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番外編4 つむじとツンデレ

 姫川のつむじを眺めるのが好きだ。

 悪態を吐いていても素っ気なくても、つむじはいつもそこにあって、姫川の可愛らしさを存分に伝えてくれる。


 漫研部の部長さんに姫川のどこがどう好きなのかを尋ねられたが、気がついたら好きだと思っていたから、よくわかっていない。

 でも、今同じことを尋ねられたら「つむじ」と答えるつもりだ。


「あれかな。ギャルゲーで初見では全然興味なかった子が、あまりにもつれなくて逆にムキになって攻略しちゃう、みたいな?」


 なんてことを言われたのだが、たぶんそんな感じだ。


「やっぱり、マイナスからスタートしたほうが振れ幅デカイんだね。だって、あんなに嫌ってたのに付き合ってるんだもん! 人生ってわっかんないよね!」


 部長さんは他意も悪意もない顔で、そんなことを言っていた。

 マイナスだったとか嫌われてたとか、サラッと言われると傷つくが、今はそうではないから良しとしよう。




「北大路……これさ」

「何だ?」

「これ、歌うの? 歌って人様に聞かせるの?」

「そうだけど? 何か問題でもあるか?」


 姫川は、俺が新しく作った詞を読んで難しい顔をしている。

 一見すると不機嫌な顔に見えるが、親しくなって、これは困っているのだとわかった。ついでに言うと、たぶん猛烈に照れている。

 なぜなら、今回の詞はベッタベタなラブソングだからだ。


「あのさ、こんなの、聴かされてもみんな困ると思うんだけど」

「そんなことはない。困っているのは姫川だろ?」

「……だって、これ……恥ずかしいじゃん」


 ルーズリーフで顔を覆うようにして、姫川は唸り声を上げた。

 顔が見えなくなってしまったけれど、つむじを見れば姫川がすごく照れているのはわかる。

 背が高くていいね、と言われてもこれまであまりピンとこなかったが、こうして姫川を見下ろすようになって初めて、この身長で良かったと思う。

 本人たちはおそらく気がついていないだろうが、つむじとはなかなかの萌えポイントなのだ。

 “美つむじ”とか“つむじ美人”という言葉があってもいいくらいだ。


「北大路、これさ、惚気じゃん? ……こんなの聴かされても、やっぱり『そんなこと知らねーよっ』ってならない?」


 往生際悪く、姫川はまだ俺の詞にごねようとしている。

 これから作曲するとき、何度となくこの愛の言葉(ラブソング)を読まなければならないのが嫌なのだろう。

 でも、それが目的なのだから仕方がない。

好きなもの(オタク趣味)が充実している姫川の限られた時間の中に、俺の存在をどこまで占めてもらえるかというのは、彼氏としては重大な問題なのだ。


「ラブソングなんて、みんな都合よく自分の好きな相手やシチュエーションを想像して聴くもんだから大丈夫だって。好きな男に歌ってもらうことを想像する女子もいるだろうし」

「……なら、ちょっと嫌かも」

「何でだ?」


 ルーズリーフから目だけ覗かせて、姫川は俺をジッと見ていた。

 可愛い。この可愛さを残すために写真を撮りたいのだが、前に猛烈に拒否されたから我慢しておく。


「だってさ、それなら北大路にこの歌詞を歌ってもらってるって思いながら聴く子もいるかもってことでしょ?」

「……」

「そんなの……ダメ」


 俺は、真田とかが好きなキャラクターの話をしていて「吐血しそう」と言っていた気持ちが今ようやくわかった。

 今、俺は吐血しそうだ。死ぬかもしれない。

 死因:姫川が可愛すぎた、だ。


「ちょっと、何でそんなニヤニヤするのよ?」

「いや……だって……」


 顔を赤くして、ムッとした様子で姫川は言うけれど、にやけるなというのは無理だ。

 ツンデレという言葉はツンとデレが別々にあるものだとこれまで思っていたのだが、正しくはツンの中にデレが内包されているのだ。

 姫川のキツイ口調の中に、今みたいにデレを見つけ出せるようになって俺は幸せだ。


「なぁ、姫川……それなら、お前の前でしか歌わないのならいいか?」

「え?」

「この詞に曲がついても、お前の前でしか歌わなければ、そうやってヤキモチを妬かなくてすむだろ?」

「……う、ん」

「心を込めて歌ってやると、また泣くんだろ?」

「……」


 スッと、姫川の目が細められた。それを見て俺は、やりすぎてしまったことに気づく。

 赤くなったり困った顔をしたり、その様子があまりにも可愛らしくて、ついいじってしまった。


「あんまり調子に乗るな!」

「うっ!」


 容赦のないパンチが肩に入る。

 痛い。女の子の細腕はしなるのだ。

 しかも、コージに飛び蹴りをする姿を見て思ったのだが、姫川は体の使い方がうまい。漫研部と侮っていたら、文字通り痛い目を見ることになる。


「この歌のタイトル、『脳内彼女の話ですけど』にしてやる!」

「え⁉︎」

「いいじゃん。『俺に彼女なんていないけど』の続編ってことで」

「ひどい! そんなタイトルにしたら、俺、彼女いないみたいだ!」

「ふんっ」


 思いっきり怒った顔をして、姫川は素早く鍵を開けて家の中に引っ込んでしまった。

 部活帰りの道程でなかったら、もっとイチャイチャできたのになぁと悔しくなる。

 軽音部に戻って、漫研を毎日覗くことがなかなか難しくなってからは、こうして姫川を家まで送るのが日課になっている。

 でも、足りないなぁと思う。

 今日なんて、「バイバイ」も言ってくれなかった。

 淋しくなって、二階の、姫川の部屋の窓を見上げる。

 アニメか何かのベタな展開みたいに、こうして見上げていたら窓が開いて、そこから手を振ってくれないだろうかーーそんなことを考えていたら、本当に窓が開いた。


「……まだいたの」

「いて良かっただろ?」

「……うん。バイバイ」


 姫川は小さく手を振って、すぐに部屋の中に隠れてしまった。しかも、カーテンまで閉めた!

 でも、俺はまた吐血しそうだった。

 だって、俺に「バイバイ」を言っていなかったことを思い出して、窓を開けて外を確認したのだから!


「あーたまらん!」


 名残惜しかったが、俺は歩き出した。

 以前、長いこと姫川の部屋を見上げていたら、帰宅したお兄さんに見つかって「通報するぞ」と言われたのだ。もちろん冗談だとはわかっているが、今日は早く帰ってしたいことができたから急ぐことにする。


 嫌がられるだろうが、早くも俺は次の詞が頭に浮かんでいた。

 姫川に幸せな気持ちにさせられるたび、俺の中には愛の言葉(ラブソング)が溢れてしまうのだ。

 とりあえず次は、つむじとツンデレを讃える歌を作ろうと思う。

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