第25話 勇者、最強の騎士を日本に誘う
ついに……その日が、来た。今夜、俺と姉さんは日本へ帰る。
人目を避けるため、帰還は午後十時になった。
荷造りはほぼ終わっている。騎士たちへの挨拶も。
みんな、「見送りには行くからな」と言ってくれた。
来たときは、スマホ以外何も持っていなかった。だが、今は大きなバッグに荷物を詰めている。支給された騎士服に、ボロボロの勇者のマント。俺の宝物だ。
みんなからもらった記念品などもある。
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大広間に着いたとき、姉さんはまだ来ていなかった。
見送りの人たちは大勢来てくれている。
騎士たちに最後の挨拶をして、一人ひとりと別れを惜しんだ。
いつの間にか姉さんたちも来ていた。
見送りの人たちとの挨拶を済ませ、最後にレオンの前に立ち、その手を取っている。
レオンが姉さんを抱き寄せ、キスをする。もう周りなど見えていないようだ。
「……さようなら」
その言葉を絞り出して、姉さんがこちらに歩いてこようとしている。だが……。
「サーヤ……」
レオンが姉さんの手首を掴んだ。声が震えている。
「離れたくない……!」
レオンの叫びが大広間に響く。金の瞳が涙に濡れている。
(やっぱり、そうなったか……)
レオンも、最初は見送るつもりでいたらしい。だが、土壇場で耐えられなくなったのかもしれない。
姉さんは、固まっている。残ることはできない。それでも、レオンの手を振りほどくこともできないのだろう。
レオンのほうは、どれほどの覚悟があるのだろう?
「レオンさん」
俺がそれを確かめる。
「姉さんは、俺にとっても大事な人なんです」
「……知っている」
「だから、置いていくことはできません」
「……ああ」
レオンは、理解している。だから、姉さんに残れとは言わない。それでも、自分を選んでほしいと思っている。
「でも、だからこそ……、レオンさんの気持ちもわかるんです」
レオンが、顔を上げた。
「離れたくないなら……日本に来ませんか?」
俺の言葉に大広間の空気が凍りついた。
自分でも無茶苦茶を言っている自覚はある。
だが、二人が離れずにいるには、それしかない。
「……俺が?」
「はい」
ただ、簡単なことではない。
「騎士の仕事はありません。でも……それでもいいなら」
常識で考えれば、あり得ない提案だろう。だが……。
「『日本』に……俺の居場所はあるか?」
レオンは乗り気だ。
「作ります。俺が。……何を使ってでも」
たぶん、俺の力だけではどうにもできない。父さんの力を借りることになる。それでも、俺が土下座してでも頼み込む。
「ならば……行く」
決断した。
「俺も……『日本』へ」
その瞬間、レオンは、最強の騎士から、ただ一人の女性を愛する男になった。
沈黙が流れる。人は大勢いるのに、誰も言葉を発しない。
やがて、ざわめきが波のように広がっていった。
当然だろう。公爵家の子息が……この国を捨てて異界の国へ行くと言っている。何もかも捨てて、ただ一人の女のために。
だが……。
「それは認められぬ!」
レオンの父である国務大臣がその望みを断ち切った。
「お前には、公爵家の者としての義務がある」
それでもレオンは引かない。
「俺は跡継ぎではありません。兄上にはすでにご子息もいる。俺が残る理由はない」
「お前は『理由』で残る存在ではない!」
不毛なやり取りが続いた。
そのとき……。
「……レオンさん」
姉さんが静かに口を開いた。不思議なほど、声は落ち着いていた。
「お父様の言うとおりです」
「サーヤ……?」
姉さんが瘴気に侵されたときはレオンが助けてくれた。でも、日本の何かがレオンにとって「毒」だったら……? 姉さんが助けられる可能性は低い。そう言って、レオンを諦めさせようとしている。
「……お別れしましょう」
そう言った姉さんの声は静かだった。
別れも愛のひとつだと――そういう歌があったな。
だが……。
「絶対に嫌だ!」
レオンが叫ぶ。
「駄々でも何でもこねる。見苦しくてもいい。君と離れるくらいなら、全部捨てる」
レオンは取り繕うことすらしない。なりふり構わず駄々をこねる。言っていることは、まるで子どもだ。
これまでも、姉さんにだけは、こんな子どものような顔を見せてきたのだろう。
姉さんが、レオンの頭を引き寄せて、耳元で何かを囁いている。きっと、なだめているのだろう。
姉さんの言葉が聞こえた。
「あなたは、『ルーキスの太陽』でしょう? ここにいるときが、一番輝く人です」
「……サーヤのいない場所で輝いて、何になる!?」
レオンが叫ぶ。
「君を失うこと以上の不幸など、ない!」
(あれは……説得できないな)
レオンにとって、大切なのは姉さんだけだ。姉さん以外のことはどうでもいいのだろう。
身分も、地位も、財産も、何もかも合わせても、姉さん一人分の価値がない。
(そこまで想っているのか……)
あの無愛想で女嫌いと言われていた男が、ここまで変わるものなのか……。
俺は感動すら覚えた。
それでも、姉さんを置いていくことは……できない。姉さんも、それは望んでいない。
姉さんが、大臣を見た。
「お前が魔法陣に入っている限り、起動はさせぬ」
「そんな!」
大臣が強権を発動した。それに逆らえる者はいない。たとえ、息子であっても。
レオンと大臣が睨み合う。
そのとき……
「あの……二年だけ、いただけませんか?」
場違いなほど冷静な声が大広間に響いた。




