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捧げる竜4

 

 これは実際にあった話だ。


 ある雄竜に番が見つかった。

 やがて巣籠もりを始めたのだが、その雄竜は生来の独占欲が拍車をかけ、番を巣とした家から一歩も出さなかった。

 寒い時期はそれでも構わなかったが、一年中ずっと閉じ込められた雌は、数年後外へ出たいと訴えだした。


 雄竜は、彼女を誰の目も触れさせたくなくて頑として許さなかった。

 番だから仕方ないといっても、やはり我慢にも限界がある。


 ある日、雄の出掛けている間に雌は外へと飛び出した。

 散歩程度のことで、すぐに巣に戻ったにも関わらず、気付いた雄は烈火の如く怒り、雌の片翼と片脚を食いちぎった。


 もう二度と自由に巣から出て行かないように。


 雌は、決して雄を嫌ったわけではない。それどころか片翼片脚を失っても愛していた。雄も外へと出ない限りは、彼女に優しかった。


 長い長い年月巣に閉じ込められ、ひたすら雄竜から愛された雌は………


「ある日自分で死を選んだ」

「そんな………」


 白霧様の話に衝撃を受け、言葉が出ない。黒苑様が私の足の腱を切るようなことを言っていたのを思い起こし戦慄した。


「雄は嘆き狂って、遥か遠くの火山の火口に身を投げたそうだ」


 前を歩いていた紫苑が、私達の方へと向いた。


「なぜそのような話をローゼにする?」


 睨む彼を受け流して、淡々と白霧様は話した。


「番というのは、いわば幸運であり最大の不幸。愛されることは保証されても、その直後から相手を選ぶ自由は失われる。例え相手がどのような者でも愛し続ける呪いに等しい。竜族同士でも一歩誤れば、不幸になるのじゃ。人間であるローゼには配慮が必要じゃ。人は人でなければ生きていけぬ。竜族にはなりえない」


「俺はローゼを不幸にはしない」

「独り善がりでなければよいがの」

「っ、その話の中の竜にはならない」

「竜族も人間も愛情だけでは生きられぬ。心身の自由と個人の尊厳なくして幸福にはなれないのじゃ。番だからと、相手の全てを奪っていいわけではない」


 動揺を瞳に出して、紫苑は言葉を詰まらせた。


「母様、やっぱりかっこいい」


 灰苑様は、白霧様を尊敬の眼差しで見ている。私も同感だし、まだまだ番のことをよく分かっていなかったみたいだ。


 でも、紫苑のことは割と分かったつもりだ。


「白霧様、紫苑はきっとそんなことしませんよ。話の竜のようなヒトなら、私は彼と一緒にはいないし選んだりしない」

「ほう……だが人間のそなたには、雄竜の心情など理解できまい。人の常識の範疇に収まるような生易しいものではないぞ」


 試すように唇を上げて私を見る白霧様に、首を傾げる。


「でもあの紫苑ですよ?」

「まあ紫苑じゃな」

「もし片足食われそうになったら、その前にこっちが噛みついてやりますよ」


 紫苑が小さく息を呑み、怯えた顔をした……ん?嬉しそうなのか?


「あー、ローゼは前科があるからね!」


 灰苑様は以前の、紫苑の足噛み噛みを知っているらしい。ぶふっ!と吹き出して笑い出したが、ムッとした紫苑に頬を引っ張られていた。


 日は暮れて用意したランタン一つを点けていて、そうこうしている内に、目的の山の麓に出たらしい。右と左に道が分かれて続いている。


「白霧様、話して下さってありがとうございました。すごく為になりました」

「そうかローゼ。紫苑に油断は禁物じゃぞ……同性としてそなたの幸せを願っておる」


 そう言うと、白霧様は紫苑を鋭く見やった。


「妾は、今後妾やそなたを支持する者達と連携を密にして、黒苑の足元を掬う手筈を整える。紫苑、そなたは王座を取り戻すのじゃ」


 険しい顔をした彼は、同意も否定もしない。

 私は、紫苑にはいつか白銀国に帰って本来在るべき場所にいて欲しいと思っている。

 けれど彼の気持ちを考えたら、私が容易に口出しできることじゃないとも思っている。

 だから二人のやり取りを黙って見守っていた。


「分かっているはずじゃ、ローゼを求める黒苑が王であり続けるなら、今回のようなことがまた起こりうる。いつかは決着をつけねばならぬこと」

「ああ、分かって……いる」

「機を、伺うのじゃ」

「…………」


 灰苑様の持つ灯りの下で、紫苑の伏せ気味の睫毛が陰を作っている。もう彼にとって、黒苑様は気の知れた弟じゃない。いずれ戦うかもしれない相手なんだ。


 彼は優しい竜だから、どんなに苦しいだろう。


 連絡したい時は、私達がこれから向かう支援者に協力を要請することにし、ここで二人と一時別れることとなった。


 灰苑様と最後にぎゅっと抱き合ってから(背後で強烈な妬みの視線を浴びながら)距離を取ると、木々の少ない場所で服を脱いで竜となった二人が左の道に沿うように飛び立つのを見送る。


 夜空の星達に吸い込まれて二人は次第に見えなくなった。


「………行っちゃった、あ?!」


 淋しい気持ちで呟いて、後ろにいる紫苑の方へと振り返ろうとしたら足に腕が巻き付いて、危うくひっくり返りそうになった。


「ローゼ……ローゼ……うああローゼ」

「ど、どうしたの?!」


 膝を付いた紫苑が、足にしがみついたまま私を見上げて譫言のように名を呼ぶ。


 今まで耐えていたものが溢れたように、紫の輝きに激しい感情が浮かんでいる。


「色々………色々だ。ローゼリアの花とか、話の中の竜にはならないと俺を信じてくれたこと。ああその前のキ、キ、キ…とか、あいつらがいるから、俺はお前に飛び掛かりそうになるのを必死で抑えて……」

「え?」


「ああ、まず誓おう。俺はローゼの足を食ったりしない!例えお前に噛みつかれようが……ホントは噛み付いて欲しかろうが、俺はローゼの自由を奪いはしない!」

「え!噛み付いて欲しかったの?」

「は、ち、違あああ」










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