すき焼き会議
2人は顔を見合わせた後で、唯花さんが言った。
「燈梨は構造変更で悩んでるのかい?」
「うん」
すると、唯花さんは自信満々に
「だったら、姉さん達に任せればいいよ」
と言ったが、私にはよく分からなかった。
すると、唯花さんが続けて
「私らは、ミッキーのローレルの構造変更をやってるから、一通りの段取りとか、用意する書類とかは知ってるんだよ」
と言って、朋美さんも頷いた。
そうだ。確かミサキさんのローレルは、お父さんのお下がりで元々はATだったのを、唯花さんが『面白そうだ』と言って5速MTに載せ替えたと聞いたことがある。
しかも、載せ替えや登録に関しても、唯花さんの叔父さんがミッション本体の換装を手伝った以外はすべて自分達でやったそうで、構造変更についてもみんなで書類を作成して変更に行ったそうだ。
「私達と同じだと思うよ。美咲のC35ってマニュアルの設定が無いから、R34のを使いましたって書いたハズだったから……」
朋美さんが言って、唯花さんが頷いていた。
2人の話によると、マニュアルの設定がない車に載せ替えをしても、書類がしっかりと記載されてさえいれば、特に大きな問題もなく申請も通って、あとはユーザー車検と同じ工程になるそうだ。
「その時の書類関係は、ミッキーが持ってるはずだからちょっと訊いてみよう」
と唯花さんがスマホを取り出すと、メッセージを打ち込んでいた。
2人からその時の話を聞きながら、鍋を囲んで食事を楽しんでいると、唯花さんのスマホから着信音が鳴ったので、唯花さんがメッセージを開いて見た。
「なんだよミッキー『なんで誘ってくれなかったの?』だって? 誘ったのに自分で今日は忙しいって言ったんじゃないかよー!」
「どうせまた、私らだけだと思ってパスしたに決まってるよ」
唯花さんと朋美さんが、ミサキさんの文句を言っていた。
前に朋美さんが言っていたけど、ミサキさんは結構人の話を聞き流したりするらしい。しかも、後になってから騒ぎ始めるのでたちが悪く、色々とトラブルになるのだそうだ。
「どうせ、ウチら放ったらかしにして、どこかの男にうつつを抜かしてるんだよ」
「ホントに美咲は、どうしてフラれても次から次に男に夢中になるかなぁ……」
2人は呆れながら言っていた。
私は、ミサキさんのいつもの事かと思いながら、笑顔で聞き流していた。
すると、また着信音が鳴って唯花さんが目をスマホに落とすと
「やったよ燈梨。ミッキーが書類持ってるって」
と嬉しそうな表情で言った。
この書類を参考にしながら記載していけば、申請に関してのハードルがぐっと下がるので、凄く前進したことになる。
あと、必要なのは
「要領書とか、解説書みたいな車や、部品の寸法なんかが書かれている書類を手に入れてくるんだよ」
唯花さんが言った。
これに関しては、ディーラーにある場合は、必要なページをコピーして貰ってくれば良いと思うとの事だったし、今後も使うのであれば1冊買っておくのもアリだとの事だった。
「ただ高い上に、古い車のだと原版でなくてコピーとかになる場合が多いよ」
朋美さんが言った。
朋美さんも鉄仮面の要領書を買おうと思ったらコピーしか無くて、迷っていたところ、お祖父さんが持っていたという事があったそうだ。
「今だと、電子版って手があるよね」
唯花さんが言った。
今はそのデータを入れたものを販売しているので、都度必要なページをプリントアウトするって事もできるし、湿気や水でダメになる事も無いそうだ。
唯花さんと朋美さんが話していた例では、大学の自動車部のガレージに置いてあった整備書を見ようとしたところ、湿気でページ同士が貼り付いてしまっていて、開こうとしたら表面同士がくっついたまま紙が剝がれてしまって読めなくなったそうだ。
「その解説書、見せて貰ったんだけどさ、他のページもカビだらけで読めなくてさ……マジで終わってる状態だったんだよね」
唯花さんが笑いながら言っていた。
それを聞いて、私は電子版の導入を考えると同時に、そうなると部室にパソコンやプリンターが必要だな……と漠然と思った。
すると、唯花さんがニヤニヤしながら
「でも、燈梨の場合は焦って今からネットを漁ったりしなくても大丈夫だと思うな」
と言ったので
「なんで? だって車庫証明や印鑑証明には期日があるから急がないと……」
と言うと、唯花さんは更にニヤニヤして
「恐らく、燈梨の周りには持ってる人がいると思うよ~」
と言った。
でも、妙に楽天的な唯花さんの言い方に焦燥感を感じてしまった。
「でも……」
と言うと、朋美さんが
「まずは、あの先生の所に行ってみたらどうかなって思うんだ」
と、ニッコリして言った。
私には、正直分からないのは、なんで朋美さんはそう思ったのかという事だ。
教師水野には、何度も顔を合わせているのに全くこの事については言及がなかったのだ。正直、何かがあるとは思えない。
そう思っていると、それが表情に出ていたのか
「だって、できもしないのに車を調達して来るっておかしくない? だって、聞く限り、登録までやるって目論見で持ってきたんでしょ?」
朋美さんが力強く言った。
私が頷くと、朋美さんは
「だったら、まずはその先生にも動いてもらおうよ!」
と言って背中をポンと叩いた。
すると、唯花さんが
「あとは、舞華っちにも動いてもらおうよ~」
と言ってスマホを取り出したので
「それはダメ!」
と言うと、唯花さんは訝しげな表情で言った。
「なんで?」
「3年生には、車を作るところまでやって貰っちゃったし、もう3年生は引退だし、これ以上迷惑かけられないよ」
私がそう答えると、唯花さんはため息をつきながら
「燈梨は、人との距離の取り方がまだ下手なのは分かるけど、それだと舞華っちが可哀想だよ」
と言った。
私は、舞華ちゃんにこれ以上迷惑をかけたくないのだが、どうやらそれは違うと言うのだ。
すると、唯花さんが言った。
「オリオリやウチらにも言われたと思うけど、頼るのと迷惑かけるのって違うよ。頼られるのは嬉しい事なんだよ」
「そうだよ燈梨ちゃん。迷惑だって思ってるなら、部に来ないと思うよ。なのに、肝心な時に遠慮されたら気を悪くすると思うよ」
と朋美さんも言った。
そして続けて
「恐らく舞華ちゃんって娘、頼って貰いたいのに燈梨ちゃんが遠慮してるのが凄くもどかしいと思うよ」
と言われ、私は考え込んでしまった。
私は迷惑をかけないようにと思っているのに、それは逆効果なのだろうかと思うと、私にはどうしたら良いのかがよく分からなかった。
それを見た唯花さんが
「あんまり考え込まなくて良いんだよ。分からない事は訊いてみる。シンプルにこれだけの事をすれば良いんだって!」
と力強く言うと
「それじゃぁ、サクッと訊いておくから」
と言ってメッセージを送ってしまった。
そして
「それじゃぁ、細かい事はさっさと忘れて楽しくやろうぜー!」
と言って、再びみんなで鍋をつついた。
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