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王都からの招待状

ジンたち『影の牙』との一件から、数週間が過ぎた。

俺とリリアナの名は、もはやアストリアの街で知らぬ者はいない、英雄譚の主役となっていた。


「よぉ、ユウキ! リリアナちゃん! 今日も依頼か?」

「この間の報酬で奢ってくれた酒、美味かったぜ!」


ギルドへ向かう道すがら、すれ違う冒険者たちが気さくに声をかけてくる。

その視線に、もはや侮蔑や嫉妬の色はない。あるのは、純粋な尊敬と、仲間としての親愛だけだ。


Cランクに昇格した俺たちの毎日は、順風満帆そのものだった。

良質な依頼は選び放題。ボルガたち『鋼鉄の咆哮』とは、時には競い、時には共闘し、互いに切磋琢磨する最高のライバル関係を築いていた。

ドワーフの店主は、俺たちの活躍を聞くたびに、祝い酒だとエールを奢ってくれる。


何もかもが、順調だった。

順調すぎて、少しだけ退屈なくらいに。


そんな、ある日の昼下がりだった。

ギルドのホールが、突如として尋常ではない喧騒に包まれた。


「おい、見ろよ! ギルドの前に、王家の馬車が……!」

「な、なんだって!? いったい、何のために……」


俺とリリアナも、慌ててギルドの外へと飛び出す。

そこには、純白の馬体に黄金の装飾が施された、壮麗な四頭立ての馬車が停まっていた。その扉には、この国の象徴である「獅子の紋章」が燦然と輝いている。


やがて、馬車から一人の壮年の男性が降り立った。

上質な絹の礼服に身を包み、その佇まいだけで、彼が王都の中枢にいる人間であることが分かる。


男は、騒然とする冒険者たちを一瞥だにすることなく、ギルドの中へと入っていく。

そして、ホールの中央で、朗々と響き渡る声でこう告げた。


「国王陛下の名代として、参上した。この中に、『アストリアの英雄』ユウキ殿、並びにリリアナ殿はおられるか」


その言葉に、ホールにいた全ての冒険者の視線が、俺たち二人に、一斉に突き刺さった。



ホールにいた全ての冒険者の視線が、俺たち二人に、一斉に突き刺さった。

その視線には、驚愕と、好奇と、そしてほんの少しの嫉妬が入り混じっている。


王都からの使者は、俺たちの姿を認めると、モーゼの奇跡のように割れる人混みの中を、一切の迷いなく、まっすぐにこちらへとやってきた。

そして、俺とリリアナの前に立つと、深々と、恭しく頭を下げた。


「お初にお目にかかります、ユウキ殿、リリアナ殿。私、国王陛下の側近を務めております、ガウェインと申します」


その丁寧すぎる物腰に、俺たちはただただ圧倒されるばかりだった。

ガウェインと名乗った使者は、懐から、王家の紋章が刻印された封蝋で閉じられた、一通の羊皮紙を取り出した。


「お二人のご活躍は、辺境の街アストリアに留まらず、遠く王都におわす国王陛下の耳にまで届いております」


彼は、その招待状を、まるで神器でも扱うかのように、恭しく俺たちの前に差し出した。


「つきましては、国王陛下直々のご指名です。数年に一度開催されます、我が国最大の祭典、『国王杯武闘大会』に、特別招待選手としてご参加いただきたく、罷り越しました」


「……武闘、大会……?」


リリアナが、信じられないというように、呆然と呟く。

俺は、震える手でその招待状を受け取った。そこには、国王直筆であろう、力強い署名が記されている。


そして、その下には、俺たちの目を釘付けにする、決定的な一文が添えられていた。


――なお、本大会には、現役最強と名高いAランク冒険者、『雷帝』ゼノン殿の参加も内定している。


「ゼノン……!」


俺は、思わず息を呑んだ。

あの『遠見盤』で見た、絶対的な巨星。俺たちが超えるべき、遥か先の目標。


その名が出た瞬間、静まり返っていたギルドのホールは、沸騰したかのような熱狂に包まれた。


「すげえ! あの国王杯に、このアストリアから出場者が……!」

「しかも、あの『雷帝』ゼノンと戦うかもしれねえってのか!?」


その時、人混みをかき分けて、ボルガが俺たちの前にやってきた。

彼は、俺の肩を力強く掴むと、ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。


「――行けよ、ユウキ。てめえらの『物語』が、ただの田舎芝居じゃねえってことを、王都の連中に見せつけてやれ」


「ボルガ……」


「おう、親父さんもそう思うだろ?」


ボルガが視線を送った先、いつの間にかギルドに来ていたドワーフの店主が、太い腕を組んで満足げに頷いていた。


「当たりめえよ。俺が見込んだ英雄だ。王都だろうが、竜の巣だろうが、どこでだって最高の物語を紡いでくれるに決まってらあ」


天上の神々だけじゃない。

この地上にも、俺たちの「物語」を信じ、熱狂してくれる仲間オーディエンスがいる。

ボルガからの激励。ドワーフの親父からの、熱いエール。

その全てが、俺の胸に流れ込んでくる。これはもう、俺一人だけの戦いじゃない。

俺は、手の中にある招待状――宿敵ゼノンへと続く、最高の舞台への招待状を、強く、強く握りしめて、不敵に笑った。



その夜。

アストリアで一番高い宿屋の一室で、俺たちは王都から送られてきた、豪華すぎる夕食を前にしていた。

だが、リリアナは、ほとんど手をつけていない。


「……ユウキさん」


彼女は、窓の外に広がるアストリアの夜景を見つめながら、か細い声で呟いた。


「私たちは、本当に王都へ行くのでしょうか」

「当たり前だろ? こんなチャンス、二度とねえぞ」


俺がそう言うと、彼女はゆっくりとこちらに振り返った。

その顔には、これまでに見たこともないような、深い不安と恐怖の色が浮かんでいた。


「ですが……相手は、あの『雷帝』ゼノンですよ! Aランクの、現役最強の冒険者です! 私たちが……敵うはずがありません」


彼女の言うことは、もっともだ。

俺たちは、Cランクに上がったばかりの新人。客観的に見れば、象と蟻ほどの戦力差がある。


「なあ、リリアナ」


俺は、静かに立ち上がり、彼女の隣に立った。


「俺はさ、別に、ゼノンに力比べで勝ちたいわけじゃねえんだ」


俺の視線の先には、ゼノンではない。この配信を見ている、天上の神々がいる。

(――これはただの武闘大会じゃない。俺とゼノン、二つのチャンネルの存亡をかけた、最高の『コラボ企画』だ)


「俺は、配信者だ。配信者にとって一番大事なのは、ただ勝つことじゃない。観客オーディエンスを、どっちがより熱狂させられるかだ」

「熱狂……?」


「ああ。俺は、ゼノンに勝つ。力でじゃない。『物語』の面白さでだ」


俺は、リリアナの肩にそっと手を置いた。


「見てる奴らを、天上の神々を…一人残らず、俺たちの味方につける。そうすれば、勝てる」


その言葉には、配信者としての、俺の全ての矜持が込められていた。

ただの冒険者なら、絶対に抱かない野望。


リリアナは、俺のその狂気じみた覚悟を、真正面から受け止めてくれた。

彼女の瞳から、恐怖の色がゆっくりと消えていく。


「……分かりました」


やがて、彼女は強く頷いた。


「ユウキさんがそこまで言うのなら。私は、あなたの剣として、最後まで戦い抜きます」


最高の相棒からの、最高の返事。

俺は、窓の外に広がる夜空――神々の世界へと続く天井を睨みつけ、心の中で、高らかに宣戦布告をした。


(――見てろよ、ゼノン)

(お前を、俺の物語の、最高の踏み台にしてやる)


テッペンからの景色は、もうすぐそこだ。



王都からの使者が訪れてから、三日後。

俺たちがアストリアを発つ、旅立ちの朝が来た。


ギルドの前に用意された王家の馬車に乗り込もうとした俺たちは、目の前の光景に、思わず足を止めた。

広場を埋め尽くさんばかりの人だかり。それは、俺たちがこの街に来てから出会った、全ての人々だった。


「――おい、ひよっこども!」


人混みをかき分けて、ボルガ率いる『鋼鉄の咆哮』がやってきた。


「てめえら、絶対に負けんじゃねえぞ。俺がぶっ倒す前に、ゼノンなんかに負けたら承知しねえからな!」


ぶっきらぼうな、だが、最高の激励だった。


「ああ、当たり前だ」


俺が拳を突き出すと、ボルガも力強くその拳を打ち返してくる。


「おう、ユウキ! リリアナちゃん!」


次にやってきたのは、武具屋『頑鉄工房』のドワーフの店主だった。


「俺が見込んだ英雄だ。王都の連中に、本物の『物語』ってもんを見せつけてやんな」


親父さんはそう言うと、俺たちの手に、小さな革袋を二つ握らせた。中には、旅の足しにと、金貨が数枚入っている。


ボルガたちからの激励。地上初のファンからの、熱い餞別。

俺たちの周りには、いつの間にか、こんなにも多くの仲間オーディエンスがいた。


俺とリリアナは、深く、深く頭を下げた。

そして、王家の馬車へと乗り込む。


「――ユウキ殿、リリアナ殿。ご準備はよろしいですかな?」


使者のガウェインが、恭しく問いかける。

俺たちは、窓の外で手を振る仲間たちに一度だけ振り返ると、前を向いて、力強く頷いた。


「ああ。行こうぜ、王都へ」


俺の言葉を合図に、壮麗な馬車は、ゆっくりと動き出す。

遠ざかっていくアストリアの街並み。俺たちの始まりの場所。


だが、俺たちの視線の先には、もうこの街はない。

遥か先の帝都。そして、そこで俺たちを待つ、絶対的な巨星。


(――待ってろよ、ゼノン)


最高の舞台は、整った。

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