捧げる竜2
「あー、そろそろ良いかのう」
「か、母様、邪魔しては」
「なんじゃ、そう言って最後まで覗き見て楽しむ気か。そなたには早いぞ」
「最後までって、どこまでのことかな母様」
…………声が、聴こえる。
恐る恐る横を見ると、数メートル先の低木の葉の間から灰苑様と白霧様がそろって、こちらをニヤニヤしながら覗いていた。
「うにゃあ!」
猫みたいな悲鳴を上げて羞恥で慌てふためく私を、うっとりと抱き締める全裸の男。
「ああ夢なら覚めるな………長かった、こんな日をずっと待っていた、あっ」
両手で突っぱねて、物足りなさそうに手を空振らせる彼から逃れる。
「し、し、白霧様、灰苑様、無事だったんですね!よかった」
「ああ………ふふふ。おかげで良いものが見れた」
誤魔化すような私を、生温かい目で見ながら二人が茂みから出て来た。
「すまぬが服を借りたぞ」
「兄様、服ありがとう。兄様も着たら?」
「………そういえばいたような」
「うん、ずっといたから。これは夢じゃないから」
「……………夢じゃない、のか?」
気まずそうに笑う灰苑様に、愕然とする紫苑は、目を合わさずに赤い顔をあさっての方向へと向けた。本当に夢だと思っていたのか。
私の服を着た白霧様は、町娘のような淡い紫のワンピース姿で、黒い服ばかり着ているのを見ていたから新鮮な印象で可愛らしい。
灰苑様は、袖と裾を巻いてダボダボで、本当は腰下丈の上衣が膝下丈になっている。なんだこの可愛い親子。姉と弟みたいだ。
「服あったんですか?」
「ああ、荷物をここに隠していたんだそうだ。竜化して脱出したはいいが裸ではちと不自由だからの、助かったぞ」
そう言うと、手にした私達の荷物から着替えを出すと、紫苑に投げて寄越した。
「かれこれ一時間、そなたの尻を見るのも、いい加減飽きたぞ。さっさと着替えてまいれ!」
一時間も裸で、気を失った私に縋り付いていたのか。服を着る余裕もないほどに。
白霧様に「見んな!邪魔するな!」と威嚇する紫苑を、何とも言えない微妙な気持ちで見ていたら、私の視線に気付いた彼は急に恥じらいを見せ、すっと前を隠して着替えを持って草むらへと消えた。
「私も着替えて来ます」
さすがにウェディングドレスのままじゃ歩けない。
荷物から白ブラウスと濃いブルーのスカートを選ぶと、紫苑が消えた草むらから離れた場所で隠れて着替えた。
あれ?紫苑って既に裸なんだから、隠れて着替えなくても良かったんじゃないかな。
脱ぎ去ったドレスは匂いの痕跡を隠す為に、近くの沼に石の重しを付けて、無事着替え終えた紫苑が投げ入れた。
抵抗するかのように水面に揺れていた白は、水を含むとゆっくりと沈んでいった。
見ていたら、黒苑様のことを思い出し胸が痛んだ。
もしあのヒトを受け入れていたら、周りのヒト達まで巻き込むこともなかっただろうに。
「気に病むことはない、ローゼ」
「うん」
番の私が去ったなら、黒苑様も狂うのだろうか。あんなに物静かで温厚そうだったあのヒトを、私が変えてしまうのだろうか。
同じように沈痛な面持ちで水面を見ていた紫苑が、私の表情を見ると片手で私の頭を抱き寄せた。
「実の弟が、どんなに嘆いて苦しんでも、こればかりはどうしようもない………死んでも渡せないんだから。二人も番がいたら、どちらかは苦しむのは必然だ。あいつの気持ちは痛いほど分かるし、立場が違えばあいつは俺だったかもしれない」
私は、紫苑じゃなきゃ嫌だ。
そう言いたいが、恥ずかしくて言えない。
今日1日いろいろと、結構私勇気出したと思うんだ。もう限界みたい。
悶々としている私をよそに、紫苑はしみじみと語る。白銀国にいた時の反抗期は何だったのか?あ、でもあれは私の態度のせいもあるのかな。いやいや、最初に仕掛けたのは紫苑だし………
「………でも、ローゼは俺を選んでくれた。だから俺は救われた」
安心したように軽く自分の唇を噛んだ彼を見て、先程の私に縋っていた不安と怯えでいっぱいの紫苑を思い出した。
私がいなくなれば、このヒトは苦しむ。そんなのは絶対に嫌だ。
少し前の、記憶が曖昧だった私は、二人から離れたほうが彼らの為だとも思っていた。でも二人ともが苦しむなら、せめて紫苑の傍にいて彼に笑っていて欲しい。
自分にできることがあるとするならば、このヒトの手を離しちゃいけない、それだけ。それしかできない。
「ローゼ?」
無言で彼を見ていたら、抱き寄せていた私の頭を照れ臭そうに放した。
「ウェディングドレスぐらい……もっといいのを用意するし、そういえば俺との式のドレスは作りかけだったような……やっぱりローゼは真っ白よりも金がかったドレスの方が黒髪に……」
私がドレスのことを考えていると思ったらしい。ぶつぶつと未来予想図を語りだした。
ちなみに今の紫苑は、下衣はグレーで、薄グリーンの上衣を着ている。
きっと何でも似合うんだろうな……って違う!
服の話じゃない。それに紫苑の傍にいたいのは、私がそうしたいからだ。私が望んでいるのだと伝えるには、どうしたらいいだろう。
「ねえ紫苑」
「あー、新居はどの辺りに」
「気が早すぎるから。それより欲しいものがあるんだけど……」
「何だ?」
鞄から着替えを出す時に見た、ハンカチに大事に包まれていた物。きっと渡したいのに、時間が経っているから渡しにくいんだろう。
「ローゼリアの花が欲しい。それも枯れた花が」




