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狂気の竜王2

 

「雨、止まないね」


 アオ君を抱えて、店の戸を開けて外を見ていた。降りしきる雨は3日も降り続き、客も少なくて暇だ。

 手を伸ばして雨の滴を捕まえようとするアオ君と、薄墨色の空を眺めていたら、視線を感じ後ろに目を移した。


 壁に凭れた紫苑が私を見つめている。いつもの浮わついた表情は鳴りを潜め、真剣な眼差しが怖いぐらいだ。


 理由は分かっている。白銀国で黒苑様に反旗を翻そうと企んだ者達が、未然に阻止された挙げ句、全員処刑されたからだ。


 リッケルさんの10番目の子の孫だという男性が立ち寄った時に話してくれたのだ。

 紫苑は、それを聞くや激怒した。「あのバカが!!」と壁に拳を打ち付けて、やり場のない怒りを必死で逃そうとしていた。


 白銀国を大切に思っていた紫苑だから、私がいなければ直ぐにでも国に飛んで帰っていただろう。本当は今だって、居ても立ってもいられない気持ちを堪えているはずだ。


 アオ君を降ろすと、彼に近付き、硬い表情の顔に触れる。


「紫苑…………」

「…………大丈夫だ」


 我に返ったように瞬きして、触れる私の手に手を重ねて安心させようと彼はぎこちなく微笑んだ。


 実際に白銀国へ戻れば、紫苑が危険な目に遭うことぐらい分かる。だから気遣うことしかできない。


「紫苑、私にできることある?」


 手にすり寄る彼に聞けば、両腕が私を囲む。


「傍にいて欲しい」

「ずっといるよ」


 直ぐに答えて背中を抱いてあげると、安心したのか肩の力を抜いたのが感じられた。


「ケーキ屋は楽しかったか?」

「うん、とても」


 話題を明るい方へ変えて問う彼に、顔を上げて笑うと紫苑も今度は無理のない笑みを浮かべた。

 このヒトにとっては、番である私の喜びが自身の喜びに繋がっている。だから、私は彼の為にも笑っていたい。


 私達は、明日ここを出立する予定だ。どこか小さな国へと渡ろうと思っている。


 このまま、静かに暮らせたらいいな。


 不安が付きまとう。

 ここで過ごした4ヶ月は平穏で幸せだった。でもいつまでそうした日々が続くか分からない。


 私が、紫苑と番って暮らす決心を告白したのは、そんな不安定な日々に確かなものが欲しかったからかもしれない。


 店の奥からリッケルさん夫婦が、アオ君と共にこちらを見ていて、「俺達の若い時みたいだな、藍花」「何言っているの、今もよ」とじゃれあっている。

 照れて紫苑から腕を解き、いつもの日課のおつかいに行こうと二人に声を掛けて籠を持つと、すかさず彼も付いてくる。

 おつかいも最後だ。


 雨は小降りになっていて、青い傘を私に差し掛けた紫苑は、隣を歩調を合わせてゆっくりと歩いてくれた。


 馴染みの近所の食料品店の前に着き、傘を畳む彼は右肩がビショビショに濡れていた。私が濡れないように傘を傾け過ぎたからだと分かって、そんな優しさがとても嬉しい。

 気にもならないのか、軽く払うだけの彼に籠からタオルを出して拭いてあげる。


「………私、多分もう風邪引かないよ。こんなに濡れて、紫苑が冷えちゃう」


『風邪を引かない』の意味に、カアッと彼も赤くなり目を泳がせる。


「…………でも足りないかもしれないから」


 無意識だろうが自分の唇に指で触れて、紫苑は目を反らしながらボソリと呟き、それから私の手を当たり前のように繋いでくれる。ドキドキして俯いた。

 明日ここを去ったら、私はこのヒトと本当の番になると約束している。そのことを意識してしまうと、恥ずかしくてたまらない。


「お肉とキャベツに牛乳と香草と……夕御飯の材料はこれで全部かな」

「ああ」


 二人で確認して支払いを済ませて店を出たら、店の前の先ほど通った道に人だかりが出来ているのが見えた。


「なに?」


 警戒を露に握った手に力を込めた紫苑が、人だかりに近付き匂いに気付いたらしい。


「どけ!」


 人だかりを乱暴に掻き分けた先には、灰苑様が竜化の解けた裸の姿で倒れていた。


「灰苑様?!」


 落下したのだろうか、大きな怪我は見当たらないが、身体中擦り傷だらけでぐったりしている。



 手当てをしようとしていた人もいたようだったが、紫苑の威圧に驚いたらしく道を開けてくれ、彼は脱いだ上着で弟をくるむと抱き上げた。


「灰苑!しっかりしろ!」

「灰苑様!」


 だらりと下がった手を私が包むと、ぴくりと指が動いた。


「に……兄様」


 細く開けた目で、紫苑を見上げた灰苑様は小刻みに震えていた。


「ごめん……振り払おうとしたけど……尾けられた」


 ハッとした顔で上空を見上げた紫苑が、私に叫んだ。


「走れ!!」




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