居眠り竜は、番の肌に翻弄される2
私は無言で側にあった手桶を持った。
「く!」
長年戦場をくぐり抜けてきた竜は、私の闘気に反射的に立ち上がると身構えた。下半身は辛うじて湯の中だ。
手桶を振り上げたところで、そういえば紫苑も謀られたのだと思い直し私は手を下ろした。そうだ、彼に罪はない。
彼も気付いたようで、「あの竜、なんて気の利くことを…」と呟き、私を窺うようにする。
「……ローゼ、その、寒くないか。風呂に、は、入れよ」
ポッと頬を赤らめて、もじもじしている彼を見て、私は迷った。
「………私、いいから。あの、ゆっくり入ってて」
「待て!」
風呂場を出ようとしたら、やっぱり引き止められた。
「俺とお前は番になるんだろ?一緒に風呂に入っても構わないはずだ!」
「でも」
「一緒に眠っているんだ。風呂だって一緒でもいいだろ」
「でも裸…………」
「み、見慣れてるだろ、俺の裸なんかっ、どうせ」
どこか投げ遣りに言う紫苑に、私のは見せ慣れてないんだけどねと思う。まあタオル巻いてるし、いいか。
やむを得ないのでタオルを巻いたまま湯船に入ったら、紫苑の視線が私から外れない。
「あ、あんまり見ないで」
「うぐ」
恥ずかしくて肩まで湯に浸かると、少し離れている彼をチラッと見た。
確かに見慣れているのだが、濡れそぼった美青年の裸体は、また一味も二味も違ってこう………男の色気が凄い。肩を滑る水滴、意外に厚い胸板が湯を弾く。濡れた唇。二の腕に小さく散る輝く鱗。
「そんなに離れなくても」
恥じらいながらも、私から目を離さない彼が、少しだけ寄って来た。
「動けるようになったんだね」
「ああ、温まったからな」
濡れた前髪を掻き上げる紫苑を目にして、なぜかふと思い知った。
私は、こんなに美しい体に抱き締められていたんだ。
この男は、私だけを欲しがって……
「ローゼ?」
「な、なな………何でもないの」
両手で赤くなる顔を隠して、彼に背を向けた。
ヤバイ、変に意識してしまった。
「………もしかして?」
期待を含んだ声が近くて、驚いて振り向こうとしたら、後ろから抱きすくめられた。
「きゃ」
「ローゼ」
濡れた互いの肌がピチャリと水を弾いて合わさって、ビクッと私が体と心臓を跳ねさせたら、紫苑も震えた。
お腹に回された手が濡れたタオル越しに、はっきり感じられる。
「俺を……意識して?」
「ひゃ、や」
耳元で発する言葉が熱い。たまらず湯船の端に手を付き立ち上がろうとしたら、彼も付いてきてバランスを崩した。
「あ!」
浴槽のふちに上半身を押し付ける形で、前傾姿勢になった私は、かなり動揺していた。
これでは紫苑に押さえつけられているのと変わらない。
背中に被さる彼の騒がしい心臓の音が、肌から伝わる。
「やば、ローゼ、ヤバイ」
「し、紫苑、どいて………重いよ」
何か呼吸を荒くして、一向に離れない竜が怖くなってきた。
つつっ、と片手の指が私の背中を辿り、その感覚にゾクゾクと得体の知れない熱が駆け上がる。
「あ、あっ」
「はあ………これは、ムリ、ムリ耐えれねえかわいい」
ちゅ、ちゅ、と背中や肩、耳にキスをされて、これは年貢の納め時かと思う。
やだな、私初めてなのに……
いきなりお風呂でなんてそんな中級……
やっぱり最初はべ、ベッドで……
「やん、だ、ダメ、あ」
「かわええー、俺の番、やべえ」
酔っ払ったように一人うわ言を唱えながら、彼の手が私の後ろ髪を横に流した。
「ああ!や、やああ!」
露になった私のうなじに、紫苑がはむ、と噛み付いた。
甘噛みの衝撃に喘いだら、幼い頃に見た情景がふいに浮かび上がった。
トカゲ………トカゲだ!
雄のトカゲは、こうやって雌のトカゲの首を噛んで固定して『つがう』のだ。
「や、やだ、トカゲ、あ、ああトカゲ」
上手く手足に力が入らず、トカゲは嫌だと思って涙目で振り返ると、首から離れた紫苑の真っ赤な顔が、ぼんやりと私を見つめる。
「え!?」
「………げ、げん、かい」
フラリとよろめいた紫苑の瞳は、瞳孔が縦に裂けていて竜化の兆しを見せていた。
彼が仰け反って倒れると思ったら、大きな地響きと水飛沫と浴槽の破壊音に驚いて目を瞑った。
「紫、苑?」
静かになったところで目を開けたら、泣きそうだった。
半分湯に浸かった状態で倒れた竜がいて、床のタイルは割れて、浴槽は許容量を越えて破壊されていた。
私の頭上に傘のように被さる翼は、咄嗟に落下物から守ってくれたらしい。
「ぐすん」
残念さと安心したのと新たな絶望が私の胸を占めていて、天井に開いた穴から覗く青空を涙を拭いて見上げた。
「………のぼせたんだね」
茹でタコになって、引っくり返る竜の鼻筋を撫でて大きな口元にキスをした。
意識の無い竜に遠慮なく触っておく。貴重な機会だし、乙女の危機への報復だ。
「どうするかなあ」
その後、両手にシャワーを2つ構えた私によって冷水責めを喰らった竜は、無事人間の裸を震えながら晒した。
「まあ、あれだ………竜族は、水温の変化にも弱いんだ」
藍花さんの生温かい眼差しを受けながら、私達とリッケルさん一族は温泉の片付けと修理をしばらくすることになった。
「バカ竜」
「ローゼ、許してくれ。寒い、寒いんだ」
ベッドをもう一つ運び入れた私は、紫苑と離れて寝ることにした。一晩だけ別に寝たけれど、あまりに悲しげに呼ぶ竜に根負けした私は………結局彼を温めるカイロに戻ってしまった。




