200年前の番達4
藍花さん達の家は店の裏にあって、一時期子供が多く住んでいた時に増築したとかで、母屋の他に離れの建物があった。
夕食を食べ終わった私と紫苑は、離れを使わせてもらうことになったが、そこはシャワールームなどの水回りと広いスペースの部屋が一つあるだけだった。
「昔は子供達が皆ここで雑魚寝をしてたんですよ。ああ、ベッドはちゃんとありますので、あなた方は雑魚寝をしなくて大丈夫ですよ」
淡いグリーンの壁に白い天井で、古びてはいるが暖かみのある部屋には思い出が詰まっているのだろう。
懐かしそうに目を細めた藍花さんが指差すベッドは、だだっ広い部屋の中央に備え付けられていた。ただし一つだけだ。
「「……………………」」
「食事は母屋にいらして下さいね。お風呂は、うちの店の向かいに温泉がありますからどうぞ。月払いだし、うちの者だと伝えておきますから、いつでも入れますよ。人の目が気になるようでしたら、予約すれば貸し切りで一緒に入れちゃったりするのでオススメします」
藍花さん………変に気を使ってる
「………な、何から何までありがとうございます」
固まる紫苑を他所に、私は彼女に礼を述べた。
「今日はもう遅いし、店を手伝うのは明日でいいですからね。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
藍花さんが部屋を出ていき、私達だけになってしまった。
私は一つだけのベッドを見て考える。
なぜ布団が一組しかないのか?
「あの……紫え」
「ローゼ」
わざと遮るように呼ばれ、彼にガッチリと肩を掴まれた。
「な、何?」
「俺とお前は番……になる予定だ」
「ん……はい」
真剣な眼差しで、彼は私に言い切った。
「だから一つのベッドで一緒に寝ても構わないはずだ」
「ええっと、でも部屋広いから布団もらってきたら」
「一緒に寝たらいい」
「………何もしない?」
「……………………」
意識してるのは私だけなんだろうか?恥ずかしくて反らしていた目を、そうっと彼に向けたら、口許を緩めて赤い顔をした竜がいた。
「何も、しない?」
念押しが必要らしい。
「しな、いや……どうだろう」
深刻そうに考え込み「何もしないって雄として可能なのか?」と呟き、目は反らし気味に聞いてきた。
「………どこまでが何もしないに当たるんだ?」
「あ、私、床で寝るね!」
「え!?」
私に何を言わせる気なのだろう。問いから離脱したら、紫苑が焦りを見せ始めた。
「ローゼを床で寝かせるわけにはいかないだろ!俺が………俺が、その………」
淋しそうな表情に、笑いを噛み殺した。
「いいよ、一緒に眠ろう」
「え」
「ゆっくりでいいって、紫苑言ってくれたもの、ね?」
「う……ああ…理性よ俺に力を」
今度は嬉しそうで残念そうな顔をした。
うん、とても分かりやすいヒトだ。
白銀国で私に足を突き出してキスを強制したヒトは、なんてことは無い、私のことが唯好きなだけの竜だった。
森で野宿をした時とは違う緊張感を覚えて、シャワーを浴びた後、椅子に座って本を読んでいた。ああ、番のことを書いた本しか無い!
続けてシャワーを浴びた紫苑が、遠慮がちに部屋に戻って来た。
急いで浴びて来たのか、動揺していたからか、その銀髪はまだ濡れていて、毛先の滴が、緩くシャツを羽織っただけの肩を湿らせていた。(下はちゃんと履いている)
「体冷やしたらダメじゃない」
慌てて立ち上がって、手を引っ張ってベッドに座らせると、彼の前に屈んでタオルで髪を拭いていたら、緊張感も忘れていた。
拭くことに集中していたら、そっと手首を掴まれて、ふと目を合わせた。
「もう乾いた」
乱れた銀髪の下から覗く紫が、艶めいて私をじっと見つめていてドキリとした。
手首を引かれて、そのままベッドに座らされてしまう。
「もう遅いし………寝よう」
「あ、はい」
「おやすみ」
そのまま背中を向けて横になる彼に、肩透かしを食らった気分になった。
部屋の灯りを消して、釈然としない気持ちで私も彼に背を向けた。
何が釈然としないか……
私は手の甲で口元を押さえた。
私、期待していたんだ。彼に触れられることを。
そう理解すると切なくて淋しくなって、彼の背中を振り返った。
「あ」
すると紫苑は、いつの間にかこちらを向いていて、悪戯を見つかったような、バツの悪そうな顔をした。
私の肩を抱こうとしていたらしく、彼の手が浮いた状態でウロウロしている。
その手をくぐって、向かい合って彼の胸に頭を引っ付けると、ビクリと体を揺らして大袈裟なぐらい動揺していた。
どうするかな、と反応を待っていたら、おずおずと私の背中を抱いて紫苑は長く息を吐いた。
「ローゼ……ローゼリア」
柔らかく背を撫でられ、大事に頭にキスをされた。
私はそれだけで満たされて、くすぐったい気持ちで声を出して小さく笑った。
紫苑がどんな表情をしているか気になって上向くと、とても優しい、でもほんのちょっぴり苦しそうに微笑んでいて、私を腕の中に閉じ込めると安心したように目を閉じた。
私と紫苑は、この夜から毎夜一緒に眠るようになった。




