行きましょう、アンダーソンへ
「作戦の決行予定が明日に決まった? もう?」
翌日、レイチェルからその第一報を聞かされた正博は、あまりに急な展開に開いた口が塞がらなかった。
「な、何か早過ぎない? まだ訓練もろくに終えてないのに」
「やっぱり、そう思いますよね……。ちなみにこれ、本日中にトレーニングミッションが全て終わらなくても、予定に変更は一切ないそうです」
「うっわ何それ、滅茶苦茶やん」
ドン引きする正博に、レイチェルは心から申し訳なさそうに委縮する。
「本当にごめんなさい。以前にも、予定が急遽前倒しになることはあったのですが、今回のは特にひどいです。弁解のしようもありません……」
自身の過失であるかのように自責するレイチェルを見ていられなかった正博は、憤るのも忘れて「き、君も大変だね……」と彼女を慰める。
「と、とりあえず、訓練がどうも遅れ気味っぽいのは、どう考えても僕に原因があるんだろうから、それはまあ仕方ないとして――」
「ま、正博さんには何の非もありませんッ!」
「いいっていいって。……とまあ、僕のことはともかく、君自身はこの采配に納得してるの、レイチェル?」
「わたし、ですか?」
ほけっとしているレイチェルに、正博は頷く。
「愚図な僕なんかと組むことになったせいで、ともすれば準備不十分のまま危険な目に遭うかもしれないわけじゃない? 何でわたしがこんな目に、とか思わないの?」
「わ、わたしは正博さんのことを愚図だなんてこれっぽっちも思いません。それに、正博さんがこんな憂き目を見ている時に、レプリノイドのわたしのことなんて二の次というか、そんなことどうでもいいというか――」
「どうでもよくないよ」
尻すぼみになっていくレイチェルの言葉に被せるように、正博は真剣な面持ちでずばりと言い切った。
「君はいつも僕のことを第一に考えてくれるけど、君自身のことも、もっと大切に扱って欲しい。僕は、君にも辛い目に遭って欲しくないと思ってる」
「正博さん……」
自身に降りかかった災難を嘆くよりも、まずはパートナーの気持ちを慮ってくれる正博に、感極まった様子のレイチェルは両の瞳を潤ませる。
「……どうして、あなたはそんなに優しいのですか?」
「別に優しくなんかないよ。今言ったことは嘘偽りのない僕の本音だけど、結局のところは全部自分のためだもん」
「自分のため、ですか?」
「うん、そう」
どこか情けなさそうに、こめかみの辺りをぽりぽりと人差し指で掻きながら、正博は弛緩した笑みを浮かべる。
「自慢じゃないけど、これまでの人生で、僕のことをこんなに親身になって心配してくれた人なんていなかったからさ。そんな稀有な存在である君を蔑ろになんて僕にはできないし、むしろこれからも末永くよろしくねって、こっちから頭を下げてお願いしたいくらいだよ」
「そ、そんな、恐れ多いです……」
顔を赤くして俯いてしまうレイチェルをにまにまと眺めていた正博は、ふと気になったことを彼女に尋ねてみた。
「レイチェルはさ、次の作戦が終わった後、どうするつもりなの? 何か予定とか決まってたりする?」
「後のこと、ですか?」
寝耳に水といった様子で、レイチェルは暫し押し黙ってしまう。
「……考えたこともなかったです。地球が解放されれば、本物のアルバート博士を始めとしたコールドスリープ中の人類の方々が目覚めることになるでしょうし……彼らに諸々引き継いだら、わたしたちレプリノイドはお役御免になるのではないでしょうか」
「いやいや、そんな悲しいこと言わないでよ。――でもまあ、その調子だと、特にこれといった予定はなさそうだね」
正博は何かを決心した様子で幾度か頷くと、真面目な顔になってレイチェルに向き直る。
「……あ、あのさ、レイチェル。明日の作戦から生きて帰れて、もし、その後に行く当てがないのなら……その時は、僕と一緒に来ない?」
「わたしが、正博さんと……?」
「う、うん。も、もちろん、君が嫌じゃなければだけど……」
若干しどろもどろになりながら固唾を呑む正博に対し、レイチェルは矢庭に伏し目がちになり、その表情は見る見る暗く沈み込んでいってしまう。
「あ、あの……レイチェル、さん?」
「……そう、ですね……とても、魅力的なお話だと思います」
弱々しく顔を上げたレイチェルは、無理矢理作ったような笑顔ではにかんで見せると、
「そのためにも、明日は何としても生き残らないと、ですね!」
「う、うん。そうだ、ね……?」
レイチェルの反応の落差に明確な違和感を抱く正博だったが、その件についてこれ以上彼女に追究することは、何となく憚られてできなかった。
なお、最終的にその日の訓練は、正博の予想外の健闘もあり、残りの中級ミッションは全てクリア、当初達成が絶望視されていた上級も半分近くこなすというまずまずな結果で幕を閉じることとなった。
※
「ふおおおお! 会いたかったよ、ヴァームラウス!」
明くる日、出撃に向け格納庫を訪れた正博は、残る最後の一機となったHSを見上げながら興奮した様子で雄叫びを上げた。
山吹色に近いオレンジを基調とした機体色のボディには、所々にいくつも黒いラインが入っており、どことなく建設現場の重機、あるいは虎を思わせる。
弧を描く青いバイザーを始め、湾曲したチークガードや丸みを帯びたショルダーアーマーなど、全体的に曲線の多いデザインとなっている反面、足裏やニーアーマーなどに取り付けられたスパイクや、スパイラルカノンの先端に装填されたドリル状の弾頭が、対照的な刺々しい印象も持たせていた。
「格納庫も、すっかり寂しくなりましたね……」
昇降リフトを操作しながら、レイチェルがしんみりと呟く。その儚げな横顔で我に返った正博は、彼女の心中を察し、慌てて浮ついた気分を自重する。
(ここにあった機体だけじゃない。お姉さんたちや、前の候補者の二人……考えてみればレイチェル以外、みんないなくなっちゃったんだよね)
今になってようやく、正博はレイチェルが抱える孤独に少しだけ触れたような気がした。
「……ごめん、レイチェル。――でも、安心して」
「え?」
何のことか分からず不思議そうに振り向いたレイチェルに、正博は宣言する。
「僕は、君一人残していなくなったりしないから、絶対に」
「正博さん……。ふふ、ありがとうございます。わたしもですよ」
どこまでこちらの想いが伝わったかは不明だが、レイチェルは穏やかに微笑むと、降りてきたばかりのリフトに正博を誘う。
「泣いても笑ってもこれが最後……行きましょう、アンダーソンへ」




