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追い縋った竜は、青き花を愛し過ぎる

 

 夏の晴れた日。


 私はウェディングドレスを身に纏っていた。製作途中でうやむやになっていたドレスは、私が帰還したと同時に急いで仕上げられたものだ。

 急ぎとはいえ丁寧に仕上げられていて、薄く金がかったウェディングドレスは、腰でふわりとボリュームをもたせたもので繊細なレースがふんだんにあしらわれていた。


 結局、紫苑の好みが反映されてしまっている。


「お似合いですわ!ああ、凄くお綺麗ですわ!」

「……ありがとうございます」


 緑水さんは大体褒めてくれる。


 結い上げた髪に、ドレスと同色のベールを後ろへ流した私は緊張していた。

 私が白銀国の王妃になる日が来るなんて、あまりに現実味が無さすぎる。以前は、ぼんやり考えたこともあったが、紫苑と逃げてからはそんな可能性もう無いと思っていたのに。


「緊張してるの?」


 濃緑の騎士服を着た灰苑様が鏡越しに見えて、私は背後を振り返った。


「さすがに緊張しますよ。だって王太子妃飛び越して王妃ですよ?ここで式を挙げたら最後、私が王妃ですよ?私で大丈夫なんですか?」

「いいんじゃない。兄様が王だし」

「それはまあ………って、いやいや」


 ああ見えて100年以上王子様してるんだ。平民上がりの私とは違う。


 不安な顔をしていたら、灰苑様は苦笑しつつ私の手を取った。


「大丈夫、何十年も王妃してたらそれらしくなるって。それに例えどんなことがあっても、兄様とこれからずっといてくれるんでしょ?」

「はい………ええ、そうです。番ですから」


 それだけは、はっきりと答えたら、緑水さんがにこやかに頷いてくれた。


「灰苑様?」


 私の肩の位置に届く身長の彼は、眉尻を下げて淋しそうに私を見つめて手にキスをした。


「兄様が羨ましいや」


 そう言って私の手を引きエスコートする。


「ローゼ、兄様を幸せにしてあげてね………黒苑兄ちゃんの分まで」


 黒苑様が何処にいるかはわからない。白銀国に暗い影を落とした彼のことを誰もあまり口にしない。まるで忘れてしまおうとするかのように。


「灰苑様は強いヒトですね」

「そんなこと、ない」


 怒りも憎しみも抱えて尚、彼は兄のことを思える竜だ。

 照れ臭そうにしていた彼が、そっと私の手を放した。


「僕はここまでだ。さあ、ローゼ」


 促された先には控えの間があり、そこに紫苑が待っている。

 灰苑様が小さく手を振り去って行くのを見届け、私は扉を開けた。


 婚礼の為の白い騎士服に身を包んだ彼は、両手に何かを抱えて室内を落ち着きなく右往左往していた。


「紫苑」

「……う」


 彼の背中に、おずおずと呼び掛けて近付くと、ぱっとこちらを向いた……と思ったら彼は膝を付いた。


「く、やべえ、ローゼの花嫁衣装とか。俺の嫁、嫁」


 口元を押さえてプルプルしているのは、嬉しくて興奮しているせいなんだと私は既に知っている。だから私も膝を付くと、彼の胸に飛び込んだ。


「これは夢か!?信じていいのか?!」


 いたく感動しているらしい。私を抱き締めた片手が、小刻みに揺れている。


「確かめてみる?」


 悪戯っぽく笑って唇を寄せたら、それより先にこめかみに、ちゅっとキスをされた。


「誓いのキスまで待て、紅が落ちる」

「あ、そうね」


 式を挙げる前に、紫苑の唇に紅を付けたら、また灰苑様に冷やかされる。

 恥ずかしくなって、はにかんで俯いたら突然首を噛まれた。


「あっ」


 身を屈めた紫苑が、痕を残さない程度の強さで首筋に三度歯を立てた。


「ん……んん」


 柔らかい刺激に、ぞわぞわと背筋を甘い痺れが駆け上がる。私が吐息を震わせたら、満足そうに首を解放して囁いた。


「後で、たくさん欲しい」

「………………………と、トカゲ」


 顔を紅潮させたこの竜が、何を期待しているのかを理解するや、辛うじてまだ乙女な私は一気に顔が熱くなるのを感じた。


 私を瞳孔を縦に裂いた獰猛な竜の瞳で爛々と見つめていた紫苑だったが、気付いたように瞬きをしてヒトの瞳を保つと、背中に隠していた物を私の前に出してきた。


「約束の物だ」

「あ」


 ローゼリアの花束。五輪を白いリボンで簡単に結んだだけのものだった。申し訳なさそうに紫苑の声が小さくなる。


「探したんだが、あまり見つからなくて……受け取ってくれるか?」

「ありがとう」


 希少なローゼリアは、野に多くは咲かない。朝露が付いたままの青い花を見て、忙しいはずの彼が今朝早くから一生懸命に探していただろうことが容易に想像できた。


「覚えていてくれたんだ。嬉しい」


 ローゼリアを受け取り胸に抱き締めて笑うと、安心したらしい紫苑が私の手を握った。


「行くか」


 立ち上がると、私達は手を繋いだまま大きな扉の前まで歩いた。両脇に控えた侍従が、新たな王の合図で扉を開けようと待っている。

 この先には、私達の結婚式を見届けるために人々が集っている。


 王族である灰苑様を始め、城勤めの者。

 お世話になった藍花さん夫婦は、私が招待すると大変喜んでくれて一族引き連れて来てくれている。アースレンからは、紫苑から指名されて白銀国との交渉担当に抜擢されたメイアス様など、戦時中の好敵手だった人も一部呼ばれていてそこそこの人数だ。

(ちなみにアースレンの王族の招待は当然無しだ)


 紫苑は扉の前で止まったまま動かない。隣から見上げると、微かに苦しそうに眉を潜めて目を閉じていた。


 此処にいない赤明様や白霧様、そして弟の黒苑様のことを思っているのだと分かり、繋いだ手を一旦放すと彼の腕に腕を絡めて身体を寄せた。


「ローゼ」

「紫苑、貴方は一人じゃないよ」


 これからも彼らのことを忘れる日はないだろう。辛く悲しい気持ちを長く引き摺ったとしても、それを互いに埋め合って和らげることはできるはずだ。


「ああ、俺には番がいる。だから平気だ」


 私を見つめてから、紫苑は髪にキスを贈り微笑んだ。


「はあ思えば長い片思いだった。10年も待ってようやく迎えたら色々あって、なかなか番うことも儘ならずに悶々として、ああ巣籠もりしたかったな、だがようやく」

「紫苑、ほら皆待ってるから」


 腕を引っ張ると、竜の王様は「そうだ、まずは誓いのキスだ」と我に返った様子。


「開けろ」


 一声紫苑が命じれば、ようやく扉が開かれた。

 途端に拍手と歓声が私達に浴びせられる。祝福の音に紛れて、隣の竜が囁いた言葉を私はしっかりと受け取った。


「ローゼ愛してる」


 これからずっと長い時間、その言葉を贈られ続けられるのだと知っている私は、やはり幸せな人間の番なのだ。


 片手に青い花を抱き、私はしみじみと思った。



〈完〉











お読み下さりありがとうございました!



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