうか?


 リアン様が私を愛していると思うとたまらなく嬉しい。そしてこれより先もずっとそうであってくれたらと、最近は信じてもいなかった神に祈る。


 もう、これは、恋でいいと思う。

 リアン様の何もかもが愛しい。




 ◇◇◇




 リアン様が回復の兆しを見せて三か月、ようやくベッドで起き上がれるようになったところで、私は一世一代の告白をした。


 ロバートもシャーロットも私の背中を押してくれた。なのに、

「「はああああ?」」

 と声を揃えて聞き返された!どうして?

 ジュード先生はクルリと背中をこちらに向けて、肩を震わせている。何故笑う⁉︎


 リアン様も両目頭をつまんで、


「エマ……おかしな言葉が聞こえた。ちょっと私に十秒くれ…………」


 いけない!リアン様にいつもの理性が戻ってしまう!隙をつけば、お側にいる許しをもらえるかと思ったのに……ああ。切れ者侯爵様のお顔に戻った!


「……エマ、まず私のそばにいたいと言ってくれてありがとう。大変光栄だ。両親の死に臆してなんの行動も取れなかった私に比べ、なんと勇気のあることか!しかしなぜ、現状私は独り身だというのに、()という選択が出てくるのだ?」


「わ、私はもはや平民同様です。身分が違いすぎます。それに先程言いましたように歳も取っていますし、キズモノですし……」

 貴族と平民の恋愛は、平民が妾になって落ち着くのが相場。


「君は伯爵令嬢で、その肩書を背負うだけの教養とマナーと矜持を持っている!キズモノ?そのキズをつけたのは私の愚弟に他ならない。君がキズモノと言い張るのなら私は一生額を床につけて謝ろう。そして歳?それを言うなら私も二十八歳と盛大に行き遅れている」


 男にも適齢期なんてものはあるにはあるが、女ほど深刻ではない、そもそも侯爵であるリアン様は幾つであろうと引くてあまたと決まっている。


「で、ですが、私は昔、あなたの弟が捨てた女です。そんな女が表に出ると、侯爵家の醜聞につながります!」


「私が弟の犯した失敗の責任を取って君を娶ったと言われることがイヤだということ?ならば私は、至るところでエマに愛を囁こう。君と私の間には、弟の事情など何も関係ないと国中にわからせてやる」


「おお〜!リアン言うねえ〜!」

 ジュード先生が喜色満面でパチパチパチと拍手する。私は思わずキッと睨みつける!この三か月でジュード先生ともすっかり打ち解けた。


「でも、リアン様は静かな生活を大切にしていらっしゃる……」


「もちろん騒がしいのは嫌いだ。しかし売られた喧嘩はこれまでもこれからも買う。私はそうして生きてきた。すぐに力ずくで静かにさせるよ」


 完全に言い負かされた。そもそも勝てる相手ではない。

 でもどうしても、不安が拭えない。下唇を噛む。

 本当に私は、ただそばにいられるのであれば、どんな肩書でも構わないのに……。


「エマ、私も男だ。少しはカッコつけさせてくれ。ロバート!」


 リアン様はロバートを呼び寄せ、彼の肩に腕を回し、足を床についた。


「まだ、起き上がられてはなりません!」


 私の静止も聞かず、そのままリアン様はベッドを降りた。ジュード先生を見ても、先生は肩をすくめてみせるだけ。

 そうしているうちに、リアン様はゆっくりと私の足元に跪き、顔を上げ、私の左手を取った。

 思わず息を呑む。


「エマ、幼い君に何度となく救われた。そして美しい乙女となった君に立場も弁えず恋をした。今、このように自分で立つこともできない不甲斐なさであるが……君は私の光なんだ。君の笑顔をそばで見ていたい。エマ・リュエット伯爵令嬢、愛している。私と結婚し、生涯唯一の()になってほしい」


 妻になること、それによって引き起こされる難題を想像すると、正解がどちらかなんてわからなくなる。


 でも、愛する人、それも重病人にここまでされて、頷かない女がいるだろうか?


 私はそっとしゃがみ込み、膝をつくリアン様と視線を同じにした。

「はい……」

 声が震えてしまう。私は一度目の婚約ではついぞ聞くことが出来なかったプロポーズを、今、受けたのだ。


「よかった……」

 そっとリアン様のまだ力の入らない腕が私を包んだ。


 シャーロットが声を上げて泣き出した。リアン様の腕の中から覗くと、ロバートも、リアン様の唯一の友人と言ってもいいジュード先生もウンウンと頷きながら、目を潤ませている。


 私は三人の応援に感謝して、リアン様の背中に手を回して、ギュッと抱きしめて、


「で、でも、何事もなく済むとは思えません。私は知識が足りずこれからやってくるだろう攻撃に、どう対処するべきかわかりません。リアン様が迎え撃ってくれなければ」

 胸から顔を上げて、リアン様の水色の瞳を見つめた。


「ふふ、わかった。一日も早く元気になって、我々にケチをつけるものどもを蹴散らすよ」


 ああ、よかった。すっかり生きることに前向きになってくれた。視界の端でジュード先生がニヤリと笑って親指を立てている。


「私も、微力ですがお手伝いならできます!」

 つい、張り切ってそう言った。


「……ありがとう。そうか……もう一人では……ないのだな」


 リアン様は私の額にそっと、誓いのようなキスをした。



 翌日、


「悠長に快復を待っていたら、お互いまた慎重になってしまうでしょうがっ!」

 と言いながら、ロバートが、昔、ミサでお見かけした、侯爵領のお髭が立派な僧侶を連れてきた。


 ロバートとシャーロット、ジュード先生、そしてトーマス先生と先生が連れてきてくれた父の立ち合いのもと、私と病床のリアン様は夫婦になった。


 デミアンとナタリーの式のような華やかさなどなかったけれど、寝室中、庭師のナックが育ててくれたどこか見慣れた、優しさの込められた花々で埋め尽くされた。







 ◇◇◇




 私たちの結婚はあれこれ社交界を賑わせたようだけれど、私の耳に直接入ることはなかった。


 デミアンとナタリーは国の端っこの領地に、複数のお目付役とともに送られて、管理者ではなくただの雇われ人として、ミドル地方で作った負債を細々と返済しながら働いているらしい。


 リアン様は兄として年に数回様子を見に行っていらっしゃるが、

『今のデミアンを見たら君は悲しむだろうから』

 と、私には二度と会わせるつもりがないとのこと。そこまですさんでいるのだろうか?と少し憂鬱になる。

 しかし、そうおっしゃるリアン様のほうがよほど悲しげで、思わずぎゅっと抱きついてしまう。私だけはずっと心も体もそばにいると伝わるように。


 父は、私たちのかつてのリュエット領に似た緑豊かな侯爵領の領地の一つで、穏やかな晩年を過ごさせてもらった。私が一人取り残される心配がなくなり、ホッとした顔で母の元に逝った。


 リアン様は病気快復以降もますます精力的に仕事をこなす。ただ、私がシャーロットのアドバイスで、

『夜はできるだけ二人の静かな時間を持ちたいです』


 とお願いすると、リアン様は目を丸くして、すぐに赤く染まる色白のお顔を両手で隠し……仕事を少しずつ信頼できる部下の皆様に任せるようになった。


 私は昔、シャーロットに叩き込まれた技量で侯爵領の内向きを取り仕切り、社交にも、リアン様と堂々と出席する。必要最低限ではあるが。








「エマ、紫色のドレスだと()()()の女王のようだ」


 黒のスーツ姿のリアン様は私を抱きしめ頰を合わせ、臆面なく私を褒める。全く抵抗がないらしい。照れ臭くて『お世辞は結構です!』と言うと、不思議そうに『真実だけど?』と言われ、ますます悶える羽目になる。


「……もう。ただ、リアン様のチーフの色に合わせただけですわっ!」


 チーフとドレスの紫。白髪のリアン様とシルバーブロンドの私。透き通った水色の瞳の夫と、それより少しだけ濃い碧眼の妻。


「ちちうえとははうえ、ぜーんぶおそろいで、いいなあ!」


 子どもたちは皆、リアン様から受け継いだ、クルクルと癖のある漆黒の髪。


「リズ、知ってるか?父上ははじめは僕らと同じ黒い髪だったけれど、母上が大好きすぎて白に変身したんだよ!」


 子どもとは、面白いことを思いつく。思わず目尻が下がって、

「まあ、そうなのですか?」

 リアン様を下から覗き込む。


 リアン様の顔は見る見る赤くなり、右手で口元を覆う。

「参ったな……ああ、その通りだ。……子どもは偉大だね。私のしまい込んでいたコンプレックスが今、キレイさっぱり消えたよ」


 二人でしゃがみ込み、子どもたちを抱きしめる。

「必ず今夜、お前たちのもとに帰ってくる。何も心配しなくていい。約束だ」

「「はい!ちちうえ!」」


 リアン様は子どもたちに、自分のような寂しい想いをさせぬよう、必死に努力している。日々約束し、それを守る。それを積み重ねる。


「じゃあ私は、何かお菓子をおみやげに買ってきて、眠っているあなたたちにお父上と一緒にただいまのキスをすると約束するわ」

「「ははうえ!ありがとう!」」


 ロバートと手を繋いだ子どもたちに見送られて二人で馬車に乗り込む。今日は国王主催のパーティー。互いに真剣に段取りを打ち合わせする。


「今日は……ジルベルド侯爵が来る。先日議会で打ち負かしたから、きっと攻撃してくるぞ?大丈夫?」


「大丈夫に決まっています。だって私は……一人じゃないもの」


 あの若い頃味わった孤独と無力感を思えば、大抵のことは耐えられる。


「そうだね。私たちはもう、一人じゃない」


 リアン様が私の肩を抱き、引き寄せ、私の頭に頰をのせる。温もりが伝わってくる。


 あのとき、本当に死を覚悟していたとジュード先生がのちにおっしゃっていた。

 リアン様が生き抜いて、私に求婚してくれて、今がある。奇跡のようだ。


 いえ、奇跡ではないわ。

 今ある穏やかな毎日は、リアン様の私への、出会ったその時から続く思いやりが積み重なった結果に他ならない。


 私は感謝と愛を日々自然に言葉にする。どん底を知っているからこそ、今のこの日々がただただ愛しい。


「リアン様?今日は伝えたかしら?私、世界一幸せです」

 リアン様に寄りかかり、体も心も預ける。


「残念だけど、私の方が幸せだよ。かわいい君の……そして私の子どもたちに囲まれて、花のような君が隣にいる未来など、夢にも見たことはない」


 リアン様は口紅が落ちぬように、私の口の端にキスを落とした。


 顔が離れたときに見せた、リアン様の笑顔。私にだけ見せてくれる優しい微笑みに、私はまた何度目かの恋に落ちた。思わずぼうっとなる。すると急にリアン様の表情が険しくなった。


「毎日君に微笑みかけられて、天にも上る気持ちだが……、そんな艶っぽい表情は外ではしちゃいけない。何度言えばわかるのかな?私の奥さんは」


 先ほどとうってかわり、唇を食べられるようなキスをされる。それは御者に到着のノックをされるまで続いて……


「り……リアン様……あああっ!口紅が、リアン様に全部うつってますっ!」

「別にいいよ。君が私のもので、私が君のものってことが、皆わかるだろう?」


 リアン様は、右の口角だけ上げた。


 私への想いを秘する必要がなくなった今、リアン様は独占欲を剥き出しにする。

 以前私を欲する物好きなどリアン様くらいだと言うと、二人きりでじっくりと()()を受けた。


 優しい微笑みだけでなく、ニヒルに笑う悪いリアン様もかっこいい……と思った私も、結局年甲斐もなく未だ恋煩い中のようで……我ながら初々しいカップルだと思う。


 リアン様は私の紫のポーチから口紅を取り出して、私の唇に筆で楽しげに塗った。


「エマ、綺麗だ。決して私から離れちゃダメだよ?」


 私も慌ててハンカチでリアン様の口元をぬぐい、


「リアン様こそ、私から離れないでくださいませ!」

「拭かなくていいのに」

「ダメです!さあ、敵陣に乗り込みましょう!」


「敵陣に乗り込む……そうか、母上も父上と一緒に戦っておられたのだな、男だから守るだなんて傲慢な考えだったか……」


 リアン様が目を伏せて、何か呟いた。


「どうかされましたか?守る?もちろん守ってくださいませ!私も全力でリアン様をお守りします!」


「エマ…………ありがとう」





 ◇◇◇




 年に一度の国王夫妻主催のパーティー。


 高位貴族専用の緋色の絨毯の敷き詰めてある入り口に漆黒の馬車が止まる。なかなか要人は出てこないが、誰もそれを急かすことなどできない。

 王宮のスタッフ、先に着いていた貴族、野次馬、誰もが首を伸ばして固唾を呑んで見守っていると、ようやく御者が扉を開けた。


 現れたのは白髪に見るものを凍えさせる瞳を持つ、細身の、冴え冴えとした美貌の男。


「うそっ⁉︎ ロシュフェルト侯爵だ!」


 国外に出向いていることも多く、滅多に姿を現さない大物の登場に聴衆が沸く!

 国内の貴族で最高の権力を持つ一人。国内外の問題をその明晰な頭脳で解消し、使えぬものは容赦なく切り捨てる……それがたとえ弟であっても……という噂の。


 侯爵が馬車の中に手を伸ばすと、その手を取り、すっきりとした紫のドレスを着た、凛とした女性が音もなく下りてくる。


 ロシュフェルト侯爵夫人。幼い頃から侯爵の弟の許嫁として、侯爵家の英才教育を一身に受けて育った。

 弟が他の女と『真実の愛』に落ちたため、静かに身を引き、そっと隠遁していたのを、侯爵その人が三顧の礼をもって、迎え入れた……という話をこの国で知らぬものはいない。


 神々しいシルバーブロンドの髪、サファイアのような瞳は侯爵同様冷たい印象を与える。しかしその瞳はどこか憂いを含んでいて、特に今日はやけに艶っぽく……目を離せない。


 ステップを下りた夫人の手を持ち上げた侯爵はそっと指先にキスを落とす。夫人は少し表情をゆるませ侯爵を見上げて何か囁き、侯爵の肘に手を添える。


「素敵〜!」

 女性の歓声が上がる!


 それらの声に向かって夫人は小さく会釈したものの、侯爵は噂通り表情を崩す事はない。

 二人は玄関を見据えて、ゆったりと完璧な姿勢で歩き出す。品のある出で立ち、身のこなし、どこにも隙などない。


 凍えるような、冷たく厳しい雰囲気で他を圧倒する、ロシュフェルト侯爵夫妻が入場した。





おしまい。

6,000字と長くなってしまいました。ついつい子どものことやら書き足してしまって。


ご自宅での暇つぶしになれたなら、嬉しいです。

お互いに、このご時世を乗り切りましょう!


誤字報告、感想、ブクマ、評価などありがとうございました。

読者の皆様全てに感謝です_φ(*^_^*)

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[一言] 弟ちゃん達の報復があるかと、ドキドキしましたが、幸せな終わりでホッとしました。 このお話も素敵でした!
[良い点] 素敵なお話をありがとうございました。 二人が幸せになれて本当に良かった! 読み終えて心が温かくなりました。
[良い点] 幸せなお話ありがとうございます! 頑張った者がちゃんと報われる。 二人とも互いに感謝している姿が素敵です。
2020/04/05 08:15 退会済み
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