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居眠り竜は、番の肌に翻弄される

定番?温泉ネタ。作者遊んでいます。本編の中休めです。

 

 それは真冬のある日のこと。

 霜が降りて窓硝子が白くぼやける朝。


 目が覚めた私は、隣の竜を観察していた。頭まで、すっぽりと布団を被って微動だにしない。呼吸に合わせて布団が上下している。


「紫苑、おはよう」

「………ん、おは…」

「起きれる?」

「………ムリ、だ」

「そっか。まだ寝てていいよ」


 人間のように、寒いから布団から出たくないという単純なことじゃなく、竜族が気温の変化に弱く寒いと動けなくなって、身体的に仕方のない話だと分かっているので叩き起こすことはしない。

 布団を引っぺがしたい気持ちを我慢して、ベッドから降りようとしたら手首を掴まれた。


「寒い……もう少し温めてくれ」


 布団から手だけを出して引き留めようとするのを、引き剥がす。

 藍花さんも仕事にならないので、アオ君のお世話やお店の手伝いをしないと人手が足りないのだ。

 それに一晩中この竜に抱き付かれて眠っていたのだ。十分人間カイロの役目は果たした。


「ローゼ、行くな」

「紫苑も動けるようになったらおいでね」

「うう……」


 あとで暖かいご飯を持って行ってあげよう。伸ばしてくる手を避けると支度をして部屋を出た。淋しくなったら出てくるだろう。


 アオ君はリッケルさんと店にいた。父親がケーキを作る傍らで、二人の女の子とおもちゃで遊んでいた。


「おはようございます、あの……」


 誰だろう?赤茶色の髪で茶色の瞳の、どちらも私より少し年下のようだ。


「ローゼリアさん、おはようございます」


 リッケルさんが釜から焼き立てのケーキ生地を取り出す。ふわりと甘くて暖かい空気が鼻を掠める。

 二人の女の子が私を見ると、立ち上がって寄ってきた。


「貴女がローゼリアさん?竜族の番なんでしょう?」

「ええ、まあ」

「わあ、凄い」


 え、何が凄いの?


「私、リンディ」

「姉のシンディです」


 姉妹が名乗って、むずかるアオを抱き上げてあやす。


 リッケルさんが苦笑して補足してくれたのは、この二人は藍花さんの代わりに手伝いに来てくれた近所に住む親戚だそうだ。


「リンディとシンディは、私のひい孫です。確か17番目の娘のところの孫だったかな」


 リッケルさんが言うには、子供達は皆普通の人間よりも長生きだが、緩やかに歳を取っていっているということだ。リッケルさんと藍花さんは、子供達よりも長生きする。


「今日はお手伝いに来ました。アオおじいちゃんのお世話します!」


 おじいちゃん……まだアオ君2歳だよ?

 二人のお姉さん(孫)に可愛がられるアオ(おじいちゃん)を微妙な心境で見守り、ケーキのクリームを泡立てていたら、藍花さんが店に入って来た。


「……お…は…よ…ござ」

「藍花、こっち」


 目が半分開いていない。足取りの覚束ない彼女を、リッケルさんが釜の前まで手を引き椅子に座らせた。


「あ……暖かい。ありがとう、あなた」


 釜の火に手を翳す彼女の肩や背中を擦って暖めるリッケルさんが甲斐甲斐しい。

 微笑ましくて眺めていたら、生気の甦った藍花さんが私に目を向けた。


「最近遅くてごめんなさいね、ローゼリアさん」

「いいえ、竜族さんはこの時期辛いですよね」


 アースレンとの戦の時、人間よりも強い竜族がなかなか勝てなかったのは、毒のこともあるけれど寒さで動けなくなるという弱点が大きかったんじゃないだろうか。


 紫苑、起きたかな。様子を見に行きたいな。


「ええ。冬は私がこんなだから、毎年この時期リンディ達や他の子や孫達に手伝いに来てもらってるの」

「そうなんですね」


 にっこりと笑って、遊んでもらっているアオ君を見ながらエプロンを付ける藍花さんは、紫苑のいないところでは、私には打ち解けた話し方をするようになっていた。


「ローゼリアさん。今日はひ孫も手伝ってくれるから休んでくださっていいわ。それからこれ」


 藍花さんが私の手に持たせてくれたのは、温泉貸し切券だった。


「藍花さん?」

「いつも頑張ってくれているお礼。たまには息抜きしてきたら?」

「わあ、ありがとうございます」


 貸し切券は、これから20分後から使えるようになっていて時間までに行かないと無効になってしまう注意書きが書かれていた。


 まあ歩いて5分ぐらいの距離の所のなので、用意してすぐに行けば余裕で間に合うだろう。

 藍花さんは、こういう時私が遠慮すると拗ねるのを度々経験してきたので、素直に受け取ることにした。


 タオルや石鹸なんかはサービスしてもらえるから、私は券だけを手に目的の温泉まで歩いて行った。


「よく考えたら、紫苑に券譲ったら良かったな」


 きっと湯に浸かったら生き返るだろうに。

 そう思ったが、もう服を脱いで体にバスタオルを巻き脱衣場から風呂場の戸を開ける直前だったので手遅れだ。


「ん?」


 風呂場は、白い湯気が霧のように視界を不明瞭にしていた。一人で貸し切るのは贅沢なほど広い湯船には、後ろを向いて浸かる銀髪が見えた。


 気配を察した銀髪が振り向いて、瞳をこれでもかと見開くのを見た私は、藍花さんの企みに気付いた。


 だから藍花さん、気を使い過ぎ。


「ろろろろろ、ぜっ!?」


 鼻を押さえながらも、立ち竦む私をしっかり見ながら紫苑が上擦った声を上げた。







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