捧げる竜3
足元の鞄に紫苑が視線を下ろし、再び私を見つめる。
「………知って?」
「うん。花屋にいたのを見てた」
「………………」
彼が戸惑った顔で、鞄から包みを取り出し慎重に開いたが、青い花弁は茶色にくすみ、潤いは失われ全体的にパサパサに干からびていた。
「こんなのあげられない」
残念そうに言って、花を再び包んで隠そうとするので、両手を差し出した。
「私は枯れた花がいいの、ね?」
「しかし……」
「それでないと嫌だ」
「…………………」
茎を持ち花びらが落ちないように、そうっとローゼリアの花を私の手に渡す彼は少し悲しげだった。
「ありがとう」
このヒトの気持ちを受け取りたくて花をねだったのに、手にした死んだ花を見つめていたら、涙が込み上げてきた。
「ろ、ローゼ、やっぱり新しい花を用意する」
「違うの、凄く嬉しくて……」
花を胸に抱くと、パラッと花びらが一つ落ちた。
泣いてしまった私に驚いたらしく、両手を意味無く上げ下げしている彼の胸に頭をくっ付けた。
「こんなに心のこもった贈り物、初めてよ。ありがとう」
「ローゼ………」
安堵と喜びに深く息をつき、紫苑の手が私の背中に触れた。
「そこまでじゃ!」
鋭い制止と共に、白霧様が私を紫苑から引き剥がした。
「ば、ババア!何をする!」
「誰がババアだ!」
スカッと手で空を掻き、紫苑が一気に不機嫌さを纏う。
「妾達の前でイチャつくでない。身の置き所に困るであろうが」
「母様、僕は平気だよ」
私を腕に囲ったままの白霧様の横から、灰苑様が困ったように言う。
「でも兄様、そろそろここを離れよう。城からかなり距離は取っているけれど、同じ所にいるのは危険だよ。もっと遠くに行こう」
「…………確かにそうか。ローゼ、背負うぞ」
「ううん、子供じゃないし元気だから」
お断りを入れると、渋々鞄を肩に担ぎ、紫苑は私の手を引くと歩き出した。
「妾に付いてこい。途中まで共に参ろう」
先導する白霧様は、鬱蒼とした木々の間をどんどん進む。
彼女の斜め後ろを灰苑様が付いて歩き、そのまた後ろを私達が行く。
「どこに行く気だ?」
膝まである草を倒しながら進むと、更に森の奥へと向かっているのか木々や草の密集度が増していった。
紫苑が問うと、白霧様は後ろを見ずに答えた。
「まあ妾に任せろ。何百年と生きておるとツテはいくらかはできるのじゃ。この先で小高い山の麓に出るから、そこから二手に分かれよう。全員で行動すると目立つからのう」
「ツテ?」
長寿の竜の言葉に興味を引かれて聞けば、悪戯っぽい笑顔で彼女が振り向いた。
「妾と灰苑は、しばらく愛人宅に隠れようぞ」
「あ、愛人!?むぐ」
つい大きな声を出したら、特段驚いていない紫苑が私の唇を手で塞いだ。そしてやはり指で撫でた。
「大きな声を出すな、ああ柔けえ……俺はこの唇に……キ、キ」
「お前こそ黙れ。ああ、妾の愛人だった雌竜じゃ。気立ての良い女でのう、妾が赤明に嫁いでからも文のやり取りはしておったのじゃ。しばらく会っていなかったからな、さぞ喜ぶであろう。ちなみにその女との関係は妾だけの秘密じゃ。黒苑でも探せまいよ」
「灰苑様、あの……一緒でいいんですか?」
リアルな新世界に、私が灰苑様の心境を気遣おうとしたら、少年は「平気だよ。母様の愛人って、どんなヒトかなあ、美人なんだろうな楽しみだよ」とあっけらかんと言った。
さすがだ!
「そなた達には、他のツテを紹介してやろう。そこでしばらく身を隠せば良い。ああ、愛人ではないぞ。一時期は話題をかっさらった者達だが、今は隠れて住んでおる。妾の名を出せば分かるだろうし、そなた達なら、きっと受け入れてくれるだろうよ」
「………なるほど」
紫苑は教えてくれなかったが、何となく心当たりがあるようだった。
ブラウスの胸ポケットから顔を出す僅かな青さの花を見て、嬉しそうだ。
「まあ受け入れてくれなかったら、どこかで籠れる巣を作るし」
呟く紫苑に、白霧様は柳眉をしかめた。
「よし、その道を真っ直ぐ行け」
しばらくして細い道に出て灰苑様と紫苑を無理矢理先にすると、彼女は隣に並んで私をじっと覗き込んだ。
「ローゼ、あの本は読んだか?」
「あ、はい。とても役立ちました。ありがとうございました」
鞄に入っていた番についての本のことだと察して礼を述べた私に、彼女は「そうか」と神妙に頷いた。
「そなたは人間だからのう、竜族の雄の番なんぞだと苦労すると思う」
「はい」
「しかも、あの馬鹿竜は籠りたがっておるようだから」
「誰が馬鹿竜だ!」
しっかり耳を澄ましていたらしい紫苑が振り返った。
「黙れ、そなただ!」
「バ…」
「紫苑、うるさい」
「う」
話が進まないし、白霧様の話は今までも大変勉強になったのでしっかり聞いておかないと。
「妾が、番と籠った場合の雄竜の恐ろしさを教えてやろう。覚悟もないままでは籠ったりした時、ローゼが哀れじゃからの!」
紫苑に聞こえよがしに話すのは、彼への忠告でもあるのだろう。
「………愛され過ぎると死ぬこともあるのじゃ」




