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魔法屋日和  作者: 香山なつみ
番外編
25/25

〜桜回廊〜

(カイ)クンおつかい行ってきて」


 という由乃の一言で、灰は夕飯のおつかいに行くことになった。


 買い物はもっぱらスーパーより商店街を利用している灰である。なぜならショタ光線をフル発動させることによって得る利益が多いからである。

 いわゆる値引きやおまけといったものだ。

 ちなみにこの技は由乃から伝授されたものであり、曰く「利用できるものは最大限に利用するのが賢い生き方よ」らしい。そのお手本を灰に見せるために、ともに訪れた肉屋で最高級サーロイン肉を捨て値価格で手に入れたという逸話がある。


 ショタコン灰、ロリータ由乃、そしてマダムキラー悠(もしくはゴールデンホスト悠)の『魔法工房』三強はすでにこの駅前商店街の名物であった。




 いつものようにショタ光線をフル活動させおつかいをすませた灰は、帰り道の途中でふと足を止めた。帰り道とは違う、分かれ道に目をやる。


『今日はこっちの道から帰って♪』


 と、なんとなくその道が誘っているような気がしたのだ。


 たまには遠回りもいいかな、と灰は思った。

 空はまだ明るいし、少し探検しても夕飯の支度には十分間に合うだろう。

 知らない道、細い道をあえて選んで進んでいく。こんな道もあったのだと、新しい発見が灰を楽しませる。

 風が吹き、精霊が行き交う。


「こんにちは」


 初めて会う精霊にあいさつする。

 精霊たちは灰に笑顔を向け、空へと溶ける。浮かんでは消える泡のような存在。自分も昔はそうだった。


 道から出ると目の前に公園があった。


 灰は立ち尽くす。全身の時が止まったように感じた。目が奪われる。そこには枯れかけた桜の大木が一本、ポツリとたたずんでいた。


 昔の自分の姿がそこに重なる。



 視界をさえぎるかのように散る桜の花びらは、景色が赤く染まると同時に白い灰へと変わっていく……。



「もうすぐ伐採されるんですってね、あの木」

「確かに、子供たちの遊び場には危険ですものねぇ」


 通りすがりの主婦たちの声が耳に入り、現実に引き戻される。



 ゆっくりとその木に近付く。

 買い物袋を地面に置き、木の表面に触れた。

 枯れかけた木を見上げ顔をゆがめる。今にも悲鳴が聞こえてきそうだった。


 この木はもう、死に掛けている……。


 遊具を置く際、大部分の根が切断されてしまったのだろう。根が腐ってしまっているのが灰にはわかった。

 この木の精霊はもういない。こんなに立派な大木だったのだから、さぞかしすばらしい精霊が宿っていただろうに……。


 人間は勝手だ。


 この星を育んできたのは自然であり精霊だ。人間はその恩恵を一身に受けている身でありながら、それを理解すらしない。


「くすっ」


 灰は額を幹につけ、自嘲じみた笑みを浮かべる。


 自分はいつからこんな考え方をするようになったのだろう?少なくとも精霊だったころは、こんなこと考えたこともなかった。

 星に住まうすべての生物を慈しみ、その恩恵を惜しむことなく与える。それが精霊の考え方であり存在理由である。

 もう自分は精霊ではない。何も生み出すことはできないし、恵みだった雨は今の体にとっては脅威となる。

 まがい物のはい灰の身体。それは本来なら自然に帰るべきものだったもの。


 でも自分はここにいる。


 ――何故?


 表情をゆがめ灰は木から離れる。もしこの体に涙がでるのだったら、不覚にも涙をこぼしていたかもしれなかった。


 空は茜色へと変わっていた。


 ああ、帰らなくちゃ…。


 でも、一体どこへ?


 答えが出ないまま足取りは『魔法工房』へと続く。


 なぜ自分はここにいるのだろう。

 主人だったデイジー=ローズは山田佳子に戻り新たな人生を歩んでいる。もう魔法使いではない。

 魔法使いでなくなった主人にとって、自分はもう必要ないんじゃないだろうか?


 ……………………。


 答えは出ない。


 自然に逆らってできている今の身体。それを維持する代償はあまりにも大きい。

 魔力のほとんどを体の維持に使いろくな魔法も使えやしない。

 脆弱なる使い魔、それが今の自分。


 自分は主人にとって必要な存在なのだろうか?


 気づいてしまった疑問。気づきたくなかった疑問。

 いや、本当はとっくの昔に気づいていたのに、知らない振りをしていた疑問。


「いやんなっちゃうなあ…」


 深く重いため息。

 足を止め空を見上げる。


「君はどう思ってるの? カイ=アッシュ」


 答えはない。


 当然だ。カイ=アッシュは自分なのだから。


 目を閉じたとたん、世界が暗闇に閉じた。

 驚きに目を見開く。


 そして目の前に人影が現れる。


 白い髪、白い肌、白い瞳………カイ=アッシュ。


「なんで?」


 だがカイ=アッシュも驚いているらしい。珍しく。


「成程」


 カイ=アッシュは何かに納得したらしく、やはり珍しく感心する。


「あ、そっか」


 そういえば今まで、こんな風にカイ=アッシュに問いかけたことはなかった。問いかける必要がなかったからだ。

 灰の姿のときにもカイ=アッシュは同じ目線で同じものを見ている。そうして出される考え方や行動は灰と変わることはない。

 だがカイ=アッシュにはできて灰にはできないことは多い。その矛盾と誤差を補うために、灰という意識が生まれた。

 根本的には同じなのだが、やはりお互い別の意識を持つということなのだろう。やろうと思えば深層意識の中で可能だったという訳だ。


 灰は尋ねる。自分自身に対して。


「僕たちの存在理由って何?」


「主に従うことだ」


 カイ=アッシュは当然のことだといわんばかりに言う。


「では君にとって主人は誰? デイジーサマ? 佳子サマ?」


「では主にとっての使い魔は誰だ? 私か? お前か?」


 灰は息を呑む。


「今の質問はこの問いかけと同じぐらい愚問だ」


「僕たちは今のあの方にとって必要な存在なの?」


「それは主が決めることであって、お前が決めることではない」


 灰は苦笑し、顔を上げる。


「つよいね、カイ=アッシュは」


「事実を述べたまでだ。我々は彼女の所有物なのだから。この体も、この命も、心も…」


 淡々と続ける。


「我々が彼女にとって必要なくなったとき、そのときは彼女自身が我々に引導を渡すだろう。我々の主は、そういう方だ」


「……君はそんな風に思ってたんだね。なんか変な気分。自分に話しかけて、こんな風に会話できると思ってなかったし」


「まったくだ。まさかお前がこんなことで悩むとは」


 ため息をつく姿も珍しい。


「僕は君とは違ってまだまだ若いの。そんな悟りみたいなこと開けてないんだよ」


 暗闇が開ける。もう目の前にカイ=アッシュはいなかった。


 僕が必要のない存在なのかどうかは主である佳子サマが決めること。

 使い魔である僕はその答えに従うまで。




『魔法工房』の扉を開ける。


「あ、灰クンお帰り」


 由乃が満面の笑みで迎える。


「うわっ。また大量におまけしてもらってきたなー」


 俊樹の呆れ返った声がその後に続く。


「この大根いいツヤだなー」


 うっとりと頬ずりしそうな悠に、


「あら、あたくしも食べ頃ですわよ?」


 いつもの調子で佳子が迫り、これまたいつもの調子で悠が逃げる。


 その様子をじっと見ていた灰は、ふっと笑みをこぼす。


「あれ? どうしたの灰クン」


 由乃が尋ねると灰は首を振り、


「ううん、なんでもないよ。……佳子サマ」


 部屋を出かけた佳子を呼び止める。

 その表情は、いつになく真摯だった。


「ただいま」

「カイ」


 名前を呼ぶ、いつもの声音。その表情は限りなく穏やかで。


「おかえりなさい」


 その言葉に、自然と灰の表情がほぐれる。


 また今度でいいや。佳子サマに訊くのは。


 だってここは暖かいから。



 もう少し、このままで……。









なんだか毛色の違う雰囲気なこちら、共同執筆者である和泉さん作の番外編でした。

灰くんは結構なお気に入りキャラでして、その灰くんについて掘り下げてもらえて当時の私は狂喜乱舞しました。


こちらでひとまず魔法屋日和は完結となります。

続編があるっちゃああるのですが途中でエタっていることもありそちらは本当にお蔵入り、墓場まで持っていきます。


ここまで読んでくださりありがとうございました!

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