救いの竜5
砂浜に崩れ落ちるように座り、海の彼方を見ていた。
宿の中と周りを、彼を探して走り回った。焦りは、どんどん大きくなって、近くの砂浜に立つ灰苑様を目にして確信した。
「約束したじゃない」
灰苑様の隣で、茫然として恨み言を吐く。
「…………兄様は、例え身体は離れていても、心は傍にいるからって」
「そんなベタな言葉、欲しくない」
置いていかれた。番である私から、紫苑は自ら離れた。
それが自分でも驚くほどにショックだった。
でも一方で、私を置いていくなんて余程のことだと思う。
その余程のことが、どんなことか。
「灰苑様、私を連れていって下さい」
「ダメだよ。兄様に止められているから」
「灰苑様!」
ガシッと子供の襟首を掴んだ。私から目を反らした彼は、予想していたといった感じで、されるがままだ。
「お願いです!私を紫苑の所へ連れて行って!灰苑様は知ってるんでしょう、どこにいるか」
「…………行ってどうするの?ローゼには、何もできないんだよ」
悲しそうに顔を歪め、灰苑様は当然のことを言うが、私は必死で彼の襟首を掴む手に力を込めた。
「私は紫苑の番です!どんな時も一緒にいるのが番でしょう?それに目で見届けることも、手で触れることも、声を掛けることもできないまま、こんな所でじっとしているなんて嫌なんです!もしも、もうこのまま………あ、会えなくなったら………嫌」
はっ、としたように灰苑様が、私に目を合わせた。だけど、身体を強張らせたと思ったら、目を瞑ってしまった。
「ごめん、ごめんローゼ。僕は怖い。また誰かが死んだりするのを目にするのが、怖いんだ!」
「灰苑様………」
言いながら後退る彼から、手を離す。それから駆け出した。
灰苑様が頼れないなら、自分で行くしかない。
「ローゼ!?」
慌てる声を後ろに、私はどうしたらいいかを模索していた。
「お願いします!私を白銀国まで連れて行ってくれませんか?!」
「白銀国?この小さな船で、そんな遠くまで行けるわけないだろう」
漁港で、獲れた魚を降ろしていた漁師を見つけて呼び止めるが、にべもない。
「今すぐ行かないといけないんです!ダメなら、途中まででも」
「そう言われてもなあ」
のんびり話す時間も惜しくて、私は靴を脱ぐとスカートを捲りながら海に向かって歩いた。
「泳ぎます!白銀国の方角教えて下さい!」
「おいおい、嬢ちゃん!」
漁師達が止めようと駆けて来て、足首まで浸かったところで、目の前を大きな物体が横切った。
「あ、あれ?」
素早い動作に付いていけずに、瞬きを繰り返して辺りを見渡すと、竜の背中に乗せられていることが分かった。
「キュルルル」
「かい、えんさま?」
灰色で、大人の竜よりも一回り小さな可愛らしい竜が、高い声で鳴いた。
「私を連れていってくれるの?」
諦めたように竜が頷くので、身体を起こして片手で角を握って体勢を整えると、もう片方の手で感謝を込めて、たてがみを撫でた。
「ありがとう、灰苑様」
「ギュル」
仔竜らしい可愛らしい声で応えるように鳴いた灰苑様が、大きく翼をはためかせると、空を貫くように翔んでいく。
激しい風で墜ちないように、私は身体を低くして角をしっかりと握り直した。髪が引っ張られるように強く後ろへ流れて、耳が悲鳴のような風の音を拾い続ける。
息をするのも苦しいので、顔を灰苑様のたてがみに隠すように庇った。
容赦の無い全力の滑空が、灰苑様の気持ちだ。
きっと灰苑様だって、二人が心配で居ても立ってもいられなかったんだ。
間に合え!
不安と緊張と、最悪の結末への恐怖が私の心を占めて、震えそうになる手を灰苑様に掴まることで、なんとか押さえる。
間に合え……
紫苑も黒苑様も無事でいて欲しい。その為なら、この身を捧げても構わないから。




