鞄
外交部の武者修行の話はこれで終わりです。最後はアニマルールと全く関係のない話ですが、別の問題を見付けてくれます。ベアらしい考え方とたぬきらしい考え方が絶妙にすれ違います。
とあるベアの里の名門から来ているリッチョンには、気になる女の子がいた。最近入ってきたばかりのたぬきの女の子だ。小さなたぬきの中でも小さく、うっかり踏みつぶしてしまいそうだ。そんな女の子だが、誰にでも笑顔で話しかけている。僕のような裕福丸出しにはあまり近寄ってくる奴はいないのだが、いても媚びへつらって何か利益を得ようとする、そんなつまらない奴ばかりだ。
でも、彼女はそんな僕に周りと変わらない挨拶をして接してきた。このあからさまに豪華な鞄が見えないのか!気軽に声を掛けていい相手じゃないと示そうとした時には、もう目の前にはいなかった。他の奴に同じように挨拶をしていた。
彼女の鞄は花柄の布製だ。僕の鞄は革と金だぞ!格が違うというものだ。ちなみにあの花柄は桜と言って、たぬき達には特別な花だそうだ。ちょっと調べた。何だか変に気になるたぬきの女の子だ。誰にでも挨拶する奴だから、毎日の中でも一言、二言交わすこともあった。
「やぁ、たぬこちゃん、今日も元気そうだね。今日もいつもの鞄だね。そんなにお気に入りなのかい?」
「あらリッチョンさん、おはようございます。はい、この花柄はとてもお気に入りなんです!」
違う!別の柄はないのかと皮肉を言っているのだ。今日の僕の鞄は銀細工満載の一級品だぞ!とおもむろに取り出した時には、もう目の前にいなかった。隣の奴と挨拶していた。
「…調子狂うな…。」
講義の内容によって教材の大きさも形も量も違うので、毎日鞄を変えないと入らないことだってある。幸い僕は金持ちで鞄をたくさん持っているから困る事はない。隣の奴は遂に鞄が無くなったのか、二つの鞄に分けて持ってきた。実に醜い。それを鼻で笑って見ていたら、気付いたのか一つ鞄を隠してやがった。全く見苦しい。
そういえばあのたぬきの女の子はいつも同じ花柄の鞄で来るな。同じ柄の鞄を一体いくつ持っているのか?そんなに好きなのか?飽きないのか?不思議になってきた。今日も同じ花柄で形の違う布製の鞄だ。それから毎日毎日、鞄をチェックしていた。なんといつも大きさも形も違う同じ柄の鞄だ。一体いくつ鞄を持っているんだ?ひょっとして、とんでもなくお金持ちのお嬢様なのか?いや、そんな服装には見えないが…。だんだん焦ってきた。実はとんでもなく無礼なことをしてしまってはいないか?
毎日変えていた僕の鞄のレパートリーも、今日で最後だ。もし今日、別の鞄をたぬ子ちゃんが持っていたりしたら…。持ってたよ…遠目に見てもあれは今まで見たことのない鞄だ。というかあんな奇抜で穴だらけな形の鞄、普通作るか?愕然とした。まさかたぬきに負けるとは…。あんまり悔しかったので聞いてみた。
「やぁたぬこちゃん、今日も同じ花柄の新しい鞄だね。君は一体、いくつ鞄を持っているんだい?」
「鞄ですか?持ってませんよ?」
キョトンとしながらたぬこちゃんは答えます。
「でも、ここを離れるまでに一つ欲しいなーと思ってます!」
リッチョンもキョトンとして答えます。
「?いや、その背中に背負っている鞄…。」
「あぁ!これですかぁ?」
たぬこちゃんは背中に背負っていた本を下ろしてその鞄を広げます。
「これは風呂敷と言いまして、たぬきはよく使うんですよ!色々な荷物を包むことが出来て、便利ですよ。包み方にコツがありまして、いつもどうやって包めばいいか考えるのも楽しいんですよ!」
笑顔でたぬこちゃんは楽しそうに説明しています。
「あぁ…あぁ…つまり、今まで全てその布一枚で包んでいただけ…ってこと?」
「はい!」
たぬこちゃんは笑顔で答えて、
「それでは!」
と言うと歩いて行った。
「マジか…俺は今まで一体…。」
その日一日は本当に不機嫌だった。あのたぬきに騙された。俺は今まで一体何に怯えていたというのか‼
家に帰って部屋に並ぶたくさんの鞄を見ながら、彼の怒りは何故か鎮まっていきます。そして呟きます。
「これだけの鞄と同じことを、あの布一枚でこなしていたというのか…。」
リッチョンは不思議な気持ちに包まれていきます。
「どれだけ裕福であっても、彼女に勝つことは出来なかった。それは知恵の前に財が負けたという事ではないのか…。」
今までの彼は富で他を圧倒する、ただそれだけの戦いでした。初めて負けた相手は富ではなかったのです。これが彼の人生観に大きな変化をもたらしていきます。
「彼女がたぬきの里に帰る時に、鞄をプレゼントしようか…でも、あの花柄はオーダーメイドじゃないとないだろうな…フフフ。」
笑えてきた。
たぬこちゃん、やりますね。彼女にその気はないでしょうけど。今回のテーマは財と知恵です。このテーマは永遠に続くだろうと思いますが、ということは両方あるといいなぁ…ない物ねだりだねぇ、両方持っていないからねぇ。