母さんの名前はキルケー
「こりゃあ…… ダメだわ…… 」
工場のドワーフ達は突如、地を這うように現れた巨大なスライムに歯が立たず苛立っていた。
ハンマーで殴ろうが土魔法で突き刺そうが風魔法で切り裂こうが核が増えるスライムに手が出ない。
ドワーフは物作りを生き甲斐とした種族で、多くのドワーフは鉄をこよなく愛する。
この町工場に集まったドワーフは蒸気自動車に魅せられて集まった奴等なので自然属性適正的には鉄の加工にはやはり火や水、グリップに土、乾燥に風…… と、見事に氷や雷を持つ者がいなかった。
キャンサースライムのウィークポイントを突ける魔法を使えない。町の人間には少しは氷魔法を使える者がいたが魔力量が少なく役に立たない。
一般の農民や町人は、町の外に逃げても魔物に襲われてしまうかもしれない恐怖で家に閉じこもった。
「シノ様がいれば…… 」
「ああ、シノ様なら全属性の魔法が使えるし、魔力量も高い。容易な討伐じゃろう」
口々にドワーフがシノーンが居れば、と呟く。
「お母さん!火の魔法も風の魔法も効かない!」
キュレネが悲鳴をあげる。
対キャンサースライムの前線にはキュレネと母キルケ、工場の戦闘が得意なドワーフが並び、その後ろにアネゴ等の補助人員や家屋に逃げれた町人が固まる。
「私の魔法も無理だわ…… スライムの苦手な氷魔法が使えたら動きぐらい止めれるのに! 」
氷魔法は水と風で再現出来る。しかし、その氷は飲食に使える程度。攻撃には使えない。
ズリズリ…… と這い寄るキャンサースライムに町の中に前線を後退させる。
苦し紛れにキャンサースライムに攻撃を加え続いているとそれはそれは、大きなスライムに変化していく。
キャンサースライムが巨体であるが故に前線で戦闘行動をしているキルケやキュレネには、攻撃による巨大化に気づく術は無かった。
なんとか押し返そうと魔法や武器やで更に攻撃を加えに加えてキャンサースライムは町を覆えるぐらいの体積と変貌していく……
そこまでの大きさになると、ズンズン進み続けていたキャンサースライムがベタリと町全体を囲む壁に貼り付いてブルブルと蠢き出した。
「止まったわね」
「お…… お母さんどうしよう?」
家に隠れている町民は犠牲になるが…… ここで逃げておけばよかった。
キャンサースライムは貼り付いた町の壁に沿ってさらに自己増殖し始めたのだ。
それは町を守る壁を巨大な体で飲み込み、隠れる町民がいる家を吸収し、一気にキュレネ達の周りを囲い込んだ…… まるで、もう逃さないと言っているように。
「これはダメだわい死んだわい」
ポツリ…… とドワーフがつぶやくとキャンサースライムに冷気がドォッと吹き荒れた。
「なんじゃ」
「これは…… 氷の魔法?」
氷の魔法がキュレネ達を半円のドームで守りながらキャンサースライムを凍らせていく。
「お兄ちゃん?」
キュレネは、シノーンが駆けつけたのかと喜び氷魔法の発生源へと振り向くと、母キルケが大量の魔力を消費して氷の魔法を操っていた。
「フン!はじめて使うけど意外と使いやすいわね」
「母さん! 凄い! 氷の魔法が使えたの!?」
キュレネが凍って行くキャンサースライムを見てキャッキャと騒ぐ。
「キルケーさん…… あんた…… 」
「いかんよ! いかん! ワシらがシノ様に怒られる! 」
ドワーフが何かに気付き凄い剣幕で氷魔法を使うキルケーに叫び近づくが、睨むような目線と「来るな!」というキルケの叫び声に静止してしまう。
「え?…… どうしたの? お母さんどうしたの?」
「キュレネちゃん…… 適性魔法と違う魔法を使うとどうなるか知っとるだろう? 」
パキン!
何か乾いた物が折れる音が響いた……
「命を縮め…… る…… お母さん!」
キルケーは自分の命と魔力を使い適性魔法以外の氷魔法を使ったのだ。
凍っていくキャンサースライムに止め処なく氷魔法を使うキルケー。適正違反の魔法を操る手は指先から人の体から発してはいけないような乾いた音を立てて割れ出していた。
「待ってなさい…… 子供を守るのは親の仕事だからね」
ニッコリとキュレネに笑いかける。
パキン……
パキン……キキキキンッ!!
「ダメだよお母さん! やめてよ!」
涙ながらにキュレネがキルケに駆け寄り止めようとするが…… もうキルケの体は触るだけでポロポロと崩れとしまい。怖くて触れない。
自分が手を止めた事がショックでキュレネは泣き声をあげた。
「キュレネ…… アンタは産んだのは私じゃないけど私の子だよ…… できたらシノと一緒になりな」
キルケーは最後にフッと力を入れると氷魔法は止まった…… 命の力と魔力が限界に達したのだ。
「お母さん…… おがぁさーん! ……おがぁさーん!」
キュレネは倒れる母を抱きしめる…… 何て軽いんだろう。キルケの自然属性適正違反で枯れてしまった体は、もう人の体重ではなくなっていた……
「キルケーさんが氷魔法で周りを固めてくれたがまだ残っとる! このままでは…… !」
─────その時、空から暴風のような氷と雷が吹き荒れた。
全てのキャンサースライムを凍らすには容易いとばかりに蹂躙していき、キャンサースライムは氷の中で動きを止め、雷で町中へ侵入する体の核を焼き切った。
「シノ様…… すみません」
「シノ、ごめんよ」
空から到来したシノーンに驚きながらもドワーフやアネゴは頭を下げる。
「かあ…… さん?」
「お兄ちゃん…… お母さんが…… お母さんが!」
無理な瞬間移動で血まみれになりながら、まるで亡者のような足取りでシノーンは母キルケに近づく。
「お母さんが…… 私達を守る為に適性魔法じゃない氷を……!」
「母さん!」
2人の愛しい我が子の叫び声に答えるようにキルケはゆっくり目をあける。
「シノ…… ぉ帰りぃ……パンを焼いておいたからキュレネとお食べ」
意識が混濁しているんだろうキルケは、力を振り絞るようにシノーンにニッコリ笑う
────────パキ───ン!
体が縦に裂けて割れ、キルケは子供の手の中で息を引き取った。
「母さん! 母さん!」
「うぁぁぁ! いやだよ! 母さん!」
2人は大声で泣き叫んだ。
キルケーの体から魔素が溢れる。
この世界で人や魔物が死ぬ時に見る現象だ。
キラキラと飛び散る魔素を兄妹は必死に集めて母親に戻そうとするが、母がせめて経験値として残ろうと思ったのか、それは2人の体内に蓄積されるだけ。
「クソッ!戻れ!母さん死ぬな! キュレネ回復魔法だ!」
「うん!」
シノーンとキュレネは回復魔法を使いながら母から飛び散る魔素を集めては母に戻そうと頑張るのだが魔素は緩やかに少なくなり……やがて消えた……
母が戻らぬと兄妹は理解し、絶叫しながら泣き叫んだが
2人の叫び声は母に届かず空に向かって消えていくだけだった──────。
2021/4画像追加




