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悪意の生中継

俺たち二つのパーティーは、アストリアの街を出てから半日ほど、険しい山道を登り続けていた。

目的地であるワイバーンの巣は、人の寄り付かない、断崖絶壁にあるという。


「……本当に、この道で合っているのか?」


『影の牙』のメンバーの一人が、不安そうに呟く。

無理もない。道はとうの昔に途絶え、俺たちは今、獣すらも避けて通るような、急峻な岩肌を這うようにして進んでいた。


「間違いねえよ。もうすぐ着くはずだ」


リーダーのジンは, 苛立ったようにそう吐き捨てた。

彼の額にも、脂汗が滲んでいる。


やがて、視界が開けた。

俺たちは、ついに目的の断崖絶壁にたどり着いたのだ。

眼下には雲海が広がり、ここがどれほどの高所であるかを物語っている。


「……いた」


リリアナが、崖の中腹を指差す。

目を凝らすと、崖に穿たれた巨大な洞穴があり、そこから微かに、甲高い雛の鳴き-声が聞こえてきていた。


「ははっ……! あったぜ、本当にあった!」


ジンが、欲望にぎらつく目で巣を見上げ、下卑た笑い声を上げる。

そして、彼はゆっくりと、俺たちの方へと振り返った。

その顔にはもう、昨日までの親しげな笑みは欠片も残っていなかった。


「――さあ、英雄さんたち。ここがお前たちの死に場所だ」


その言葉を合図に、『影の牙』のメンバーたちが、俺とリリアナを取り囲むように動き、背後の退路を完全に塞いだ。


「ジン……さん? いったい、何を……」


リリアナが、信じられないというように呟く。

だが、ジンの目は、もはや俺たちを仲間として見てはいなかった。獲物を見下す、捕食者の目だ。


「てめえらみたいな、ぽっと出のひよっこが英雄様だなんて、笑わせるんじゃねえよ」


嫉妬と憎悪に歪んだ、本性だった。

リリアナの顔が、怒りと絶望に染まっていく。


だが、俺は冷静だった。

この絶体絶命の状況すら、最高のエンターテイメントに変えるための、ただの「前フリ」に過ぎない。


俺は、誰にも気づかれぬよう、静かに《神々のインターフェイス》を起動させた。

そして、天上で待ち構える共犯者たちにだけ聞こえるように、心の中でそっと呟く。


(――さあ、ショーの始まりだ)



俺が心の中で開演のベルを鳴らしたのと、雛の甲高い悲鳴が引き金になったのは、ほぼ同時だった。

空が、突如として翳った。太陽を喰らうかのように、巨大な影が俺たちの頭上を覆い尽くす。


ゴオオオオオオオオオッ!


それは、ただの咆哮ではなかった。大気を震わせ、岩肌を揺-るがす、絶対的な捕食者の怒号。

狩りから帰ってきた親ワイバーンが、巣に近づく矮小な侵入者たちの姿を、その燃えるような瞳で捉えたのだ。

俺たちがこれまでに戦ってきたどんな魔物よりも大きく、その翼が起こす風圧だけで、足元の小石が嵐のように吹き飛ばされていく。


「ひいっ! お、親だ! 親ワイバーンだ!」


その絶望的な光景を前に、ジンは待ってましたとばかりに、甲高い声で仲間へ合図を送った。


「やべえ! 敵うわけがねえ! 全員、退避だ!」


その言葉を合図に、『影の牙』のメンバーたちは、蜘蛛の子を散らすように、あらかじめ打ち合わせていたであろう安全な高台へと逃げていく。

俺とリリアナだけを、この絶望的な死地に置き去りにして。


「ははっ……! 馬鹿め! せいぜい、ワイバーンの餌にでもなるんだな、英雄様よ!」


高台の上から、ジンの下卑た嘲笑が聞こえてくる。

奴らは、俺たち二人がワイバーンの怒りを一身に受け、無様に引き裂かれる様を、特等席で見物するつもりなのだ。


「……なんて、卑劣な」


リリアナが、怒りと屈辱に唇を噛み締め、その手は既に剣の柄を強く握りしめていた。


だが、俺は冷静だった。

全ては、脚本通りだ。役者たちの演技も、申し分ない。


親ワイバーンが、俺たちめがけて一直線に急降下してくる。

空気を切り裂く風切り音。獲物を捉えた、血に飢えた瞳。その巨大な顎が開かれ、鋭い牙が剥き出しになる、まさにその瞬間。


(――さあ、ここからが本当の地獄だぜ、ジン)


俺は、神々のスパチャで得た、切り札の小瓶を懐から取り出した。中に入っているのは、『竜の逆鱗香』。ワイバーンが最も嫌う、刺激的な匂いを放つ特殊な液体だ。

俺は、小瓶の封を静かに切り裂くと、親ワイバーンが俺たちに襲いかかる、まさにその瞬間を狙って、中身の液体を高台にいるジンたちめがけて、思い切りぶちまけた。


液体は、正確にジンたちの足元へと降り注ぐ。

次の瞬間、俺たちに狙いを定めていた親ワイバーンの巨大な瞳が、カッと見開かれた。その燃え盛るような怒りの矛先が、俺たちから、高台の上にいるジンたち『影の牙』へと、完全に切り替わったのだ。


「グルオオオオオオオオオッ!」


先ほどとは比べ物にならないほどの、凄まじい怒りの咆哮。

親ワイバーンは、俺たちには目もくれず、一直線にジンたちがいる高台へと突進していく。


「なっ……!? なんでこっちに来るんだよ!?」

「ひ、ひいいいっ! 助けてくれえええ!」


ジンの悲鳴が、断崖絶壁に木霊した。

さっきまでの余裕綽々の態度はどこへやら、『影の牙』のメンバーたちは、我先にと逃げ惑い始めた。だが、狭い高台の上では、逃げ場などどこにもない。


親ワイバーンの巨大な尻尾が、薙ぎ払うように高台を直撃する。

轟音と共に岩盤が砕け散り、ジンたちは無様に宙を舞い、地面を転がった。

その滑稽で、惨めな姿の全てが、《神々のインターフェイス》を通して、天上の神々へと生中継されている。


《名もなき神A》きたああああ! 最高のざまぁ展開!

《名もなき神F》飯が美味い!www

《名もなき神B》いいぞもっとやれ! 自業自得だ!


チャンネルは、この復讐劇に熱狂していた。

俺は、その地獄絵図を背に、呆然と立ち尽くすリリアナの手を引いた。


「――行くぞ、リリアナ! ショーは、もう終わりだ!」


神々の支援で得た『脱出の巻物』を広げ、俺たちは光の中に包まれる。

後には、裏切り者たちの断末魔の叫びだけが、いつまでも響き渡っていた。



眩い光が収まった時、俺たちの体を包んでいたのは、ワイバーンの咆哮でも、断崖を吹き荒れる風でもなく、アストリアの街の穏やかな夜気だった。

『脱出の巻物』は、事前に登録した場所へと一瞬で転移できる、非常に高価な魔法のアイテムだ。俺たちは、街の門の前に立っていた。


「……終わった」


俺は、その場にへたり込んだ。

リリアナも、膝から崩れ落ちるように、俺の隣に座り込む。

二人とも、極限の緊張から解放された後の、心地よい脱力感に包まれていた。


だが、俺の視界の端で、《神々のインターフェイス》は、まだ熱狂の余韻に浸っている。


《名もなき神A》伝説の始まりを見た……!

《名もなき神F》最高のざまぁ配信だった! チャンネル登録不可避!

《名もなき神B》鳥肌立ったわ……! これがユウキの配信か!


画面に表示されたチャンネル登録者数は、ゴブリンの巣の発見時を遥かに上回る勢いで増加し、あっという間に500人を超えていた。


「ははっ……」


思わず、乾いた笑いが漏れる。

悪意をエンターテイメントに変え、神々を熱狂させる。

俺たちの復讐劇は、最高の形で幕を下ろしたのだ。


街へ戻った俺たちは、ギルドで「ワイバーンの雛の捕獲」依頼の失敗を報告した。

もちろん、ジンたちの裏切りについては、一言も触れていない。

神々だけが、全ての真相を知っている。


数日後、街に噂が流れた。

Cランクパーティー『影の牙』が、ワイバーンの巣がある断崖絶壁で、謎の壊滅を遂げた、と。

生き残った者は一人もおらず、現場には、巨大な獣に蹂躙されたかのような、無残な跡だけが残っていたらしい。


その噂を聞いた冒険者たちは、口々に「ワイバーンの恐ろしさ」を語り合った。

だが、その中で、ただ一人。

武具屋『頑鉄工房』のドワーフの店主だけは、俺たちの顔を見るなり、ニヤリと意味深に笑い、親指をぐっと立ててみせた。


俺たちの名は、この一件で、アストリアの冒険者たちの間で、絶対的なものとなった。

もはや、俺たちを「ひよっこ」と呼ぶ者は、どこにもいない。一つの伝説が、今、確かに始まったのだ。

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