200年前の番達5
「このチビめ、ちょこまかと」
店の裏口に座り、紫苑は宣言通り子守りをしていた。
店と家との間には小さな庭があって、そこでアオを遊ばせている。
花を摘んだり、石を蹴ったり、虫を探したり、走り回ったり、アオは活発に動き回る。
そして隙を付いて垣根の隙間から外へ這い出ようとする。
それをすかさず捕まえること数十回。散歩に出ても満足せず、また脱走を繰り返し、こちらが追い掛けてくることを楽しんでいる節がある。
親は、どうやってこの子供を制御しているのか。
「観念するがいい」
再び脱走を図ったアオを捕まえ、紫苑はその子の脇を擽った。
途端に身を捩ってキャキャと笑い出すのを見て、その手におもちゃを握らす。振ればカラカラと鳴るのに興味を引かれたアオが手を振って遊び始めた。しばらく脱走することを忘れてくれるだろう。
「フン、それなりには出来るな、子守り。出来るが……」
灰苑とは小さい時から遊んでやったが、大変だった記憶がない。他の者の手助けがあったせいだが、子供の性格にもよるのだろう。
「………29人は、キツイな、うん」
子育ての苦労を考えると、ローゼには無理はさせられない。だが彼女が望むなら、子沢山も悪くない。それに竜の出産は軽い。勿論痛みやリスクは付き物だが、小さな卵を産むのは赤ん坊を産むより身体の負担が少ない。人間であるローゼでも竜族の自分との子は卵で生まれるはずだ。
なんせ『竜の精』により、彼女を変えてしまうのだから。
それを思うと、ローゼに申し訳ない気持ちと同時に歓びを感じることを自覚していた。
これは支配欲だろう。雄竜の性質は番を前にして抗えない。森で彼女に深く口づけたのは、衝動に近かった。
一緒に眠るようになって、その欲は自分を強く苛むが、相反して彼女がとても大事で尊くて、その意思を尊重したいと思う。一筋たりとも傷付けるようなことは絶対にできない。
愛情というものが何なのかは、既に自分は学んでいるのだ。白銀国で彼女の唇の前に足を突き出した時点で。
「紫苑様、アオをありがとうございました」
裏口の戸を開けて、リッケルが顔を出した。客が空いたのだろう。
「ああ、女達はまだ戻らないのか?」
「ええ、ゆっくりですね。心配ですか?」
「まあ、な」
「妻が傍に付いています。人間が相手なら大したことないでしょう。藍花は普段は大人しいですが、竜族の女性ですから怒らせると強くて怖いですよ」
「ああ、身をもって知っている」
ローゼと藍花は、向かいにある温泉に入りに行っているだけだ。近くだが、彼女が連れ去られたことが尾を引き、やはり落ち着かないのは確かだ。
「私も藍花と出会った頃は大変でしたよ」
庭に出て紫苑の隣に立つと、座っておもちゃで遊ぶアオを眺めてリッケルは懐かしんだ。
「200年前、私はアースレンの下級兵士でした。白霧様の侍女だった藍花は、あの方の旅行に付き従ってアースレンに来ていて、街中で偶然出会ったんです。私と視線が合った時、藍花は泣き出しました」
頬を掻いて、はにかむ彼はどこにでもいる平凡な人間の男だ。
「最初の頃は、藍花はずっと私に引っ付いていて離れなくて、私が番として受け入れるまでは……怖いぐらいの執念で追いかけ回されて、アースレンや白銀国では物珍しがられて騒がれて、街中歩くだけで皆集まってきて顔じろじろ見られるし、その内家まで野次馬が来て、辞職して彼女と隠れて住むまでは、それはそれは大変でした」
「そうか……最初の異種間の番は苦労したんだな」
藍花の気持ちが分かるので、紫苑はそう応えるに留めた。
「でも子供に恵まれて、長い時間を過ごすようになると、次第に互いの気持ちの有り様も変わるものです」
「何?」
冷めたのかと聞きそうになって、リッケルの柔らかい表情に言葉を飲み込んだ。
「最初は戸惑いましたが、今では藍花はかけがえのない私の伴侶です。年を重ねるごとに、子が生まれる度に、私は彼女が愛しい。番がどうとか関係ない、私は藍花が藍花だから好きです。妻もきっとそうです。私達は互いに信頼して尊重しあっている。だから今はこんなに穏やかでいられるんです」
「そうか………そうだな」
リッケルが、なぜこんな話をするかなんて分かりきっている。
番だからという理由だけで相手を求めることは間違いだと言いたいのだろう。
人間であるローゼを心配しているのかもしれない。
「余計なお世話だぞ。俺はもう理解しているんだからな」
うるさげに軽く睨むと、リッケルは苦笑してアオを抱き上げた。
「それは失礼しました」
「ローゼは強い人間だ。お前と一緒で………だからきっと、俺の手を離さない。俺も離さない、ずっとだ」
「見守っていますよ、これから先も」




