検査登録事務所 前編
遂に、セフィーロの登録の予約日が明日になった。
教師水野から、自分の車を置いて、前日はセフィーロで帰って、当日はそのまま朝一で検査登録事務所に向かうように言われていた。
今日は、1日課外活動という形で教師水野がそれぞれの授業の先生に話しをつけておいてくれたので、扱いとしては部活動の大会に出場している生徒と同じだそうだ。
私は山を下って高速道路に乗り、県庁所在地の市を目指してセフィーロで走っていった。
この街にやって来た時も、別荘に来た時も、東京の方から山の反対側を上って来るルートを取っていたために、この道を通るのは初めてだった。
だから、予習をしていたとは言え、この道が正しいのかは不安でちょっと怖かった。
こんな不安な道のりは、北海道の家を飛び出して逃れてきたあの時以来だった。
あの時も、案内板の通りに電車に乗っているので、行き先は間違いないのだけれど、本当に行く先に目的の街があるのかが、いつも不安でたまらなかったのだ。
そんな事を思い出しながら運転していく先に、目的の検査登録事務所の看板が見えてきたのでホッとした。
まだ開始時間には大分早いようなので、場内はしんと静まり返っていたが、門は開いていたので中に入って、工場のような建物の近くの白線で区切られたスペースの一等地と思われるところにセフィーロを止めた。
車から降りて、朝のしんとした空気の中を、人影まばらな検査レーンを覗いてみた。今はガラガラであるが、きっと開始と同時に車でごった返す事になるんだろう。
私は、1人でこれらの難関を越えなければならないという責任感と、失敗した時の絶望感がごちゃ混ぜになった妙な不安に押し潰されそうになってしまったが、ヒヤッとした風が頬に吹き込んでくる感覚で正気に戻って、それを振り払うように武者震いをした。
「へぇー、ここが、検査登録事務所っスかぁ。やっぱり大きいっスねぇー」
後ろの方から、七海ちゃんみたいな声が聞こえるが、これもきっと、さっきの妙な不安感が起こしている幻聴だと自分に言い聞かせて、まずは書類のチェックをしようと車の方へと振り返ると、七海ちゃんがいた。
なんでここに七海ちゃんがいるんだろう?
確か、セフィーロは臨時運行許可で走らせているため、1人しか乗ってはいけなくて、そのため唯一の免許保持者であり、部長である私が行くという事で決定していたはずだ。
ここまで、この時間に電車で到着するには、始発に乗らなければならないはずだし、駅からここまでも歩いて来られる距離ではない。
となると考えられるのは2つで、原付でここまでやって来たか、昨日からこのセフィーロの中に潜んでいたかだ。
舞華ちゃんが以前に言っていたが、この市まで原付で来るとなると、前半はアップダウンが激しい山道を、平地に入ると交通量が激しく流れが恐ろしく速い国道を通らなければならないために、かなり大変な道のりで、正直、車での北海道一周に匹敵するほどの大冒険なのだそうだ。
七海ちゃんの様子を見るに、こんな元気が残っているという事はこの寒い早朝の時間に原付に乗っていたとはとても考えられない。
すると、消去法で七海ちゃんはこのセフィーロの中に昨日から潜んでいたのだ。
でも、朝私が乗り込んで、後ろの席に書類などの荷物を積んだ際には、後席周辺には誰もいなかったのを確認していた。
となると、七海ちゃんはトランクの中に隠れていたのだろうか? 私は昨日から全くトランクを開けた記憶は無いのだが、七海ちゃんが中から開けたのか、それとも、昨日潜んだ時に敢えて締め切らないように保持していたのかしか考えられない。
どちらにしても、大変な事だった。
とにかく、今からでもいいから、駅まで七海ちゃんを連れていって、電車で帰らせないと、大騒ぎになっちゃうよ。
私は七海ちゃんの腕を掴むといつもより大きい声で言った。
「七海ちゃん! 駅まで送るから、学校に戻って!」
「燈梨さん、なにするっスか! 学校になんて戻らないっスー!」
七海ちゃんは驚いたような顔で私を見ると言った。
「ダメったらダメ! 今度という今度は停学になっちゃうよー!」
「いや燈梨さん。ちょっと、何言ってるか分からないっスよ!」
七海ちゃんは、私の言っている事の意味が分からないようで、私の事を不思議そうな目で見ていた。
「今日、ここに来たかった気持ちは分かるけど、トランクの中に隠れて来たりしたら、七海ちゃんが行方不明になったって、大騒ぎになるでしょ!」
私がそう言って、七海ちゃんの腕を引っ張ると、七海ちゃんは
「違うっス! 自分達は、みんなと一緒に来たっスー!」
え!? みんなって誰? 沙綾ちゃん達? 沙綾ちゃん達もトランクに入って来たって言うの?
私は頭の中が混乱してしまって軽いパニック状態になってしまい、トランクを開けて中を覗き込んで見たがそこには誰もいなかった。
すると、私の後方の少し遠くから
「ちょっとナミ、何やったのよ! こっちにも聞こえてたわよ」
という沙綾ちゃんの声まで聞こえてきた。
「聞いてよー。燈梨さんったら、私がトランクに隠れてここまで来たと思ってるっスよ!」
私は、何が何だか分からないまま、声のする方へと身体を向けようとすると、私の肩に腕が回ってきて
「おはよー燈梨ぃ、今日も朝から頬をスリスリしちゃおー!」
という声と共に、舞華ちゃんが頬ずりしてきた。
私は呆気に取られて舞華ちゃんの顔を見ていると
「それじゃぁ、みんなで登録の下準備、始めよっかぁ~!」
と言ってニコッとしてきた。
私は何が何だか分からずに
「ちょっと、なんでマイちゃんと七海ちゃんがここにいるの?」
と言うと、舞華ちゃんは素っ頓狂な顔をした後で鋭い目つきになり
「水野の奴、また燈梨に何も言わずに決定してたんだなぁ!」
と怒りの態度を露にした。
どうやら、教師水野が七海ちゃん達もついて行った方が勉強になる上に、私1人だと緊急時に対応できなくなる可能性があるからと、七海ちゃんと沙綾ちゃん、陽菜ちゃんにも同行を依頼していたそうだ。
そして、そうなると車が必要となるために、舞華ちゃんにも当日の同行を依頼していたのだそうだ。
私は、それを聞いて怒りがこみ上げてきたのだが、同時に舞華ちゃんの怒りがあまりに大きすぎるので冷めてしまった感もあった。
舞華ちゃんは更に続けて
「燈梨もさ、こんな色々ある業務に初心者が1人で臨むのって、どうかと思うし、部車なんだから、みんなでやるって言うのが本来の姿だよ。そのための私ら3年でしょ」
と言った。
私が、その意味を受け止めて暗くなっているのを見た舞華ちゃんは、再び私に頬ずりすると
「だから、私らを頼ってくれれば良いだけで、燈梨がそんな重く受け止める必要ないんだよ。私ら受験も終わったんだから」
と、ニコニコしながら言った。
その姿を見て私の心が徐々に解きほぐされていったその時
「させないっスー!」
と言った七海ちゃんが、舞華ちゃんの背中に頭突きをしてきた。
「マイ先輩は、燈梨さんを慰めるフリをしてセクハラしようとしているっス! させないっスー!」
七海ちゃんは続けて言うと、舞華ちゃんを壁に押し付けようとしたところで、舞華ちゃんの回し蹴りが七海ちゃんの脇腹に決まって、七海ちゃんは飛び退いた。
「ええーい! ななみんは、ここまで車に乗せてきて貰った私にそんな狼藉を働いて、タダで済むと思っているのかぁ! このっ! このっ!」
と舞華ちゃんが七海ちゃんに組み付いていって全身を揉んだりつついたりし始めた。
そこに沙綾ちゃん達も参加して
「こんのバカはですねっ、一回徹底的に躾けておかないとダメなんですよっ!」
「そうですマイ先輩、せっかくだから、七海っちはここに置いて帰りましょう!」
と、馬乗りになって七海ちゃんを抑えつけていた。
もう、なんか車検に来た人たちの注目の的になってるよ……。
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