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番を知る人間2

反撃からの自爆

 

「『番が傍にいると心拍数が上昇し、頭がフワフワして、目は番ばかりを追ってしまう。幸福感が増し、刹那的な悦楽を欲する』って本当?」


「あ…うああ……」


「ええっと……『触れたくてたまらなくなるとか、逆に触られるとそれだけで嬉しくてたまらなくなる』は?」


「………そ、そんなわけないだろ。さ、触られただけでとかキスされたら死にそうなくらい嬉しいとか、ガキじゃあるまいし。俺は100年以上生きてるんだぞ」


 紫苑がアワアワしながら、思い出したように、自分の頬を触った。


「ローゼが頬にキスとか……キス、キス……」


 トロリと溶けそうなぐらい嬉しそうな表情で否定されても信じられない。


「それじゃあこれは?『番に対する強い渇望は、子孫を残したいという竜族の本能と直結しており、性的な……欲望とも言える』って……」

「…………………………」

「…………………………」


 片手で顔を隠した紫苑が、足だけでなく全ての動きを止めた。彼は、部屋に一歩入った状態で、私の命じた通りに止まっている。ちなみに運んで来てくれた食事は私が受け取り、テーブルに置いている。


 これはまずかったかも。

 目元は見えないが、紫苑の形の良い唇から、時折苦しそうな吐息が漏れている。


「………あー、次の質問ですが」


 答えさせてはダメな、いや、危険な気がして質問を変えようとページを捲る。


「……毎度毎度……いつも負けてばかりだと思うな」


 いきなり隠していた手を下ろし、ぶつぶつと呟いていた紫苑が挑むように私を見た。そして、ズカズカと私に歩み寄って来る。


「と、止まって」


 ベッドの上で座っていた私は、驚いて後ろに下がろうとした。

 構わずベッドに膝を乗っけた紫苑が、後退る私を挟むように両手を付いた。

 そして、私が持っている本をギロッと睨むと「あのババア……」と悪態をつき、本を奪って後ろへ放り投げた。


「あ!本が……」


 拾おうと(逃げようと)思ったが、紫苑が手足で私を囲んでいて更に次第に覆い被さるようにしてくるので、動けなくなってしまった。

 美しいアメジストの輝きが凄く近くて、うっかり見惚れてしまった。


「先程の質問、あの本の内容は全て正しい。なぜならあれを書いた奴は番持ちの竜族だからな」

「知ってるの?」

「あの本は、竜族の女の間で人気だ。俺も侍女達に勧められて読まされた………だが、ローゼいいのか?」

「な、何が?」


 微かに息を弾ませた紫苑が、私を至近距離で見つめる。


「俺は、今の質問を肯定した」

「あ…はい」

「…………俺は忍耐強く理性的な男だと自負している。だが、番を前にして、俺がどれほどの精神力で本能を抑え込んでいるか……分かるか?」


 雲行きが怪しくなってきた。


 顔を反らそうとしたら、益々紫苑の顔が近付いた。どうした、いつになく押してくるな。


「ローゼ。お前が熱や怪我をするたびに、俺は思うことがあるのだが」

「あ!」


 首筋の匂いを、紫苑が鼻を近付けて嗅いだ。

 触れるか触れない距離に、心拍数が上昇して……ん、上昇?


「はふ、良い匂いくらくらする………早く俺と番えば、熱なんて出さなくなる。俺の、俺の………竜の……その、あれだ…」


 さすがに口に出せなかったようだ。顔を真っ赤にして「ぐ、ここまでが精一杯か」と呟いている。


「………紫苑、貴方……草食竜じゃなかったの?」

「ふ、ふん、俺は雑食だ。場合によっては、肉食にもなる」


 プルプルと緊張で震えている手で私の顎を掴み、彼は目を細めた。


「な、なにを」

「はあ……く、う……」


 私の唇を見ながら、ぎこちなく彼の顔が斜めな角度で近付く。


 キスされる!と思わず目を瞑ったが、きたい……予想した感触は唇には降ってこなかった。


「…………し、えん?」

「う………はあはあ………ああ!ダメだ!お前が尊すぎてできない!」


 叫んだ彼は、私の頭を抱くと、代わりのように頬にキスをした。


「これが限界だあうああ…ダメだダメだ!あー穢せない俺なんかに穢せない尊すぎすきすぎ」


 私を抱き締めて呻く彼に呆気に取られていたが、一つ分かったことがある。


 もしかして紫苑って「めっちゃ安全」なのでは?


「紫苑、聞こうと思っていたんだけど」

「うう……何?」

「あの時、私に足にキスさせようとしたのは自分の気持ちを確かめる為だったのよね?」

「あ、ああ」


 私の肩に顔を臥せた紫苑は、加減が分かってきたのか私を柔らかく抱き締めている。その拙い両腕の優しさが嬉しい。


「それでどうだったの、自分の気持ち。どんな風に感じたの?」

「あんなことさせようとした自分を殺したいと思った。自分が屈辱を受けているように感じて、心が痛くて……だからローゼが噛み付いて当然だし、良かったとさえ思った。それで俺は、ローゼがやっぱり、す、好きだと心底分かって……番だからだけじゃない。俺はローゼが」


 懸命に告白してくれた彼の胸に手のひらを当ててみた。人間と変わらない心臓の拍動が、私の手に強く響いてくる。

 やっぱり私だけじゃなく、彼も……


「ふふ、ドキドキしてる」

「もう、その、ほんと勘弁……」


 なんて可愛い竜だろう。


 小さく声を出して笑い、紫苑の銀髪を指で漉くと、彼は気持ち良さそうに私を抱き締めたまま長い時間じっとしていた。


 その後、落ち込んだようにポツリと言っていた。


「………………俺はこんなことでお前と番えるのだろうか。番ったら心臓が限界突破して死ぬかもしれない。そしたらローゼは、『竜殺し』の名を欲しいままに……」





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