検査登録事務所 後編
遂に車検証を受け取った余韻で、満足感と同時に脱力感に見舞われている私達とは裏腹に、舞華ちゃんはガクッとうなだれて
「しまったぁー!」
と忌々しそうに言っていたので、私は声をかけた。
「どうしたの?」
「窓口の午前の部が終了しちゃったんだよぉ……ここから1時間、私らは何もすることがなくなるんだよぉ」
「ええっ!? マジっスか?」
舞華ちゃんの話に七海ちゃんが驚いて反応していた。
舞華ちゃんの話によると、お役所の窓口は時間が来ると非情にも終了してしまい、お昼休みに突入してしまうそうだ。そして、その間の私たちは、午後の部の再開の時間までただ待機しているしか、できる事は無いのだそうだ。
どうやら、部車のシルビアの登録の時、初めてだったので書類の作成に手間取ったのと、1回目の検査でライトの光軸がダメで調整して再検査に行ったのが仇となって、今日のように車検証が交付されたタイミングで午前の部が終了してしまったのだそうだ。
「それじゃぁ、この辺のどこかでお昼に……」
「ロクな所ないよ」
「えっ!?」
沙綾ちゃんの提案を、舞華ちゃんはバッサリと切り捨てた。
舞華ちゃん達も、シルビアの登録時に一瞬同じことを考えたそうだが、行きがけに見た道中でロクな食べ物屋さんがない事に気付いて、帰りに高速のインター近くのお店に行ったそうだ。
私たちは、検査登録事務所の正門から外を見てみると、周辺は工場だらけで、規則正しいが無機質な壁ばかりだった。
裏門から見てみると、小さなお蕎麦屋さんがあったが、お世辞にも綺麗とは言い難く、その上でツナギや工場のユニフォームを着たおじさん達でごった返しており、とても私たちが割って入れる雰囲気ではなかった。
「仕方ない、お昼は帰りにどこかに寄ろうね」
「そうっスね……」
私が言うと、七海ちゃんがシュンとして言った。
七海ちゃんは、今からあのお蕎麦屋さんで食べる気でいたのかな? 私にはちょっと無理だよ。百歩譲っても、ピークを外して空いてる時間でないと。
すると、沙綾ちゃんが言った。
「ちょっとナミ、アンタまさかあそこでお昼食べるつもりでいたんじゃないでしょうね? あり得ないからね」
「ううっ、カツ丼がぁ……」
「このっ、バカナミ! 目の前の食べ物に釣られるなって、いつもおばさんに言われてるでしょ!」
七海ちゃんの反応に、沙綾ちゃんがいつものように怒り始めたので、私は 苦笑しながら見ていた。
どうも、七海ちゃんは目の前の食べ物の誘惑には勝てないっていう事だけはよく分かったよ。
窓口再開まで、まだあと45分もあるから、今のうちから何かできる事はないかな……と思っていたけど、さっき私がレーンに行っている間に沙綾ちゃんが記入例を見て記入して来てくれていたので、こちらも特にやる事は無かった。
なので、確認がてらエンジンルームやトランクも含めて、あちこち見てみる事にした。
今後の中で故障しそうな可能性のある箇所や、チェックしておいた方が良い場所なんかを見回っていると、舞華ちゃんからはそのうち燃料ポンプが寿命を迎える可能性が高いから、様子を見て交換した方が良いという話があった。
「やっぱりニスモのがいいっス!」
「いや、GT-R純正だよ!」
何故か七海ちゃんと陽菜ちゃんが、この後の予定を巡って火花を散らしていた。
即交換なんて言ってないからね……と思っていると、沙綾ちゃんが
「2人共、まだの話で言い合いしてるんじゃないの!!」
と言って、2人の争いをピシャリと収めた。
でも、古い車になると、壊れるところもそれなりになるんだね……と、私は見ていると、1つのポイントで目がとまった。
それについて話そうかと思ったところ、七海ちゃんが
「みんなが戻ってきたっス! そろそろじゃないっスか?」
と言って建物を指さしていた。
見てみると、2つの建屋には人が戻ってき始めていたし、空きスペースが目立っていた駐車場には、車を積んだトラックや、仮ナンバーを付けた車が続々と入って来て、スペースが徐々に埋まっていった。
「さぁ書類を。燈梨さん、任せてくださいね。自分が一番に飛び込むっス!」
「ななみん。午後は税金とナンバーだけで、そこまで集中しないから、そんなに慌てなくても余裕だからね!」
遊園地の開園前のように、スタートダッシュを決めようと身構えていた七海ちゃんに舞華ちゃんが言うと、七海ちゃんはガクッと前にコケてしまっていた。
「そりゃぁ、ないっスよ~!」
「大体、午前の動きのどこを見れば、そんなダッシュが必要になるのよ!」
七海ちゃんの言葉に即座に沙綾ちゃんが反応した。
なんか、この2人を見ていると舞華ちゃんと柚月ちゃんがオーバーラップしてきちゃうね。
そんな2人のやり取りを見ているうちに午後の部が開始になった。
午後は、自動車税の納付をした後で、ナンバープレートの発行をして貰って終了となり、遂にセフィーロが再びナンバーをつけて公道を走る事になるんだよ。
解体屋さんに持って来られて、そのまま一生を終えようとしていたこのセフィーロのミッションを載せ替えて、ブレーキのオーバーホールや各種整備をして、万全の状態にしてからの復活は、1年生から3年生までのみんなの想いと活動の成果だけに、その成功にはひときわ特別なものがあるんだよね。
必要事項を記入した用紙を提出後、税金を納付、そして隣の窓口で遂にまっさらなナンバープレートを受け取った。
「番号は31じゃないんっスね」
プレートを見た七海ちゃんが言った。
恐らく、セフィーロの型式と合わせた31番にしたかったのだろうが、学校の所有になる部車に、私たちが勝手な番号を学校のお金でつける事はまかりならないので、普通に4桁の番号がついていた。
「そうそう上手くはいかないよ」
と言って、車に向かうと前後のバンパーにナンバープレートを付属のネジでしっかり留めた。
「これって、どっちが前用とかはないんですね」
「うん、ネジの方が1つだけ後ろ用って確定してるだけで、他は同じだね」
沙綾ちゃんが言って、私が確認しながら答えた。
基本的に2枚のプレートは同じ物で、留める方のネジの1つだけに、封緘の台座がついているものがあるのみになっていた。
「さっき、窓口で言われた通り、取り付けたらボンネットを開けるんですよ」
「なんで?」
陽菜ちゃんに言われた七海ちゃんが訊ねた。
陽菜ちゃんは言葉に詰まっていたので私が言った。
「車体番号とナンバーが一致しているかの確認だよ」
「なるほど! 分かったっス」
七海ちゃんが答えたその時、係のおじさんがやって来て持っている紙と、ボンネットの中の車体番号、更にはナンバープレートの番号をチェックすると、封緘を取り付けてくれて、遂に私が部長になって初めての整備の作業であった、セフィーロの公道復活プロジェクトは完成を迎えたよ。
「やったぁ!」
喜ぶ沙綾ちゃんの声に、私たち全員が我に返ったように喜びがこみ上げてきたよ。
いやぁ、本当に色々あったよね、そして、いろいろ苦労はあったけど、凄く楽しかったね。
「それじゃぁ、終わったところで、記念撮影でもしてからお昼に行こうよ!」
舞華ちゃんの提案で、私たちは何故か、セフィーロと一緒に検査登録事務所をバックに撮影する事になった。
どうやら、舞華ちゃん達は、部車のシルビアの時も撮ったらしい。
そうなると、沙綾ちゃんが水を得た魚のように、スカイラインの中にある自分のカメラと機材を持ち出して、いろんなカメラを使って色々なカットで写真を撮る事になっちゃったんだ……。
「お腹減ったっスー!」
「我慢しなさい、バカナミ! 次はこっちのレンズで撮るから……」
うん、七海ちゃんに同意だね。
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