どの道、これが最後の作戦だ
「それでは、シミュレーターを立ち上げる間にアンダーソンやヴァームラウスについての概説を行いますね?」
「よろしくお願いしまっす!」
威勢のいい正博の返事にレイチェルは相好を崩す。
「第三の次元断層、橙陸のアンダーソン――現在の地球を覆っているオレンジ色の封印結界が、これから正博さんとわたしが攻略を目指す最後の障壁となります」
「空、海ときて、今度は陸か……内部はどんな感じになるんだろ?」
「大まかに言うと、地中、という表現になるのですが、そうですね……具体的には、蟻や土竜の巣を思い浮かべていただくのが、一番イメージに近いかもしれません。全体的に迷路のような構造となっていて、光源がないため視界も悪く、その上常に崩落の危険と隣り合わせの閉鎖空間、といったところでしょうか」
「うへー。暗所や閉所恐怖症の人にはトラウマもんだね」
今のところ自分は大丈夫だが、ぶっちゃけ生き埋めは嫌だなと正博は思った。
「他の二機の例に漏れず、陸戦用HSであるヴァームラウスのバリアフィールドもまた、アンダーソンでの活動に特化した調整が施されています。その恩恵により、ヴァームラウスは自由自在に地中を掘り進むことが出来、仮に急な崩落に巻き込まれたとしてもリカバリーが可能な機体となっているのですが――」
「当然、そのバリアも無制限に使えるわけじゃない、と」
「その通りです。アンダーソンの構造上、何も考えずに地中を直進すれば、どこで崩落が起きてもおかしくありません。一回二回程度ならまだしも、立て続けに崩落に巻き込まれるとなると、流石のバリアフィールドも膨大なシステム負荷に見舞われ、直に連続稼働限界を迎えることになるでしょう。道中には敵機も配備されているので、それらの動向にも随時気を配る必要があります」
「なるほどなー」
合ってるかどうかは分からないが、なんとなくパズル要素のあるアクションRPG的なゲームシステムを正博は想像した。不謹慎なので口には出さなかったが、ちょっと面白そうと思ったのは内緒の話だ。
「ヴァームラウスの外観は、今度実際に搭乗する際にご覧になっていただくとして……次は、武装や固有のシステムについて説明します。まず、主兵装となるのが、二挺のレーザーガントマホーク。手斧と銃が一体になった武器で、近接戦闘では斧、中距離戦では銃と使い分けが可能です」
「おー、なんかカッコいい!」
「そして、特徴的なのが、両肩に装備した二門のスパイラルカノン、です。これは、遠距離砲撃の他に削岩も可能な兵装となっていて、ことアンダーソン攻略作戦においては、後者の用途で利用する機会の方が多くなると思われます」
「差し詰め、ドリルを撃ち込む大砲、って解釈でいいのかな?」
「ですね。それで大丈夫だと思います」
レイチェルの解説も大詰めに差し掛かる。
「主に地中を移動することになるため、ヴァームラウスのバックパックからはスラスター機能がオミットされています。代わりに搭載されているのが、ペルシダーモジュールというステルス機構で、これとアンダーソン用に最適化されたバリアフィールドを併用することで、ヴァームラウスは音もなく地中を潜行することが可能です」
「掘削時に発生する音や揺れを振動波で相殺するのか……なんかすごいね」
見るからに重装砲兵タイプの機体だが、地上戦であれば偵察機の役回りもこなせそうだなと正博は素人考えながらに思った。
そうこうしている内に、シミュレーターのコックピットモニターにアンダーソンを模した疑似空間が映し出される。
と言っても。
「……真っ暗だ」
「カメラを暗視モードに切り替えてください。光のない場所では、通常カメラでは何も見えないです」
「おっと、そうだった」
言われた通り、正博が機体のカメラを暗視モードに切り替えると、システムが捉えた近赤外線を変換し、通常時と比較しても遜色のない鮮やかな色彩で視覚情報をモニターに表示させた。
「おお、カラーだ」
てっきり映画やゲームでよく見るような、モノクロや緑の単調な映像になるとばかり思っていた正博は、思わず感動の声を漏らす。
茶褐色の地肌が剥き出しになった洞穴内で、ヴァームラウスは歩一歩と足を踏み出していく。
「わ、歩いた歩いた。はー、なんか意味もなく緊張するー」
「早速初級ミッションを開始しても大丈夫そうですか? 最初のいくつかはチュートリアル的な内容になっているので、特に問題はないと思いますが……もし心配であれば、もう少し操縦感覚に慣れるまで、このまま自由に機体を動かしてもらっても大丈夫ですよ?」
「んー、どうしよっかなー」
暫し逡巡した後、正博はレイチェルの提案を辞退した。
「実戦じゃ、いつどんなことが起きるか分からないわけだし。たとえ今は練習だとしても、ある程度土壇場の状況は意識しておいた方がいいかなって」
「分かりました。そ、それでは、最初のミッションを始めますね」
「ばっちこい! ……さあて、いっちょ行きますか!」
意気揚々とトレーニングに臨む正博だったが――
彼が費やした初日の訓練時間約半日に対し、クリアしたミッション数は、初級ミッション全部、及び中級ミッション数種と、前二人に比べ、あまり振るわない結果と相成った。
※
初日の訓練を終え、充実した様子の正博と小一時間ほど歓談して彼と別れたレイチェルは、自身もリフレッシャーで定期メンテナンスを受けるべく、レプリノイド用の調整ルームに足を向けていた。
「正博君の進捗はどうかね、レイチェル」
「……博士」
目的の部屋に入室直前、不意に背後からアルバートに呼び止められ、レイチェルは重い足取りで声のした方を振り返った。
「……今のところ、特に問題はありません。当初の想定通り、三日もあれば全ての慣熟トレーニングを終え、作戦に従事可能となる見込み、です」
「ふむ……東野姉弟の成績と比較すると、少しばかり芳しくないな」
「あ、あの二人は規格外と言うか、例外的なケースだとわたしは思います。心配せずとも、正博さんは順調に成長していますので、博士は引き続き朗報をお待ちください」
「悪いが、そうも言っておれんのだよ」
レイチェルの提言をアルバートは言下に否定する。
「明後日、アンダーソンの核がラストパラダイス直下点の傍を通過する計算だ。この機を逃すと次がいつになるか分からん。是が非でもこれに間に合わせたい」
「明後日、ですか? 訓練が終わるかどうか、ちょっと、厳しいかもしれないですね……」
難しい顔をするレイチェルに、アルバートはさらりととんでもないことを言い放った。
「最悪、明日中に中級ミッションを全部クリアできればそれでいい。この際、生還率の底上げを目的とした上級は無視しても構わん。どの道、これが最後の作戦だ」
「はい?」
何かの聞き間違えかとレイチェルは我が耳を疑うも、アルバートが己の言葉を訂正することはなく、
「聞こえなかったか? 核の元に辿り着きさえすれば、後はどうとでもなる。その先は、お前が機体を自爆させることで目的を果たせと言っている」
「そんな……」
文字通り特攻を指示してきたアルバートに、いつもは引っ込み思案なレイチェルも流石に食い下がる。
「は、博士は、正博さんの命をなんだと思ってるんです? 端から捨て身の作戦なんて、とても容認できるものじゃありません……!」
「たった一人の命で100億に近い人命が救われるのだ。最早天秤に掛けるまでもないだろう。正博君の尊い犠牲は後世称えられることになる。彼ならきっと、それを望むだろう」
「……人の気持ちに付け込んでおいて、よくもいけしゃあしゃあと」
レイチェルの恨みがましい眼差しを意に介した様子もなく、アルバートは彼女に背を向ける。
「いずれにせよ、明日中に彼が全ミッションをクリアすれば済む話だ。まだ時間はある。なお一層の修練に励むように」
言いたいことだけを告げて去って行くアルバートの背中をじっと睨み付けながら、レイチェルはしばらくの間、ぽつねんと立ち尽くしていた。
(……正博さんに、何て説明すればいいんだろう)
あの善良で純朴な少年をこれ以上欺くような真似、レイチェルにはとても耐えられそうになかった。




