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六之五

 学校に良い思い出は無い。だからと言って、悲しい思い出も辛い思い出もない。

 そもそも頭にわざわざ残る思い出そのものが――無い。

 ただ、行かなければならないから行っただけ。読む教科書と、解く問題。話しかけられれば笑い、違和感を抱かせないようにその場に座っている。

 そうだなあ。ある意味、学校に居るほうがそういう意味では楽だったのかもしれない。

 私という正解はクラスメイトにとっても正解で、皆右に倣えで存在していれば怒られることもない。

 小春はそうやって、とある教室の自分の位置にある知らない椅子に腰かけて、肘をついて思っていた。考えてはいない。思っていただけ。


「学校……随分行ってないなあ」


 行く必要もないから、良いんだけどね! 小春は伸びをして頭を振った。


「こうもしちゃいられません! 早くお店に戻らないと……!」


 えいえい、おー! 一人拳を突き上げて、教室の窓に寄った。けどまさか、そのまま驚いて尻餅をつく羽目になるとは思わなかった。

 だって上から――女の子が降ってきて、その目と目があっちゃったんだから。


「はい!?」


 小春は驚いて窓を開けようとしたが、開かない! 嗚呼そう鍵! 鍵を開けて窓を勢いよく開ける。そのまま下を覗き込んでも――誰もいない。

 ここは……3階? 上から落ちたなら相当な……アレになっているはずだ。でも何もいない……。

 

「ここ、絶対居ちゃだめなトコだ……。とにかく、とにかく校舎からでなくちゃ……」


 震えが肩を揺らす。小春は「葵さん……」と届かない助けを乞いながら、教室から出た。

 外の廊下は右に左に広がっている。とりあえず階段を降りよう。古い校舎なので、おそらく構造自体は単純なはずだ――と思った矢先、右に向かった廊下のその先に、誰かの足がある。

 二つそろえの小さな足。……靴、足首、恐らく女の子――。


「お嬢様。お迎えに上がりました」


 その足がある方から声がした。落ち着いた女の子の声だ。


「お嬢様。今度こそ 共に いきましょう」


 足が、こちら、へ動いた、――――。

 ダメだ。いけないものだ。捕まるわけにはいかない!!

 小春は一目散に逃げだした。何の生存本能が小春を突き動かしているのか。何がこんなにも心を心臓を撫で上げるのか。逃げる最中の冷気さえも辛い。瞳に涙をにじませて、小春はただ無心に階段を目指した。


「お嬢 さまぁ やだ やだやだ…… 鬼ごっこでしょうか あの ひ のように? ふふっ、ふふふ…… ――いいですよ」


 階段の踊り場に、その声の主はいた。

 黒いシャツに、黒い膝までのスカート。そこに象徴的に映る、白かったであろうくすんだエプロンは――見た目だけなら、古風なメイド姿なのに。その笑顔と、その眼付きと、その女の子の背後に昇る月が"怪異"と小春に警告を鳴らす。

 小春は爆発しそうな心臓を押さえつけて、階段の前で急停止に成功した。バクバクとする心臓は、膝をも砕きそうで。


「どうか わたし に つかまって ください。――じゅう きゅう はち なな ろく ……」


 カウントダウン――隠れ鬼? それとも、この人は私に猶予をくれたと言うのだろうか。

 少し迷い、思い切り背中を向けて走り出した。どうしよう――何をすれば、いいのだろう……。







『お嬢様……』


『いいの、もう、何も言わないで』


 あなたは、涙を精一杯我慢した酷い顔でずっと太陽を見ていましたね。

 黄金の向日葵は、そんなあなたを見つめていたいと願いました。


『歌をずっとお前と歌えたら、どんなに幸せだったか。服だってそう、また銀座にお前と買いにいきたい。お前は可愛いから、きっとあの新作だって似合ったはずよ。……お前、私を嫌いになった?』


『いいえ――』


『私、ずっと、学生のままいたい……。何も強制されたくない……!!』


 涙をついには零して、二人でぽろぽろ泣き合ったものです。

 昨日のことでしたか。お嬢様。

 

「おじょう さま ……」


 わたし、待っております。

 柳の木の下で……ずっと……――――。


「……さん に いち ……」


 さあ、探しにまいりませんと。

 だってもうこんなに夕暮れなんですもの。雨が降る前に、お屋敷にカエりませんと。

 怒られて――怒られて――しまいます――から――。



小春には戦闘能力がないので、基本的には怪異に立ち向かえません。

ぴえんおん。

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