アライメント調整
「最後の仕上げって、なんっスか?」
開いていた運転席の窓から顔を出した七海ちゃんが言った。
あのね、七海ちゃんったら、最初の話を聞いてるでしょ?
アライメント調整だよ。
私が言おうとする前に、沙綾ちゃんが七海ちゃんをヘッドロックしながら
「何言ってんのよ、バカナミっ! アライメント調整しないとって話でしょ」
と怒鳴っていた。
これで、ミッションの作業は完了したから、タイヤを履かせて地面にムーヴを降ろそう。
今回はスタッドレスタイヤへの交換から始まった事件だから、まずはスタッドレスタイヤを履かせないと。
タイヤを見てみると、スタッドレスなのは勿論の事、アルミホイールになってるよ。
今までの夏タイヤやホイールとは大違いの見栄えだよ。
地面にムーヴを降ろすと、私たちはスマホで見た情報を基に色々といじってアライメント取りをはじめたよ。
でもって、なんでこのムーヴはこんなにアライメントが狂ってるんだろうね? やっぱり事故車なのが原因なのかな? と思っていたら、七海ちゃんが
「このムーヴって、ダウンサス入ってるっスよ!」
と言い出したので、私と沙綾ちゃんは驚いてしまった。
あまりベタベタに落ちるタイプの製品でない事と、最初からこの状態のために、特段違和感を感じなかったというのが本音かもしれない。
恐らくいつの持ち主かは分からないけど、ダウンサスに交換しただけで特に調整も無しに乗り回していただけなんだと思う。
そして、よく見るとタイヤハウスのエンジン側に、結構擦った跡が見られるので、タイヤも太いものに換えていたんだと思う。
最後に捨てて行くからという事で、最初に履いていた純正に換えたんだろうね。
みんなで色々調査した結果、このムーヴで自分達がやるとするならば、トーの調整くらいしかできないらしい。
トーとは、その名の通り爪先の事で、トーインならばタイヤの前方向が内側に向いていて、トーアウトなら外側に向いているという事になるんだって。
そう考えると、何となくこのタイヤの状態にも納得のいくものがある。
人で考えれば、内股やガニ股で走っているのと同じで、そういう歩き方の癖がある人の靴底の減り方は結構偏りがあるように、車のタイヤも同じように変な位置だけが減っていく、まさに今のムーヴのような状態になると理解したんだ。
でも、一体どうすればいいのかと思って調べていくと、まず、この手の調整での鉄則は、接地してしっかりG(重力)のかかった状態で調整作業をする事だという事だ。
作業の効率を考えてジャッキアップしてしまうと、実際にタイヤが接地していないために、調整した値が接地した際にズレてしまって、それでは調整した意味が無くなってしまうそうだ。
確かにそうだね。
アライメントって、地面とタイヤ、足回りとの相関関係なのに、肝心の車を宙に浮かせてタイヤと地面との関係を断ってしまったら、それって文字通りの絵に描いた餅になっちゃうよね。
そうなると、作業場所を入れ替えて、半地下作業のできる方にムーヴを移動させた方が良いね。
“キュルルルル……ヒュオオオオオゥ~”
マニュアル車になっても、別にエンジンは今まで通りだから、何が変わっている訳でもないのに、やっぱり目の前にあるものが違うと何もかもが生まれ変わって新しくなったかのような錯覚に陥って、私は凄く新鮮な感じのするムーヴを、隣の作業場所まで動かした。
やっぱり軽の実用車のマニュアルなので、クラッチもシフトレバーも凄く軽くてフィーリングという言葉とは無縁な感じなんだけど、今までのオートマと違って、自分の体の動きとリンクしている感は、感じられるようになってきた。
今ある部車の中で最も不人気で、積極的に使う理由はグラウンドの水撒きと荷物運びに使うくらいだったこの車も、これでその地位を大幅に向上する事ができるような気がするよ。
隣の作業場所に移動させてきたムーヴに、本題であるアライメントの調整をするんだけど、その調整方法自体は、左右のタイヤを繋いでいるタイロッドの左右それぞれの根元にあるナットを回して、長さを調整していく事によってできるらしい。
ただ、その測定方法が問題で、色々な方法があったんだ。
私たちがやったのは、当初はタイヤの前後の中心点をコーヒー缶の高さに合わせてメジャーで測り、その数値のズレを測定して、調整して、再び測っていくというものだったんだけど、なんと、トーを測定するスマホアプリを見つけた娘がいて、後半はそれを併用しながら調整したんだよ。
更に糸を使ったりする方法なども出てきて、私には一体どれでやって良いものかが判断できなかったけど、最終的には3つの合わせ技で測った数値を見た結果、このムーヴはかなりトーアウト状態になっていたようで、恐らくタイヤの編摩耗は異常なトーアウト状態から生まれているものだと判断された。
「そうなると、標準値に戻せば良いですよね?」
沙綾ちゃんが言ったところに
「普通は、それで良いんだけど、恐らくこの車の場合は、心持ちインに入れておいた方が気持ちよく動くと思うよ」
と、背後から声がしたのでそちらを向くと、舞華ちゃん達3年生がやって来ていた。
「どういう事っスか?」
「これだけ~タイヤが編摩耗するほどならば~、他で狂ってるところもあるかもしれないから~ちょっと内に入れておいた方が良くなるって事だよ~」
七海ちゃんの疑問に柚月ちゃんが答えてくれた。
私はそれを聞いて、なるほどと思った。そして、車の奥深さを改めて思い知った。
同じく作られた車でも、乗られ方や、その後の部品交換で、全てに個体差が生じてしまうのだ。
自分はノーマルのまま乗っているので、そんなものは生じ得ないと思っていても、傾斜地に保管している車と、平地に保管している車、そして、同じサイズでも違うブランドのタイヤに履き替えてしまったりすれば、それは既に個体差となるのだ。同じ状態の車など1台として存在しないという事だ。
私は半地下に潜って調整を始め、再び測定してみて、トーを少しイン気味に調整してみた。
このタイロッドの調整は、微妙なナットの動きで変わってくるため、結構慎重に動かしてはいたが、舞華ちゃんが
「まずは、結構ダイナミックに動かしてみても大丈夫だよ」
と言ってきたので、ちょっと大きめに動かしてみた。
すると、上で見ていた悠梨ちゃんが
「おっけ~。こんなもんで大丈夫っしょ!」
と言って手を振ってきたので、舞華ちゃんが
「燈梨。まずは、これでテストしてみよう!」
と言うと、私の手を握って有無を言わさずに地上へと駆け上がっていった。
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