第1話 ゴブリンが俺にパンをくれた
第1話 ゴブリンが俺にパンをくれた
戦場で敵からパンを渡されたことがある人間は、たぶん俺くらいだと思う。
辺境街道南の小競り合いは、昼過ぎには人類側の勝ちで終わっていた。倒れた荷車を片づけ、散らばった矢を拾い集めるのが俺みたいな下っ端兵の役目だ。
「カイ、ぼさっとするな。生き残りがいたら刺しとけ」
隊長に怒鳴られ、俺は草むらに目を向けた。そこに、小柄なゴブリンがひとりいた。槍を持っている。普通なら迷わず叫ぶ場面だ。
だけど、俺の目にはそいつの頭上に数字が見えていた。
【好感度 82】
俺が生まれつき持っているわけじゃない。先月の成人儀式で授かった固有スキルだ。敵の頭の上に、俺への好感度だけが見える。
役に立たないとみんな笑った。敵の殺意が見えるならまだしも、好感度なんて分かってどうするんだ、と。
俺もそう思っていた。
そのゴブリンは槍を地面に置き、ぼろ布の袋をごそごそ漁ると、硬そうな黒パンを差し出してきた。
「……え?」
ゴブリンは短く鼻を鳴らした。どう見ても「食え」と言っている。
俺が受け取ると、そいつは満足そうにうなずき、森の方へ小走りで消えた。
「おい、何してた!」
隊長が来た時には、もう誰もいない。俺は咄嗟にパンを背中に隠した。
「逃げられたのか?」
「すみません。気づくのが遅れて」
殴られると思ったが、隊長は舌打ちだけで別の兵に怒鳴りに行った。俺は残されたまま、まだ温かいパンを見下ろす。
敵が俺に食べ物をくれた。
意味が分からない。でも、その意味の分からなさに、妙な予感があった。
このスキル、もしかして俺が思っているよりずっと面倒なことを起こすんじゃないか。
その日の夜、勇者パーティの野営地で、俺はもっと面倒なことになる。




