攻防と姿勢
「ええっ!?」
私は、七海ちゃんの突拍子もない提案にすぐには反応できなかった。
舞華ちゃんは苦笑いしながら黙っていたけど『面倒臭いな、それ』というのが表情に浮かんでいたよ。
「だったら、これごと持って行って、部車をマニュアルにしてしまうっス!」
凄く嬉々として言ってくる七海ちゃんを見て、私は思わず言った。
「七海ちゃん。今回の目的は、ドライブシャフトとマフラーの交換だよ。部車をマニュアル化する事じゃないよ」
「いやいや、どうせ使うんだったらマニュアルにした方が良いし、今は特にする作業も無かったはずっス! 1年生を主体に作業を覚えて貰ういい機会っス!」
いや、七海ちゃんの願望が丸出しじゃん!
それに、1年生に作業を覚えて貰うっていうのには賛成だけど、いきなりヘビー級作業をやるってのは、正直どうなんだろうって思うんだよ。
なんとか、やめさせる方向に持っていこうと舞華ちゃんを見ると、彼女はニヤニヤとした笑みを浮かべながら
「まぁ~、ななみんがそこまでやりたいって言うんだったら、ねぇ?」
なんて言い出したよ。
舞華ちゃんは、自分は関係ないからって、かき回して面白くしようとしてるんだ。
こうなったら、頼みの綱はおじさんなんだけど、次の瞬間
「そいつは、どうせ潰すからいいぞぉ。それからいい事教えてやると、それとエッセのミッションは共通だから、スペアパーツになる」
なんて言い出した。
どうやら、エッセとムーヴのマニュアルは、ミッションのケースが共通なため、そのまま取り付けが可能らしい。そして、エッセに対してムーヴの方が若干ギア比が低いため、ミニサーキットなどのショートコースでは、ムーヴ用にすると加速重視になってちょうど良いらしい。
そんな事を言ってしまったために、七海ちゃんが余計に止まらなくなってしまった。
「そうっス! このまま潰されるよりも、いざという時にスペアにもなるマニュアルにするっス!」
七海ちゃんは、おもちゃ売り場の子供状態で私にすがりついてきた。
私は、駄々をこねる七海ちゃん、ニヤニヤしながら煽りを入れてくる舞華ちゃん、そして、妙に七海ちゃんに助け舟を出すおじさんの三人に囲まれて、これ以上は話にならないと判断した。なので
「とにかく、今日は帰って話をまとめてきますっ!」
と言うと、七海ちゃん達を連れて帰る事にした。
「取り敢えず、この車は明日までこのままにしておくから~」
私の背中におじさんがのんびりした口調で投げかけてきた。
◇◆◇◆◇
「良いんじゃないですか?」
学校に戻って、さっきの話をするなり沙綾ちゃんが言った。
「ええっ!?」
「このムーヴだって、捨てる訳にいかないんだったら、オートマである必要が無いですよ。練習に使えないですからね」
確かに、オートマでの運転練習はしないし、もし、それが必要だとしてもプレミオがあるので、特にこのムーヴである必要はない。
このムーヴの使い道は、大きな物の校内運搬やグラウンド整備だけど、それもマニュアルの方が良いと言うのだ。
「低速での一定速走行を覚えるのには、グラウンド整備の時に一緒に訓練するのが一番だと思うんです」
陽菜ちゃんも言った。
曰く、入部してからの運転練習のおかげで免許取得への不安は無くなったが、私や3年生がやっている低速での一定速運転を覚えたいのだそうだ。
「ドラテクの本なんかを読むと、あれができる事がマニュアル車乗りの中級者への道のりだって書いてあるので、みんなの憧れなんです」
特に、排気量の小さい車では難易度が上がるみたいなので、そうなると軽自動車で、競技に使わないムーヴがマニュアルだったら……という思いがみんなの中にはあるそうだ。
確かに、私は免許を取得してから、とにかく車に乗る事で体得した事だけど、まだ免許がない上に、取ったとしても、色々な車を体感できないと、せっかくの自動車部の意味がないとは思えてきた。
肝心な1年生の意見も……と思ったけど
「やりたいですっ!」
「グラウンド整備もマニュアルで運転したいです!」
「ミッションの載せ替えとか、ドリ車みたいでワクワクしますっ!」
「マイ先輩に、抱かれたいですっ!!」
1人だけ全く関係ない意見が混ざっていたけど、みんながとても乗り気だという事は分かった。
「燈梨ぃ、私らだってこの間、いきなりセフィーロのミッション載せ替えをやったんだよ。あれに比べれば、ムーヴのなんて楽勝だよ! 私らもいざとなったら手伝うからさ」
舞華ちゃんがニコニコしながら言うと、私の肩をポンと叩いた。
私は、七海ちゃんと舞華ちゃんと一緒に教師水野の所へ行って、経緯を説明する事にした。
「やって来たまえ!」
デスクの前に私たちが到着するなり、教師水野は言った。
「はい?」
「ムーヴのミッションの件だ。さっき連絡は貰った。明日にはリビルトのドライブシャフトも届くそうだから、ミッションごと引き取って来たまえ」
あまりにあっさりと決定しちゃったよ。
慎重な立場を貫いた私の立場ってどうなの? と思ったが、教師水野が続けて
「ここの部員は、直感的に行動したがるから、部長の慎重姿勢には助かっている。今後も、冷静に判断してくれると大変助かります」
と一言添えてくれたので、私はとても救われた気持ちになった。
部に戻って、決定事項を伝えると、みんなから歓喜の声が起こった。
正直、3年生は結構場数を踏んできているが、私たちにとってミッションの載せ替え作業というのは初めての経験なので、まずは何を準備するべきかで打ち合わせが始まった。
前輪駆動なので、プロペラシャフトがないとの事だったが、ミッション本体の他に、後輪駆動と違ってシフトレバーが別体になっていて、それがワイヤーで繋がっているとの事なので、そのあたりの部品を剥ぎ取って来る必要があるとの事だった。
あと、クラッチは新品にしておく必要があるので、それは教師水野に依頼したのと、教師水野が、この機会だからと、エンジンマウントも新品にした方が良いと言って手配してくれた話をみんなに伝えておいた。
家に帰った後も、私はミッションの載せ替えについて色々と調べてみた。
当然必要になってくる中で忘れがちなのがクラッチのペダルだという事と、画像を見ている中で、元々あったインパネシフトのシフトレバーがあった部分が、マニュアル車だとパネルで埋められているので、これは解体車から取っておいた方が良いという事も分かった。
そして、色々調べているうちに分かった事が、この型が、ムーヴ最後のマニュアル仕様車だという事だった。
この型になると、一番下のグレードにのみ設定されていたところからも、その位置づけがよく分かるものになっていたが、逆にターボのような余計な付加価値がない分、初心者にも扱いやすいのではないかと思えてきて、部の練習車として最適なのではないかと思えてきた。
当初は凄く乗り気ではなかった作業であったが、いつの間にか自分自身が前のめりになってワクワクしているのを感じて、私はちょっと不思議な気持ちになっていた。
これが部活動の魅力ってやつなのだろうか?
私はとても複雑な気持ちでいっぱいになっていた。
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