歩み寄る番達
ここでお世話になって4ヶ月が過ぎようとしていた。
「今月の売上だが、小麦の値が高騰している分、どこかでコストを削減せねば利益に響くぞ」
「確かにそうです。でもケーキに使う果物も高くて……」
「小麦の買い付けを従来の所から変えられないか?もしくは違う種類で卸値の安いものはダメか?果物を扱うケーキは減らして、チョコやチーズ系を増やしてみたらどうだ?あとは焼き菓子を充実させてみろ、ローゼが喜ぶし」
「なるほど」
「それから販売促進の為の今月の企画だが、春をイメージしたものを前面に押し出すのはどうだ?」
「ふむ、いいですね」
店の奥で椅子に座った紫苑が、リッケルさんに企画書を見せている。
私がショーケースの側から見ているのに気付くと、ニヤッとドヤ顔をして余裕だ。
紫苑、仕事している。
子守りがてら店の経営状況を把握した彼は、率先して店のことを手助けするようになっていた。
そうか、王子だった。経営に関しては得意分野なのか。
入り口のドアに付けた鈴が鳴り、常連の男性客がやって来た。
「いらっしゃいませ」
「ローゼリアさん!こんにちは!」
藍花さんがアオ君を昼寝させる為に家に戻っているので、私が売り場には一人いるのだが、男性客は顔を見るなりケーキではなく私に近付いて来た。
「だいぶ暖かくなりましたね」
「そうですね、もう春ですから」
冬の間は、紫苑や藍花さんは半日眠っている状態だった。起きても動きはゆっくりで、竜族のおもしろ……習性の不思議さを見たものだった。
体を暖めると、いつも通りに動けるので、よく紫苑に抱擁を求められたな。「暖かい、もっと温もりが欲しい……もっとだ」と、胸に頬を擦り寄せていたのは、騙された気もしないでもない。
ようやくそんな彼らも普段通りに生活できるようになり一安心していた。
「ローゼさん」
いきなり男性客が手を握ってきた。
「あ、なんですか?」
「よかったら今度花見に僕と、っ」
言い終わる前に、男性客は死の危機に瀕していた。喉笛に長槍の刃先を突き付けられ、彼は震えだした。
「俺の番に触れたな」
「ちょっと!」
紫苑が男性客に殺気を放つ。
この街の人達は、藍花さん達が竜族と人間の番だと大昔から知っている。
最初は珍しがっても、200年も老舗ケーキ屋があったりしたら当たり前になるようで、二人もすっかり街に溶け込んでいるし、特に話題にもされないようだ。外部の人がふと耳にして驚くと「え、そんな珍しいの?」と逆に驚くそうだ。
だから竜族の紫苑が増えても、「あ、リッケルさん、何番目の子ですか?」と言われたぐらいだ。
でも、これはダメだ。
「貴様、前来た時もローゼに馴れ馴れしかったな?客だからと我慢してやっていたが、今日は許さぬ!」
「あのその、ゆ、許してくださ」
ブルブルして、両手を上に挙げている男性客に、慌てて紫苑の腕にしがみつく。
「やめてあげて」
「……………だが」
「ダメだって、お客さんに乱暴しない!」
「ローゼの頼みでも……」
男性客を睨み付けたままの紫苑に、仕方なく、腕ではなくお腹の辺りに抱き付く。
「は、う!?」
「紫苑、落ち着こう」
「うあ………」
「ね、私も気を付けるから………ね?」
「………あ、ああ」
私がピッタリくっつくと、戦意を削がれた彼が長槍を消したら、男性客は何も買わずに逃げ去っていく。扉が騒がしく閉まり「ああ、お客さんが減ってしまった」とリッケルさんが、こっそりと呟いていた。
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「ローゼリア」
「何でしょうか」
夜寝ようとしたら、紫苑が覆い被さってきた。
「お前は俺の番だ。他の男に触れられるな」
拗ねたように言って、頬にキスをされる。昼間の憤りが燻っていたのか。
「ん、妬いてるの?」
「妬いて……ぐ……そうだ」
悔しそうに認めると、至近距離で私を切なく見つめてきた。
そんな表情が好きで、彼の頬に指を触れると、その手を捕まえた紫苑が手のひらに唇を押し当てた。
「ねえ紫苑」
「うん?」
「もう少し暖かくなったら、ここを出ようか?」
「ああ、俺もそう思っていた。だいぶ二人には世話になったしな」
「ここを出て……どこかでひっそりと一緒に暮らそうか?」
藍花さん夫婦を見ていたら、そんな穏やかな時を過ごしたいと思うようになってしまった。
白霧様からの手紙は一度あった。アースレンのメイアス将軍の更迭や黒苑様を王として疑問視する声が両国で高まっていること。それに拍車をかける形で、白銀国で彼が政治を省みなくなり荒れていることが書かれていた。
紫苑が顔を曇らせて手紙を読んでいたのを見た。だけど、不安そうに見ていた私を抱き締めただけで何も言わなかった。
私は白銀国の王城が彼の居場所で、いつか帰らなければならない所だと思っていた。
でも、今は違う。共に過ごして分かったのは、国を去った時点で、彼の居場所は常に私の元だということ。
絶対に揺らがない強い思いが、彼を動かす力になっているなら、私は傍に居続けようと思った。
何百年でもいい。このヒトの溢れる想いに浸って生きていくのは悪くない。ううん、きっと幸せだ。
「ねえ紫苑、私………ここを出たら、貴方と番って暮らしたい」
「……え」
目を見開き、私の言葉に聞き入る竜の頬を撫でる。
「貴方から『竜の精』をもらうの。それで長く生きて、私も藍花さんみたいに、たくさん子供を産むね。それでいつもワイワイ賑やかで楽し………紫苑?」
目元を赤くした紫苑の瞳が潤んで、頬に添えた私の指を湿らせた。
「紫……んっ」
口を開こうとしたら、噛み付くように塞がれた。私の頭の後ろに手を差し入れ強く抱き締めた紫苑が、震える吐息を乗せて深く口づける。
「ローゼっ……ローゼ……」
息継ぎのように名を呼ばれても、答えられないぐらいにキスをされて、代わりに両手で紫苑の首に抱き付いた。
「ああダメだ、すんごい嬉しい。好きだ、好きだ、ローゼ」
唇が腫れそうなぐらいのキスを落とすと、紫苑はアメジストから透明な雫を、また一つポトリと溢した。
束の間の……




